ツナサダラ☆

君にできることは、君にしかできないこと。

家族(*^〜^*)familia

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父。

実父が他界しました。2週間前のことです。
 
末期がんと言われてから3年弱、オヤジはがんばって闘っていたけど、ついにそのときがきてしまいました。
54歳。実母の7回忌が終わって、1ヶ月と少し経ったところでした。
 
8月は帰省できるの、と、New母に聞かれ、
お盆は無理だけどその翌週なら帰れるよ、と返事したのだけど
できればもう少し早く帰ってきたほうが良いと思う、と言われたのが8月3日の深夜。
 
状況がほんとうに良くないのだと思った私は、翌日の朝に家を出て旦那さんと実家に向かいました。
前日の深夜に緊急入院していた父に会ったとき、父はまだ生きていたけど、意識はなく
辛うじて呼吸はできていたけど、脈拍は低く、ほんとうに、なんとか生きているという感じでした。
 
その父を見て、私は、「ああ、もう最期なんだな」と悟りました。
 
主治医の先生に呼ばれ、「今夜中ということもありえますので、覚悟してください」と説明を受けている間に
父の心臓は止まってしまいました。せっかちな父らしい最期。8月4日のお昼過ぎのことでした。
 
直感的に、もうたぶん、会話はできないだろうと思っていたし、実際そうだったのだけど、
あまりに父が辛そうだったので、なんかもうそんなことはどうでもよくなって、
「お疲れさま。もう痛い思いしなくていいんだよ。いままでありがとう」と心の中で思い、
勝手に、最後の会話ってことにしました。
だいたい、最期の瞬間に立ち会えたこと自体が奇跡だし、もうそれで十分じゃん。て感じです。
 
父の名前を呼びながら泣き崩れるNew母の脇で、音も立てずに静かに涙を流す私と弟。
たぶんそれは私たちの精一杯の強がりだったのだと思います。
 
今回の喪主はNew母だったのだけど、色々複雑な家庭の事情もあったので
私も一緒に葬儀屋さんの説明を聞いたり、手配内容を考えたりしていました。
弟も弟なりにがんばって働いてくれ、ふたりで必死にNew母を守ろうとしました。
 
病気を知ったうえで父と結婚してくれ、献身的に看病してくれたNew母への
せめてもの、つぐないというか、恩返しになればと、思ったからでした。
 
旦那さんも、突然の帰省に快く応じてくれたことにはじまり、
父が亡くなってからは、必死に場を和ませようとしてくれていたこと、ありがたいと思いました。
弟も、そんな旦那さんの存在に「救われた」と言っていて、姉は嬉しかったです。
 
父がもう長くないかもしれない、ということはずっと前から知っていたので
たくさん泣いていたし、自分なりに心の準備もしていたつもりだったし、
実母のこと含め、悲しいことに蓋をする訓練も、してきたつもりだったのだけど、
旦那さんがいなくて一人でぼーっとしている時間などは、思い出して悲しくなったりします。
 
急に亡くなられるのも、じわじわと体調が悪くなっていくのを見ていった末に亡くなられるのも、
どちらも、辛いものですね。心臓がきゅうっと痛い、そんな感じです。
 
そんなオヤジへのプレゼントにか、葬儀の2日後、弟が就職を決めました。
大学を1年半遅れで卒業してから、1年弱アルバイト生活していたけど、これで社会人デビューです。
オヤジはずっと弟のこれからのことを心配していたので、ほっとしていることでしょう。
残された家族で、仲良くやっていこう。
 
書きたいこと、たくさんあるのだけど、とりあえず今日はここまで。
私は長い夏休みを終えて、明日から本格的に社会復帰です。
ぼちぼちいこう。

悩み。

今回は自分についてではなくて、家族の話。
 
大学4年の弟の2回目の留年が決まった。
もちろん就職先も決まってない。
 
我が家の財政状況を考えて、
どうして留年できるのかマジで理解に苦しむ。
 
弟と連絡を取ってみたけど、
2回目の留年も勉強不足でテストで落ちたみたいで
勉強不足の原因は、自分に甘いことだと言っていた。
で、自分に甘くなってしまうことの原因がわからないらしい。
 
彼の言動のひとつひとつが、私の理解を超えてる。
 
ハッキリ言って、大学を卒業するのなんて当たり前。
お金を払ってくれてる親への最低限の責任でしょ。
 
どうしてそれを平気で踏みにじるのかがわからない。
 
かりに勉強が大大大嫌いだとしたって、
自分で大学に行くと決めたなら勉強するのが当たり前。
 
どうしてそんな普通のことができないのか、謎すぎる。
 
去年は「まああと1年あれば」って感じだったけど
さすがに2年目となると、根本的に何ががズレてる気がしてきた。
 
ものすごく叱りつけたい気持ちはある。
でも今は、その気持ちをグッと抑えて
「なぜ頑張れなかったのか」を聞いてる。
 
この質問がいいのか悪いのかはわからない。
専門家とかからしたら、してはいけない質問かも。
 
でもその問いに弟は「わからない」という。
 
その回答でなんだか少しわかった気もする。
 
そうやってめんどくさいことをやることを避けて
考えるのがめんどくさいことを考えてこなかったから
 
きちんと考えることができない子になってしまったんだと思う。
 
大学に入るまでは、何かと母親がうるさく言っていた。
勉強しないとか、大学にいこうという意識が低いとか
その都度私は母親の愚痴を聞かされて
何度かキレそうになったことも覚えてる。
 
母が他界してからは、ガミガミ言う人もいなくなり
もともと勉強が好きではない弟は単位を落としまくっていた。
 
高卒の父親は基本的に放任主義で、
大学のことはわからないと私任せにしていた。
 
でも私も、母親がしていたように干渉すべきかどうか
悩んで、結局放任していた。
 
社会人として働くことでいっぱいいっぱいだったのと
「ていうかもう大学生なんだし勉強くらい自分でしろよ」と
本気で思っていたから。
 
最初の数年で単位落としたって、
卒業がヤバイとなれば最後に死ぬ気で勉強するでしょ、と思ってた。
 
でも卒業できないことをヤバイと思わない人種が
まさか身内にいるとは思わなかった。
 
どうやったらそんな精神状態になれるのかもわからないし
弟にどう接すれば、このままではヤバイと思ってくれるかわからない。
 
父親と話をして、ひとまず、
これから先の授業料は弟に請求することを考えてはいる。
 
でもこれから先何をして食べていくのかもわからないなか
大学の勉強だけさせるためのプレッシャーだけ与えても
何にもならない気もする。
 
卒業はできても、ニートへの道まっしぐらじゃん。
 
ということで、今私は弟や父親と連絡を取り合い
どうしたらよいのかと気をもんでいる。
 
なんでこんなことになったんだろうってすごく考えた。
同じ親からの教育を受けても、こんなに違う育ち方や
考え方をするようになるなんてさ。
 
自分がもっとガミガミ言わなかったのがいけなかったのか?
でも大学以降のことって、家族にガミガミ言われてやることでもなくない?
 
そんな自問自答の繰り返し。
 
気が付くと弟に対して湧いてくる怒り。
主に、親の金を無駄にしたことへの怒りね。
 
でもね、もうこれは病気なんだと考えることにして
なんとか自分の心を落ち着けてます。
 
世の中にたくさん、心の病気とかで外に出られない人とかもいる中で
まだ勉強以外には活動的で、バイトもしている弟はマシなんだと思おうとしてます。
 
でもね、これから先のことはまだ見えてません。
弟へのアプローチを考え中。。。

その後。

父の検査結果が出ました。
 
初期の胃がんであることが判明しました。
 
でも他への転移はないことはお医者さんが太鼓判を押してくれていて
手術をすれば治り、ほぼこれまで通りの生活はできるとのこと。
 
でっかい潰瘍の知らせを聞いてから
検査結果が判明するまでの1週間ちょっとの間、
 
あたしは、父はもう末期がんで手遅れみたいな最悪な状況を
想像して結構絶望感でいっぱいだったので
初期だったこと、奇跡的なタイミングで見つかったことは
ホントに不幸中の幸いだったなと思います。
 
年末に手術だけど、それまでに実家に顔出したいなというのと
手術のあともすぐに会いにいきたいと思った。
 
オヤジは、あたしは忙しいから無理しないでいいって言ってくれてるけど
あたしにできることなんて顔見せにいくことくらいしかできないし
できる限り会いに行きます。
 
彼の家族も優しくて、あたしが大丈夫かって心配して電話かけてきてくれたり
できることあったらなんでも言ってねって言ってくれて、ほんとありがたいと思いました。
電話しながら泣きそうになりました。
 
今年の年末は、彼の家のほうのことは気にしないで
あたしのほうの実家で過ごしてくれていいって言ってくれたので
お言葉に甘えて、今年の年末は実家に帰って
できるだけ父のそばで過ごしたいなと思います。
 
そうはいっても、やっぱり精神的なショックは少なからずあって
ちょっと気を抜くとすぐドゥーンってなってしまうけど
父自身は悲愴感漂ってるわけではない(と新しいお母さんに聞いた)のと
娘のあたしが気に病んで、身体壊したりしちゃうのは父の本意ではないと思うので
 
できる限り前向きに、毎日をできるだけ笑顔で過ごしていきたいと思います。
 
ガス抜きは、彼に手伝ってもらいながら。
 
そしてなんとおじいちゃんが、ゴルフの最中に転んで、
左腕を骨折してしまったとのこと。。。
えー。。。
 
うちの実家は満身創痍みたいです。。。

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こんばんは〜。

土曜の夜はのんびりできていいですねー^^

写真は、こないだ帰省したときに
おやじからもらった誕生日プレゼント。

誕生日は2ヶ月先なんだけどね。笑

どんな時計がほしい?って言われて

白い革製で、会社にもしていけるようなやつ
って答えたら、これを買ってくれてました〜。

もらった瞬間に
「Diorかい!」
と思って

怖くて価格は聞けなかったんだけど。笑

嬉しかったな。

今週から毎日つけてます。

入社してからずっと時計つけてなかったから
ちょっとまだ違和感あるけど
徐々に慣れていくでしょう。

ありがとう、おやじ。

さて。

洗濯と部屋の掃除しよっと〜♪

ではまた。

Happy birthday, Dad。

こんばんは。

きゃめです。

『月に1回実家に帰ろう大作戦』続行中なので
きのうまた実家に帰ってきました。

4日がおやじの誕生日だったので
弟とふたりでケーキとプレゼントを用意して
サプライズ的なことをしてみました♪

おやじはびっくりしながらも喜んでくれたみたい。
よかったよかった*^^*

今度は6月のおじいちゃん&弟の誕生日だな〜。

弟は相変わらず学業のほうがダメダメで
法学部なのに法学の単位をいくつも落としてる状態。。

3年で相当がんばらないと、4年での卒業が厳しい感じです。

というわけで。
おやじ命令で弟の単位取得に協力することになったので

今度から弟のテスト前は土日勉強につきあいます。。。

まー、家にお金もいれてないし
それくらいは協力しないと。。(> <)

個人的には、
大学は、自分でモチベーションを見つけないと
堕落していく一方になってしまう時期だと思ってます。

進む道が見えなくなってしまった人や
自分に甘すぎる人
いろんな周りの人を見てきて

大学って
一番甘いようで一番大変な時期なのかもなって
思いました。。

良くも悪くも自分次第。

ほんとうに
子供→大人へと変化する時期なんじゃないかなと。

渦中にいる本人たちは
実感することは少ないかもしれないけど

(少なくともあたしはそのありがたみ
 常時感じられていたか、と聞かれたら
 胸を張って、うん、とはいえなかった)

親あっての学生生活、だからね。

学校に通わせてもらえる幸せをかみ締めながら
やりたい、といって入った法学の勉強を
少しでも楽しみながらやってほしいな、と思います。

学生生活のすべてが勉強なわけじゃないけど
でも学生の本分は勉強なんだよ、ということは
わかってほしい。

弟には、姉としてできる限り協力してあげたいな。

という決意をここに書いて
今から仕事します!!!

2時間で形にします!!!

それでは◎

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