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書庫徒然

いらっしゃいませ〜♪ 気の向くままに撮り散らした写真集です。足跡を残して下されば幸いです。『花・植物』にもお立ち寄り下さい。
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秋に寄せて


11月最後の日 久々の山歩き

登りは体力に自信がないので
出発は 標高440mの森林植物園からひたすら下ることに

長谷池の紅葉はほとんど終わりかけ でも綺麗

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植物園の西門を出て ドライブウェイを南下

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車だと あっという間に車窓を流れ去る錦も
ゆっくり堪能

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修法が原に到着
夫と最後に遊んだ場所
もう10年の時が流れた

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ここからは ドライブウェイを外れ
急な山道を下る
トレッキングシューズが役に立つ

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麓近くになって
やっと昼食にありつく

前から食べてみたかった この山荘のスペアリブを
小さな一切れだけ注文
もりもり平らげている 隣の席の 若い団体登山客を横目に
付け合わせのレタスと コーヒーで満足するお腹w


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盛りを少し過ぎていたが
十分美しい紅葉だった

大好きな秋を あと何回楽しめるのだろう
ふと そんな思いが頭を過る
そういう年になってしまったのだなぁ

そう言えば
人気番組のチコちゃんが
年をとると 子供の頃より1年の過ぎるのが早く感じるのは
感動がないからだと言っていたらしい

この日は ちょっぴり感動があったかな?
がんばろ



ひとり旅の終章を書かなければと思いながら
2週間近くが経ってしまいました


前夜の昭和レトロ国民宿舎で楽しみにしていた
海が見える露天風呂は
夜に入ったので
月明かりも 漁火もない 海らしき暗黒が広がるだけでした‥



神戸の震災の後も 
『全国の皆さん お願いだから 神戸に遊びに来てお金を使って』 と
切実に思ったこともあり
 
慰霊と 私なりのささやかな被災地支援をと考えての旅も
被災地としてはだいたい最後の 岩手県野田村の十府が浦

震災前はハマナスの咲くいい感じの海水浴場の近くが
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今は 海の見えない 綺麗な公園に‥
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海の代わりに目に入るのは 延々と続く防波堤(⇅の写真奥の白っぽい灰色がそう)
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反対側を見ると
津波避難ビル(多分 右手奥のオレンジ色の建物)がある 新しい街
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あの有名だった田老の巨大な防潮堤も(30年前には真下から見上げました)
津波は苦もなく乗り越え 破壊したことを考えても

莫大な建築費をかけた長大な防波堤より
避難ビルをいくつも造る方が安上がりだし
海も見えるし
良かったんじゃないのかなぁと
お節介主婦としては 考えるのですが‥



そして 三陸海岸とは
朝ドラの「あまちゃん」のロケ地の 久慈の小袖海女センターでお別れ

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ここでも 中に居た二人の女性(海女さん?)と
椅子まで勧められて しばらくお喋り
震災で全壊→再建した後も
台風で浸水被害にあったり
何度も大変な思いをされたそう





この旅で初めての青空の下 景色のいい海岸道路から
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内陸へ入り
やっぱり夫との思い出の地 十和田湖へ向かいました


八戸自動車道と東北自動車道を使えば わりと簡単

56年前と 30年前と 3度目の十和田湖です
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紅葉で有名な 十和田湖と奥入瀬渓流ですが
紅葉の時期には少し早すぎる 30年前と同じ10月初めに訪れたのは
奥入瀬の 木々の葉が陽の光に透け
新緑のような森と渓流の中に 身を置きたかったのです

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   大雨の後で 水量が豊富です

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期待通りでした

『秋なのに まるで新緑だね〜! きれい〜!』
運転する夫に思わず語りかけた あの時の自分の言葉と
『ほんとだね』と頷く 夫の優しい横顔が
ありありと蘇りました






最後の宿は 少しだけ贅沢に
と言っても 宿泊料はそれほどでもないのですが‥

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湖まで続く広大な庭園のある 十和田湖プリンスホテル

「女性ひとり旅プラン」なのに 落ち着いた 広いツインの部屋
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調度品も ちょっとゴージャス


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出窓には
コーヒー豆と
ミルと
ドリッパー

うれし〜






食事は ちゃんとしたフランス料理  味もいい
サービスも行き届いている

心残りは せっかくのヒメマスが
ソースの中に紛れ込み 味がわからなかったこと

52年前の支笏湖で
アイヌ語でチップと呼ばれる ヒメマス(刺身)を初めて食べて
その美味しさに感激

30年前は
ご主人が十和田湖で漁をしている民宿で食べた 焼ヒメマスにも
夫婦で大感激
今回も期待したけど 残念でした



でも長い人生の 今まで泊まった多くの宿の中でも
多分最高 (大抵は 低めコスパで選んで来たので‥)


冬季は閉鎖になるみたいだが
連泊で また来たいな〜〜
恐らく無理でしょうが‥



仙台に向かう東北道から
この日が初冠雪の 岩木山が見えました!
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この山も もう一度逢いたいと 焦がれていたお山


そして
杜の都「仙台」
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仙台空港に向かってレンタカーを運転しながら
この 海 山 湖の「自然」豊かな
そして 本当に「人」が良い
東北に
もう一生 訪れることもないだろうと思うと

心の底から
寂しさがこみ上げて来ました








東北の慰霊の旅の記も いよいよ最終日になる予定でしたが
少し「書き忘れ」がありましたので 追記します
 
 
今回の旅の前半は ナビを頼りに
仙台空港から三陸海岸沿いの被災地を レンタカーを走らせましたが
何度か 道が分からなくて 途方にくれました
 

この写真の南三陸町のように ひとつの町全体を工事しているような場所では
ナビでは通れるはずの道がなくなっていたり変わっていたりして
何度も 工事現場の人に尋ねながらの道中でした
 
 
 

この後寄った 陸前高田市の「奇跡の一本松」附近でもそうでした
 
この一本松茶屋も復興商店街のようですが
多分 夕方近くということもあって 客は皆無
 

例の「奇跡の一本松」へは 車の道はなく
ここから 工事現場の中の道を
800mほど歩かなければなりません
この案内板には 英語 中国語 韓国語が表記されています
外国の観光客も訪れるのでしょうか
 
 
ここでは 1994年生まれの若者が淹れてくれたコーヒーを飲みながら
他に客がいないのを幸い
彼と長いおしゃべりをしてしまって 時間がなくなり
一本松まで歩くのは諦めました
 

1994年生まれは ゆとり世代だけど
フィギュアの羽生選手ら 世界で活躍するアスリートが多いとか
 
関西からやって来るおばさん達が
賑やかでうるさいけど
みな励ましてくれて 優しいとか
 
初めて出会った若者とお喋りできるのも
ひとり旅のおかげ

 
 
この後も 道が途切れ 地元のおじさんに尋ねたりして
結局 予定の海岸沿いはやめて
新しい道を飛ばして 大船渡に着いたのでした
 
 
 
夫と一緒の30年前は
JR仙台駅から レンタカーで東北自動車道を使い
花巻から遠野を経由して 釜石へ出たので
ここまでが 私だけの慰霊の旅と言えるのかもしれません




30年前 夫ととてもいい時間を過ごした
 
 こんなに可愛くて 洒落た駅舎が
 
24年後には
ホーム 線路もろとも消失
 
(ここまでの写真:鉄道旅行地図帳〜東日本大震災の記録〜より)


これを初めてみた時
すでに居なかった夫との思い出も流されちゃった と
喪失感というか 寂寥というか・・・

現地の被災者の気持ちには程遠いでしょうが

1日も早い復旧を待ちました
そして 2014年7月27日 新駅舎が完成して以来
この目で確かめたいとの想いが この日やっと実現しました
 
 
雨が降っていましたが
元の駅舎のドーム屋根が モニュメントとして再現されていて
高台には 立派な駅舎が出来ているのをしっかりと確認
 
人の全く居ないホームに勝手に入らせてもらいました
モニュメントは 元の駅舎があった場所のようです
 
 
再建されて良かったと思う一方で
これだけ立派で綺麗な駅になったのだから
たくさんの人が利用しないと勿体無いなぁと 思ってしまいます
 
周辺には パラパラとしか民家は見えないし
観光客頼りでしょうね〜
30年前にここでお茶をしたのも
近くの港からの 北山崎などの断崖巡りの観光船の出航時間待ちのためでした
 
 
雨が降っていなかったら
寄ってくるウミネコにパンをやれる船に乗ってみたかったのですが
陸路で北山崎展望台に寄りました
(蛇足ですが 鳥にパンをやるのは 製造過程に問題があってよくないそうです)
30年前と全く変わらない風景です
この風景は 30年前にはなかった 遊歩道からです
 
オッ ミサゴの営巣地とな!
残念 珍しく双眼鏡を忘れました
でも今は繁殖期じゃないから どうせ見れないか・・
 
 
 
 

2日目の宿は 三陸海岸北部の
文字通り 昭和レトロな国民宿舎
前回には寄った龍泉洞のある岩泉以外では ここしか宿がない北三陸

昭和をリアルタイムで生きてきた身では
昭和レトロなど 珍しくもなく
快適さはどうなのだろうと そちらの方が気になりますが

部屋から望む太平洋の眺望と

 

海を眺めながら入るお風呂だけが楽しみ   (⇅写真は宿のHPより)

 
 
さあ いよいよ明日は被災地を後にして
最終日の十和田湖と奥入瀬渓流
 
晴れますように


三陸ひとり旅の2日目
大船渡の港のそばの 真新しいホテルを出たところは
真新しい街です
でも 全国どこでも見たことのある 聞いたことのある店が並んでます
津波は 地域の特色も掻っさらっちゃったようです
 
 

海沿いを仙台空港で借りたレンタカーで しばらく北上すると
嵩上げされた高台に 新しい街ができています
 
ここは被害の大きかった大槌町のようです
奥の方に工事用の重機がたくさん見えます

道の反対側を見れば やっぱり工事中
 
海のすぐそばなのに 一見 被害がなかったかのような田園風景もあります
少しほっとします
 
 
 
 
めっちゃ生きのいい魚が並んでいます
サンマと ツバスに見えるけど東北では何と呼ばれているんでしょう?

【右上のかろうじて見えるカタカナを頼りに調べると、わかりました!
 出世魚ブリの名前の変化は

 •関西:モジャコ→ツバス→ハマチ→メジロ(イナダ)→ブリ
 •東北:アオッコ→ショッコ→ワラサ→ブリ   つまり ショッコですね!】

そりゃ新鮮なはず  とれとれですもの

ここは宮古漁港の中にある道の駅
なのに ここでお昼に食べたのは ミニ天丼セット
年とともに我儘になる私の胃袋です
 
30年前 魚介類の種類の豊富さと安さに感激し
筋子入り銀ジャケとホヤを 冷蔵で家に送った 街中の大きな市場は
流された後どうなったのか  まだ確認していません

この建物の端の青いライン
こういうことですね↓
 

三陸海岸沿いのR45を どんどん北上します
そこかしこに 津波対応の標識が立っています
 
 
 
そして もうすぐ 私的に今回の旅の一番訪れたかった所
三陸鉄道北リアス線の 島越駅
 
30年前

宮沢賢治の童話に出てくる火山島の名前にちなんで
カルボナード島越と名付けられた

可愛い駅舎の2階の 可愛い喫茶店で
亡き夫と 本当に楽しい時間を過ごした 思い出の場所
 
当時の東北は 鄙び過ぎて
美味しいコーヒーが頂ける小洒落た店がほとんどなかったので
妙に嬉しかった
 
続きは次回
 
 
 
 

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