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日曜日の夜、「90歳の現役俳優」というTV番組をみた。それは、一人の脇役と言えるかどうか知れない(主役ではない年老いた)俳優の現実であった。若いときは、それでも有名な俳優と一緒に活躍していたが、今年90歳になって、俳優の命であるセリフを覚えられない不安が出てきた。
そのイライラを、娘さんがドキュメンタリで記録して我々に映し出している。それは、お父さんでもある俳優の老いの事実と、俳優として何とか頑張ろうとする姿の葛藤を、あからさまに映し出していた。娘さんだから家の中を生で撮影していたので興味深かった。
その老いた俳優は、一度は長いセリフがはいった演技の配役を引き受けたが、撮影4日前に自分の役目を放棄して、やはり自分にはセリフを覚えて言うのは無理だと、やむなく電話で断った。それも、セリフの内容が嫌いだからと誤解を与えないように、奥さんにたのみ、奥さんが電話でその説明をするように頼むと言う気の配りようである。
やはり、長い人生で俳優と言う仕事をしてきたからには、一度引き受けた仕事は最後まで綺麗にしなければ、という心の焦りがあったのであろう。
しばらくして、90歳の誕生日を迎えることしになるが、突然、比較的セリフを覚えなくてもよい年寄りの向きの役割がやってきた。石坂浩二という名俳優も出てくる映画の一こまの中である。[これなら自分でも出来るゾ]とおもって引き受け、必死でセリフに取り組んだのである。その間、常に台本を手元に置いて確認し、夜中に目が覚めてはセリフの確認をし、また、当日はまだ明けやらぬ早朝におきて、迎えの車が来るのをまだかまだかと待つことになる。
こうして、その映画の演技は、周辺の人々の努力もあって、無事に済ませたようである。そして、映画の最後の場面は、老人となった夫妻が、海岸で海を眺める場面で終わったのである。その映画の撮影を、無事撮り終わったあと、その老俳優の言葉が、良かった。「さあ、次の仕事が楽しみだな。」安堵の気持ちから出たのである。
「もういいよ。年も年だからしまいにしようか」という寂しい声が聞こえないでもない中、やり終えたという満足感がその言葉を言わせたようである。
私は、牧師としていつまで仕事が出来るか知れない。それは、神様が判断してくださる。その辞めるときにはその判断の時期を間違わないようにしたい。
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