|
民数20:1−2、10−13 モーセの落胆
民数記は、日本語韓国語も民数記であるが、英語でナンバーズで数である。これは、ギリシャ語聖書の翻訳で、イスラエルの人口調査で数を調べた記録があるからである。原点のへブル語聖書では、「バミズバール」と題で「荒野にて」という題目がついている。これは、イスラエルの、荒野の40年間のたびの記録であるから。その40年間のなかの、シナイ山を出発し、ヨルダン川を渡るまでの荒野の放浪記である。そこには、イスラエル人の不満と、指導者モーセの忍耐が記録されている。彼らは、荒野よりも、エジプトが良かったと不満をいう。<丁度、クリスチャンが、最高の永遠の命をもらって生きているのに、クリスチャンになって不便な生活があると、昔の不信仰な時代が良かった>というのと似ている。
モーセには、3歳年上の兄のアロンと、10年上の姉のミリヤムがいた。しかし、荒野の旅を通りカナンの地の南方である、カデシにきた。そこで、愛するミリヤムとアロンが死ぬという、モーセのさびしい記録があるのが、今日のお話である。
I カデシでの、ミリヤムの死
(1)20:1「民は、カデシュにとどまった。ミリヤムは、そこで死んで葬られた。」イスラエルはツインの荒野にあるカデシにきた。荒野で、人生を学び、信仰を教えられた。我々は人生の経験において、何一つ信仰に役立たないことはない。みな、神の御心をさとれば、人間の罪深さをまななぶのである。
(2)民数20:1「ミリヤムはそこで死んで葬られた」モーセの10歳年上の姉は、モーセが生まれてナイル川に流されたとき、王女に拾われた。それでミリヤムは、赤ちゃんのモーセを育てる乳母を、王女に提案した。それはモーセの実母を乳母として紹介したのも彼女であった。彼女は、紅海の横断の後、民を賛美に導いた、女預言者であった。
(3)ただ、モーセの妻のことで、モーセを批判したので、らい病にかかった。どんなに立派な人でも、つい罪を犯すこともある。我々は、自分のことを棚に上げて、他人を非難しやすい。それゆえ、イエスの言われたように、ルカ福音書14:38「あなたがたは誘惑に陥らないように、目を覚まして、祈りつづけなあさい」といわれた言葉を記憶すべきである。モーセは信頼するミリヤムを失った。
II メリバで、神の叱責をうけたモーセ
(1)20:2「ところが会衆のために水が無かったので、彼らは集まってモーセとアロンとに逆らった。」イスラエルは、飲み水の不足について、モーセとアロンに言い寄った。彼らが議論したために、その場所は、”メリバ”(「争い」の意味)と名が付いた。そこで、モーセとアロンは、「天幕の入り口に行ってひれ伏し」。神の居られる前で、祈ったのである。すると、神は、「岩に命じれば、岩は水を出す。」モーは、彼の杖で岩を二度打った。すると沢山の水が湧き出た。そして、人も家畜も十分に飲んで満足した。
(2)最近は、断水ということが無いが、北海道の地震のとき、何日も断水が続いたことがある。そのとき、人々は、初めて、水が十分にあることの幸いを覚える。断水がなければ、水が十分にあることをがどんなに恵みであるが悟らない。
(3)この「岩」は、新約の助けよると、イエスキリストのことであると理解できる。そして、モーセが杖で岩を打つのは、キリストが十字架にかかって神に打たれて死なれたこととにより、我々のために与えられ、聖霊の水であると理解できる。
(4)このとき、モーセは逆上して、岩を1回だけたたけばよかったが、2回たたいたとある。この罪に対して神は、「あなたがたは、この集会を、私が彼らに与えた地には導きいれることはできない」といわれた。たった1回の激情の罪のために、荒野にて命を落とすことになった。ミリヤムを失い、頼りにしていた神様まで、モーセはしかられ<踏んだりけったり>である。神様は、酷いお方であるか。それは、我々に、柔和で、謙遜な清い人でも、油断すれば、罪を犯してしまうことを警告している。「立てると思うものは、倒れないようにすべきである」といわれることを覚えたい(Iコリント10:12)。いかろうとするとき、この記事を思い出して、じっと耐えるのが良い。ヤコブ1:20「人の怒りは、神の義を実現するものではありません」
III エドムの地で、アロンを天国に送る
(1)モーセは、使者を遣わして、エドムの王にそこを通らして欲しいといった。カナンに入るには南側から入るのは、山が多くあり進入しにくい。東から入るなら比較的、旅が容易である。エドムは、ヤコブの兄のエソウの子孫で、イスラエルとは兄弟の関係である。それで、決して迷惑をかけない、ただ、歩いて通るだけです。もし、私達や家畜が水をのめば、その代金は払います、といった。
(2)しかし、エドムの王は、頑固でありイスラエルが通ることを許可しなかった。そして、強力な大軍勢を率いて、剣で追い返そうと出てきた。それで、仕方ないので、イスラエルは、別の道を探してカナンに野ぶることになった。
(3)このように、世の中には、きわめて妥当な言葉を拒絶し、頑固に拒む人が多い。その時、我々は、<人のした悪にたいして、自分も悪をしよう>といってはならない。詩篇37:1,2「悪をなすものをねたんではならない。不正を行う者をにたいして、妬みを起こすな。彼らは青草のように枯れるのだ。」
(4)イエスが、サマリアの地を通過するとき、サマリヤ人がそれを拒絶した。そのとき、弟子のヤコブとヨハネは、「主よ、私達が天から火を呼んで、彼らを滅ぼしましょうか」と提案した(ルカ9:54)そのとき、イエスは、この提案を退けた。どのような時も、主によりたのんで、善の道を歩み続けるべきである
(5)20:28「アロンは、その山の頂で死んだ」3歳年上の兄であるモーセの補佐役であったアロンも、一緒に旅をしたが、彼も世を去るときが近づいた。モーセは、アロンとその子供のエレアザルをつれて、ホル山にのぼった。そして、アロンの衣を脱がせて、エレアザルにきせて、大祭司の任務を譲った。
(6)アロンは、詩篇106:16「主の聖徒アロン」と呼ばれ、清い人であった。また、彼は雄弁家であった。彼は最初の大祭司として、重要な人物になった。彼の欠点は、意思が弱く、NOがいえない人物であった。人々に駄目だといえないで、要望にまけて、金の子牛を作る罪をおかした。しかし、最後まで、モーセと一緒に神の務めを果たした。こうして、モーセは先にミリヤムを失い、今は兄のアロンを失って、一人ぼっちになった。それでも、神の使命を信じて、民を前進させ続けた。
結論 民数12:3「モーセは地上の誰よりも非常に謙遜であった」と聖書で言われる。モーセの謙遜とは、荒野の経験から学んだ謙遜といえる。我々も、人生の経験をのなかで、いろいろと学んで謙遜を造っている。それゆえ、何があっても、落胆する必要はない。イエス様にますますより頼み、神の子供の性質を養って、荒野の人生でも、天国を目指して歩んで、勝利を人生を完走するのである。
|