カベナント・ケンブリッジ 日本人教会

韓国ソウル市冠岳区、冠岳警察署バス停前ケンブリッジハウス2F

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(1)今夕(8月8日)はJASTAと言う在韓日本人留学生のための伝道会に出席しました。以前カベナントに一度こられた長老会神学校の学生の金姉妹が幹事をしておられる団体で、韓国内の外国人学生伝道と日韓青年の交わりが目的です。丁度、オンヌリ教会の吉原伝道師も同席されていたので、オンヌリ教会日本語礼拝の最近の様子やカベナントチャペルの活動について話し合いました。同伝道師は、高見沢牧師先生と共に、オンヌリ教会日本語礼拝を運営する事実上の担当者です。韓国には7年間在住で、私達のすぐ隣のアパートに住んでおられるとのことでした。お近くですので、これからも交わりをしたいと願っています。

(2)木曜日の午後7時から、西大門ロータリー横の『JEM(日本福音宣教会)』の礼拝に月3回のペースで出席しています。この会は、約11年前に当時オンヌリ教会の青年会長をしていた金容国兄が、信徒による日本宣教運動を提唱して始まりました。現在金兄は米国の神学校で学びをされておりご家族で米国に滞在しています。代わって高総務がJEMの責任者となられて、難しい働きを継続しています。私は、将来の日韓を担う青年が、こうして日本のために祈り、日本宣教に情熱を注いでおられる姿に接して、ただ協力したい心と感謝によりできるだけ参加するようにしています。
 
(3)ちなみに、JEMから、これまで沢山の奉仕者がカベナントチャペルに来て助けてくださいました。たとえば、朴峰子牧師先生(五柳洞在住)、金椿喜牧師先生(春川市出身、3年前召天)、梁東勲伝道師(大阪で開拓伝道)、尹聖恵伝道師(東京の教会で奉仕)、閔善虎伝道師(東京の青梅で奉仕)、李永蘭伝道師(神戸の教会で奉仕) などがおられます。JEMの趣旨である日本宣教と日本の教会協力の一環として、在韓日本人教会カベナントチャペルを支援してくださっているのです。
 現在もカベナントで活躍している若手のホープ・阿部仰樹兄も、このJEMの礼拝での出会いを通して導かれました。

友人達

(1)最近、私が昔勤務していた神戸市役所時代の同期、下川浩一郎君(神戸市外国語大学勤務)からお手紙をいただきました。ここに写っている私の写真を見て「牧師の顔になった」とコメントを頂きました。昔は、どんな顔をしていたのかな?と自己反省しています(050630)

(2)私は国際都市神戸の中心街で小学校時代を過ごしました。家の両隣には、韓国人(私の竹馬の友となった孫君)と中国人(私と仲良く遊んでくれたアケン姉さん)が住んでおり、小学校のクラスも日・中・韓・インド人などまぜこぜで、その中で違和感なく育ちました。小学校の先輩に、柔らかいタッチで女性像を描く小磯良平画伯がおられ、私達は誇りに思っていました。ある日の美術の時間に「お母さんの一日の様子」を課題に、絵を描くことになりました。私は、授業中に紹介された小磯良平氏の淡い裸婦の絵が頭に残っていたので、母と一緒に銭湯に行った時の「婦人湯」の様子を、素直な気持ちで描きました。その絵を見ながら美術の先生が、「三輪は眼の付け所がユニークだな・・」と笑ってくれました。それで、きっと家でも褒めてくれるものと思って帰宅し、得意顔で「婦人湯の母」を見せると、いきなり母と姉から、こっぴどく叱られました。その時は、何故叱られたのか理由が分からず、しばらく悩みました。現在、この懐かしい小学校も、市街地に子供が少なくなって廃校となり、建物だけが“北野異人館通り”の名所の一つ「北野工房」として残されています。

(3)上に述べた孫君と私は、小学校で毎日叱られていた生徒だったと思います。二人とも、いたずらばかりして、勉強に行くのか叱られにいくのか、分かりませんでした。彼は、太っていて足が遅く、私は細身で足は速かった方です。彼は子供の頃から、この世の知恵がありましたが、私はお人よしで、失敗ばかりしていました。でも、お蔭様で二人とも、何とか人生の道を歩んでこられました。孫君は、3人の息子を3人とも医者にし、結婚もさせ、孫もいます。私は、彼より三歩遅れて、息子はまだ大学生で、結婚もせず、(当然)孫も居ません。でも、「仲が良いから」と、二人で一緒のベッドに寝た時もある仲良しなのは、昔と変わりません。その彼が日本で生活し、私が彼の母国でもある韓国で生活するようになったのも、不思議なことです。

家族の話し合い

(1)息子が心配して「説教はもうできた?お父さん」と聞く。「まだ・・」と答えると不思議がって、「いつできるの?早く準備したら?」という。それで「説教の準備は、説教の直前まで続くのだよ」と答える。さらに「この説教いつから準備したの?月曜から?」と聞く。それで、「父さんが生まれてから、ずっと説教の準備があったのだよ」と答える(050702)。

(2)私は日本にいた時から断食祈祷を定期的に実行していました。結婚してからも、家内にも勧めて一緒に断食祈祷をしたものです。しかし、家内は空腹に耐えられず、「私は、断食は嫌い!お腹いっぱい食べたい!」と涙をこぼして反対するので、継続できませんでした。コメント:後で家内の言うには、「これは、妊娠している時のこと」で、個人的に、私の知らないとき何度もしたと言うことです。

(3)7月17日は、ヨイド純福音教会の中川恵理伝道師先生に説教のご奉仕をお願いしました。礼拝後先生からお話を伺ったとき、「趙庸基牧師先生のお働きの70%は、奥様(師母)の働きによる」と言われました。帰宅後、家内が“師母の70%”にとても感動し、「一度、伝道師先生とお食事の交わりをして詳しく聞きたい」と言います。そして、私に向かっては、「あなたもソウルでこれまで伝道と教会の働きができたのも、私の生活の支えがあったからよ」と、いつものように“教皇様”の「一言説教」が続きました。たしかに、教団や教会からのバックアップの無い、個人の開拓伝道ですから、ずいぶん苦労を掛けました。でも、内心、その一言がなければ、もっと頭が下がるのに、と思いました。

(4)(以下家内文子の話を紹介します)。市バスから降りた時、バスの中に忘れ物をしたのに気が付いた。タクシーでそのバスを追いかけたが、交通規制にあってバスを見失った。それでも、あきらめずに、バスの終点まで行って、運転手が待機している事務所に入ってたずねた。「先ほど到着したバスに紙袋の忘れ物はなかったか?」受付にいた担当者は、「今日は何も無い!」と素っ気無い返事だった。それでも引き下がらず事務所内に聞こえるように、「本当に無かったの!」と声を大きくして言った(体の割りに声が大きい)。すると、どこからともなく、誰かが、紙袋をソット足元に置いた。それを見て、「イゴッ!イゴッ(これよ、これ!)」と言いながら、袋を取って中を開ける。しかし、今度は「袋の中の傘が無い!」のである。それで、再び周囲の男性達を見回しながら叫ぶ。するとまた、誰かが傘をポイと差し出した。袋に入れていたのは新品で紙のケースに入っていた傘だったが、既にケースは捨てられ、中身の傘だけであった。それで、その傘を奪い返して、事務所から戻って来たのだという。“文子は強い!”
 しかし、ふと私は考える。バスの事務所にいる人々は、市バスの運転手や公共機関の公務員たちである。電車やバスやタクシー内には、忘れ物の問い合わせ先の案内もある。しかし、肝心の遺失物保管所がこういう状況で、果たして忘れ物は本人に届くのだろうか。残念ながら、建前通りに人々が動いていない韓国社会の一面を見る思いがした。

この夏の諸活動

(1)7月15日から18日まで九州福岡の筑紫野二日市教会を訪問しました。同教会は今年が創立20周年で、私はその記念集会に出席して祝辞をのべると共に、同教会と韓国のハレルヤ教会聖徒の相互交流の奉仕をさせていただきました。二日市教会は、現在、加来国生牧師と山中猛士協力牧師のリーダーシップにより、壮年層を中心に堅実な教会成長と伝道所開拓の働きを続けています。また、記念集会では、カベナントチャペルに沈賢珠姉を紹介してくださり、現在は同地域で伝道している朴栄子宣教師と5年振りで再会しました。ちなみに朴宣教師は、私の卒業した神戸改革派神学校の後輩にあたります。

(2)夏は、短期宣教で日本に出かけるクリスチャンも沢山おられます。西大門に『日本福音宣教会』(JEM)という信徒たちにより起こされた宣教団体があります。そこから、多くの宣教師が日本に派遣されており、また、毎週木曜日夜には日本語の礼拝も開かれています。私は、一人の奉仕者としてこの礼拝に出席しています。今夏も、ここから高松、大阪への短期宣教が企画されていますが、今年は応募者が少なくて困っているようです。理由は、独島問題、小泉首相の靖国参拝発言、歴史教科書などの諸問題が、日本と韓国の交流活動に影を落としてるからです。教会によっては、長老が日本への短期宣教に反対する立場を表明しているので参加しにくい、という話もききました。実に残念です。こうした時だからこそ、クリスチャンは、政治、スポーツ、文化交流ではできない、キリストにより結ばれた一致の力を、世に証することが出来たはずです。イエスは、弟子達が一つとなるように祈られました。「彼らがみな一つとなるためです。そのことによって、あなたが私を遣わされたことを、世が信じるためなのです」(ヨハネ17:21)。我々が一つとなる時に、世がイエスを信じるように導かれるのです。たとえ人数が少なくても、今年も短期宣教が祝福されて実を結ぶように、祈りたいです。

◆A 「カベナントチャペル」とは、Covenant(契約)とChapel(礼拝)ですが、「神の恵みの契約により救われた民の教会」という意味を含んでいます。「日本人教会」とは、日本人牧師と信徒によって形成される教会のことです。 なお、最近の教会の様子は、ホームペイジをご覧ください。⇒ http://covenantchapel.net


◆チャペルのゴスペルソング:“Crying In The Chapel"(「涙のチャペル」)
http://www.simplyangel.com/cryinginthechapel.htm

http://kr.blog.yahoo.com/orcaevent/5124.html?p=1

◆B
三輪牧師の信仰は改革派・長老派(カルヴィン主義)です。教会の所属については四つの変遷がありました。

(1)1993年:北米改革長老教会に所属する三輪牧師の自宅での「家の教会」時代
(2)1994年:場所をお借りしている大韓イエス教長老教会(統合派)忠信教会内の「日本人教会」時代
(3)2000年:「大韓イエス教長老教会(合同派)」時代
(4)2004年:「韓国独立教団」所属時代。長老派(カルヴィン主義)。担任:三輪牧師(現在に至る)。
の四期に分けられます。

◆C
教会政治、礼拝様式、訓練規定は、日本の長老教会に準じつつ、韓国の長老教会の様式を参考にしています。

◆D
会員は、日本人、韓国人を問わず、カベナントチャペルを本教会とする正会員と、他教会を本教会とする協力会員とで構成されます。

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