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今年のお正月、私はパン屋さんに仕事に行っていた。
年が明けて、元夫と休みが一緒になった日、富士宮に出掛けた。
富士宮やきそばを食べに行こう!という事になったのだ。
富士宮市街にはあっちこっちに焼きそばのお店があるが、浅間大社の周辺に何件ものお店が集中している。
とりあえず浅間大社の駐車場に車を停める
年明け間のない時期なので浅間大社は露天がたくさん出ていて賑わっていた。
“富士宮焼きそば学会”っていう会が主催しているらしい一箇所に富士宮の名物を売るお店が集合しているフードコートの青空版(屋根がない)みたいな【お宮横丁】に行って、焼きそばを食べた。
焼きそばを食べ終わって駐車場に戻った。
「露天を見に行きたい〜♪」と参道に行く。
参道にはお参りの順番を待つ行列が出来ていた。
行列に並びつつ美味しそうなものを売っていそうな屋台をきょろきょろ覗き見て、列は少しずつ前へ進んで行く。
「せっかく並んでここまで来たんやから、お参りして行こ〜よ〜♪初詣〜初詣〜♪♪♪」と元夫に言ってみた。
元夫はどうするかな?と思ったがそのまま前に進んだ。
お賽銭箱の前で私は5円玉を二つお財布から出して一つを元夫に渡した。
「今年は仕事が順調に行ってお金にこまらないようにお願いしとこっか♪♪」と元夫に言って、私は5円玉をお賽銭箱に入れて、拍手を打って祈った。
元夫は私と同じようにした!
こういう日が来るのはもっと先の事になるかと思っていた。
お参りが終わった後は浅間大社のお庭を散歩した。
浅間大社の神様、ありがとう
その後、勿論、元夫の頭は割れていない!
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創価学会と鬱病
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創価学会と鬱病
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元夫には付き合いのある親戚はいない。
元夫は結婚して以来、私を幸せにしてはくれなかった。
私が結婚して幸せになったかどうかは元夫だけに全て責任が有る訳ではない。
勿論、私にも責任はある。
でも、私の親からすると、私が幸せを感じられないのは何故か?と考えた時、出る結論は「元夫との結婚が失敗だったから」という事になる。
元夫は人あたりの悪い人ではない。
むしろいつもニコニコしてるし話し方も穏やかだ。
でも、自分から積極的に人に話し掛けたり出来るタイプではない。
私の親姉兄達としては可愛くないし頼りないだけの人だったんだろうと思う。
去年、両親と姉がお米を持って来てくれた時が元夫と私の家族が初めて同じ屋根の下で寝た日だ。
両親と姉は元夫と私の家へ泊まった。
ず〜っと押入れに仕舞いっ放しのお布団や枕を干し、シーツも汚れてはいないが洗濯した。
家中を掃除して気持ちよく家族が泊まれるように準備をした。
最寄の高速のインターを降りてから、カーナビが故障して道を間違ってしまった。
携帯で今どこにいるのかを周辺の状況を聞き、元夫の車で迎えに行った。
家に着いてからは荷物を降ろしたり。
一番、重いお米の袋は元夫が運び入れた。
お茶を飲んで、一段落したところで晩御飯を食べに行った。
その帰り、私の勤めるパン屋さんのあるショッピングセンターに寄った。
特に用事はないけどみんなでウインドウショッピング!
家に帰り、買って置いたケーキを食べて順番にお風呂に入る。
父→姉→元夫→母→ココアの順でお風呂に入った。
普段、私と元夫が使っている南側の和室のベッド(シングル2台)を両親に使って貰い、姉は南側の洋室、私と元夫は北側の洋室にお布団を敷いて寝た。
朝食は母が「なんか手伝おうか?」と言うので一緒に作った。
御飯を食べてからは私は洗濯〜。
一泊しかしないしお天気の良い朝だったので、使った寝具を洗ったり干したりしたかった。
母にも姉にも「アンタ〜いったい何回、洗濯するの
「でも、その量の洗濯ものが全部、干せるっていうのが凄いよなぁ」と姉は言う。
今の家は新築でもないし、これと言って良い設備がついている訳でもないが、南東の角部屋でベランダの間口だけは広く(4間位)日当たりが良いのだ
洗濯が終わると前に干したものがもう乾いているので次から次から片付く
以前は間仕切り壁が外れて来たりして嫌だったこの家も壁を自分で釘を打って固定して直した。
釘を打ったり、ちょっとした日曜大工的な事は私は得意だ。
鬱の症状が酷かった時はそんな事をしようとか出来るとか考えもしなかった…。
壁を自分で直してからだんだんと家に愛着が持てるようになった。
洗濯が一段落していつも元夫と行っている散歩コースにみんなで出掛けた。
海と山の両方を見渡せる高い堤防まで行く。
歩いて10分位の所にとても見晴らしの良い場所がある
散歩から帰って両親と姉はここよりもう少し東の温泉に足を伸ばす予定で家を後にした。
多分、これが元夫にとって人が自分の家に泊まりに来る初の経験だったのだと思う。
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YKは私の姉の娘。
勉強のよく出来る子で難関と言われる大学に入りそして卒業した。
就職は「もっといいとこに入れるんとちゃうの?」と思っていたが、自宅から通える範囲の会社ばかりの試験を受けて結局、地方銀行に行く事になった。
入社(入行?)して2年程でちょっとした役付きにもなったらしいがその頃から鬱病になってしまったらしい…。
先月、親戚の農家で新米の収穫が終わり、両親はその農家からお米を分けて貰って(タダで貰ってるわけではない。ちゃんとお金を払っている
姉の家は実家と同じ県内なので実家にはしょっちゅう行くのでついでの時に貰って帰る。
兄は関東だが、お正月には家族揃って実家でお正月を迎えるのでその時に持って帰る。
私のパン屋さんは仕事が今年も元旦から出なければならなさそうだし、元夫も交代勤務なので、お正月休みがいつになるかもわからないので実家に帰る予定はない。
なので、先月の22日にお米を持って来てもらった。
車の運転は父は好きなのだが、父ももう78歳…。
父の運転で高速に乗って来てもらうのは心配なので、運転は姉にしてもらう。
去年もお米は姉の運転に両親が同乗して運んでもらった。
今年は姪のYKも付いて来た。
YKは今、休職中。
「ココアちゃんにお薬の事とか鬱の話を聞きたいから」という事で来た。
私は以前、よく泣いた。
泣くには理由があった。
YKも泣くらしい…。
でも、泣いてしまう理由が自分でわからないらしい。
「確かに仕事は大変やったんやけどなぁ〜 でも、仕事に行くのも嫌とちゃうかったし、会社の人もみんないい人で上の人にも可愛がっても〜てたし。そやけど、なんか仕事に行くと涙がバーって出て止まらへんようになるんよ〜ぉ」と言う…。
で、会社の上司に勧められて心療内科に行って鬱病と診断されて休職となったそうだ。
自宅にいると普通なので、一時、職場に復帰した事もあるが、職場にいるとまた涙が出て、再度、休職しているそうだ。
職場では「非はこちらにある」とお給料もちゃんと払ってくれて、気が済むまで休んでいいと言ってくれているらしい。
「非はこちらにある」と上司が言う位だから、職場で何かがあったのは間違いないだろう。
「ただ、涙が出るだけで悩みなんか何もない」とYKは言うけれど、YKには「コレが苦しい!」という“コレ”が人に言う事も出来ない位、いやもっと自分で“コレ”が何かを考える事も辛い位の何かがあったのだろうと思う。
家でブラブラし、気の向いた時は一人で旅行に行ったり、気ままに毎日暮らしているようだ。
でも、うちの母なんかに言わすと「毎日、規則正しく起きて、体力が落ちんようにラジオ体操にでも行ってetc…etc…etc…」となる訳だがYKとしては「え〜…だって…」と人にヤイヤイ言われても出来ないものは出来ないのだ。
「え〜…だって…」としかおばあちゃんに答えられないYKのかわりに私が「なんぼ言われても出来ん時は出来んもんなんやって」と母に言った。
YKだっておばあちゃんに言われた事が間違ってると思っている訳ではないし、おばあちゃんだってYKの事を心配して言っているのは勿論わかる。
YKは「ココアちゃん、鬱、どうしたらよくなったん?」と聞くので「まずは日当たりのいい部屋と散歩やな!
YKは「そうか!やってみるわ〜
YKが本当にやっているかどうかはその後、聞いてはいない。
気が向かなければ何も無理にしなくてもいいのだ。
ココアおばちゃんは温かく見守って行きたい。
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今日は休み。
仕事はだいたい夕方の5時からだ。
毎月20日に翌月のシフトの希望日時を書いて提出する。
パン屋さんの販売スタッフは現在13人。
そのうち23歳のYMさんだけが社員だ。
YMさんは大学生の時からこのパン屋さんでアルバイトをしていたが、就活の時期にエリアマネージャーに誘われてそのまま今年の4月から社員になった。
YMさんがシフトを組む担当だ。
みんなそれぞれ自分の都合でシフトに入りたい日時を提出するが、みんなの希望と希望しない時が偏る場合もある訳で、毎月YMさんはその調整で大変そうだ。
私は子供がいるわけでもなく、この地域に知り合いがいるわけでもないので、特に用事という用事はない
なので「絶対、この日は無理!」って事もないのでYMさんには「一応、書きましたが、人手の足りない時は出ますから〜」と言っている。
YMさんには「いつも融通をきかせて貰えて助かります♪」と言われる。
正直、私はこのパン屋さんに勤め始めて、一年経つか経たないかの時までは毎回、仕事に行くのが気が重かった。
でも、一年を過ぎ、今はこのパン屋さんに行って良かったと感じている。
仕事にも馴れ、職場での人間関係もなんとなく上手く行くようになって、私は何をしていても今は楽しい。
以前は何をするのも億劫だった。
お天気が良いだけでも嬉しいし、自転車で近くのスーパーに買物に行くのも御飯を作って食べるのも洗濯するのも、観葉植物に毎日、お水をあげて成長するのを見るのも、着なくなった服をリフォームするのにミシンをかけるのも、掃除をするのも、テレビを観るのもなにもかもが楽しい♪♪♪
以前、私はこんなに楽しく幸せだと感じられる日々が訪れようとは1ミクロンも思っていなかった…。
今もまだ月一回は心療内科には行っている。
お薬を処方してもらっている。
先月までアモバン7.5 レスリン25 テトラミド30を各1錠1日一回寝る前に飲んでいた。
でも、あまりにも幸福感があり過ぎるように思うので「薬の効き過ぎか?
先生「やっぱり仕事に行ってよかったんだね〜♪じゃあ、どれ減らす?
ココア「鬱のお薬を
先生「じゃあ、テトラミドを止めようか」
ココア「はい、それでお願いします
と言う事でひとつまたお薬が減った。
でも、最近は本当によく眠れる
7時間位は途中で目覚める事なく寝ている。
7時間寝ても眠くてもう一度、眠って10時間位、寝ている事もある
次は眠剤を減らして貰おう。
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元夫が自動車関係の大手の会社で交替制勤務を始めて、結婚して以来、味わった事のない経済的ゆとりが持てた
元夫は交替制なので朝早くだったり夜になってからだったり出掛ける時間も週ごとに変わる。
私はラスト要員(お店のシフトで夕方以降、閉店後の片付けまでの時間帯勤務する事)なのでだいたい午後2時か夕方5時から、11時半頃まで家を空ける事になる。
元夫とはすれ違いになる事も多いが休みの日が元夫と一緒の日になれば、日帰りのドライブ旅行に出掛けたりもするようになった
少し前までは「ガソリン代がもったいない…」と言う感じで車で出掛けるのは市内限定だった
まず最初に行ったのは柿田川湧水公園だった。
とても澄んだ綺麗な水がコンコンと湧き出していて心が洗われるようだった。
と、そこに小さな鳥居があって、元夫がどうするかを観察してみた
私は本来なら拍手を打って短く祈るところだが、これまで通りかかった偶然に宗教的なものと元夫と一緒に出くわす事はまずなかったから〜。
小さなお社の謂れのような立て札を私は眺めつつ元夫の動向を見ていたが元夫は鳥居の脇を通り、お社の前まで行ったが拝みはしなかった。
まあ、今回は私も鳥居をくぐらず拝みもしなかったのだから、こんなものだろう。
次の機会は観察だけでは終わらない。
私は多くの日本人らしくどんな宗教でも浅く広く受け入れられる人に元夫になってもらいたいのだ。
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