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(1)息子が心配して「説教はもうできた?お父さん」と聞く。「まだ・・」と答えると不思議がって、「いつできるの?早く準備したら?」という。それで「説教の準備は、説教の直前まで続くのだよ」と答える。さらに「この説教いつから準備したの?月曜から?」と聞く。それで、「父さんが生まれてから、ずっと説教の準備があったのだよ」と答える(050702)。
(2)私は日本にいた時から断食祈祷を定期的に実行していました。結婚してからも、家内にも勧めて一緒に断食祈祷をしたものです。しかし、家内は空腹に耐えられず、「私は、断食は嫌い!お腹いっぱい食べたい!」と涙をこぼして反対するので、継続できませんでした。コメント:後で家内の言うには、「これは、妊娠している時のこと」で、個人的に、私の知らないとき何度もしたと言うことです。
(3)7月17日は、ヨイド純福音教会の中川恵理伝道師先生に説教のご奉仕をお願いしました。礼拝後先生からお話を伺ったとき、「趙庸基牧師先生のお働きの70%は、奥様(師母)の働きによる」と言われました。帰宅後、家内が“師母の70%”にとても感動し、「一度、伝道師先生とお食事の交わりをして詳しく聞きたい」と言います。そして、私に向かっては、「あなたもソウルでこれまで伝道と教会の働きができたのも、私の生活の支えがあったからよ」と、いつものように“教皇様”の「一言説教」が続きました。たしかに、教団や教会からのバックアップの無い、個人の開拓伝道ですから、ずいぶん苦労を掛けました。でも、内心、その一言がなければ、もっと頭が下がるのに、と思いました。
(4)(以下家内文子の話を紹介します)。市バスから降りた時、バスの中に忘れ物をしたのに気が付いた。タクシーでそのバスを追いかけたが、交通規制にあってバスを見失った。それでも、あきらめずに、バスの終点まで行って、運転手が待機している事務所に入ってたずねた。「先ほど到着したバスに紙袋の忘れ物はなかったか?」受付にいた担当者は、「今日は何も無い!」と素っ気無い返事だった。それでも引き下がらず事務所内に聞こえるように、「本当に無かったの!」と声を大きくして言った(体の割りに声が大きい)。すると、どこからともなく、誰かが、紙袋をソット足元に置いた。それを見て、「イゴッ!イゴッ(これよ、これ!)」と言いながら、袋を取って中を開ける。しかし、今度は「袋の中の傘が無い!」のである。それで、再び周囲の男性達を見回しながら叫ぶ。するとまた、誰かが傘をポイと差し出した。袋に入れていたのは新品で紙のケースに入っていた傘だったが、既にケースは捨てられ、中身の傘だけであった。それで、その傘を奪い返して、事務所から戻って来たのだという。“文子は強い!”
しかし、ふと私は考える。バスの事務所にいる人々は、市バスの運転手や公共機関の公務員たちである。電車やバスやタクシー内には、忘れ物の問い合わせ先の案内もある。しかし、肝心の遺失物保管所がこういう状況で、果たして忘れ物は本人に届くのだろうか。残念ながら、建前通りに人々が動いていない韓国社会の一面を見る思いがした。
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