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東北の慰霊の旅の記も いよいよ最終日になる予定でしたが
少し「書き忘れ」がありましたので 追記します
今回の旅の前半は ナビを頼りに
仙台空港から三陸海岸沿いの被災地を レンタカーを走らせましたが
何度か 道が分からなくて 途方にくれました
この写真の南三陸町のように ひとつの町全体を工事しているような場所では
ナビでは通れるはずの道がなくなっていたり変わっていたりして
何度も 工事現場の人に尋ねながらの道中でした
この後寄った 陸前高田市の「奇跡の一本松」附近でもそうでした
この一本松茶屋も復興商店街のようですが
多分 夕方近くということもあって 客は皆無
例の「奇跡の一本松」へは 車の道はなく
ここから 工事現場の中の道を
800mほど歩かなければなりません
この案内板には 英語 中国語 韓国語が表記されています
外国の観光客も訪れるのでしょうか
ここでは 1994年生まれの若者が淹れてくれたコーヒーを飲みながら
他に客がいないのを幸い
彼と長いおしゃべりをしてしまって 時間がなくなり
一本松まで歩くのは諦めました
1994年生まれは ゆとり世代だけど
フィギュアの羽生選手ら 世界で活躍するアスリートが多いとか
関西からやって来るおばさん達が
賑やかでうるさいけど
みな励ましてくれて 優しいとか
初めて出会った若者とお喋りできるのも
ひとり旅のおかげ
この後も 道が途切れ 地元のおじさんに尋ねたりして
結局 予定の海岸沿いはやめて
新しい道を飛ばして 大船渡に着いたのでした
夫と一緒の30年前は
JR仙台駅から レンタカーで東北自動車道を使い
花巻から遠野を経由して 釜石へ出たので
ここまでが 私だけの慰霊の旅と言えるのかもしれません
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