カープ観戦

カープの調子が良くない。
いや、ここ数年の調子が良すぎたというべきなのか。
黄金時代がいつまでも続かないのは承知の上で、今年も最後に笑っていたいものだ。

ちなみに、ここ数年は年間10試合程度の観戦をしているのだが、
よくよく考えると、この間私は一度も自分でチケットを取っていない。
すべて友人や親族が誘ってくれた観戦だ。
ちまたではカープのチケット争奪戦?がニュースになっているが、
私自身はその苦労を体験していないことになる。というか、体験したくない。

地元にいた頃、まあ、オンボロの広島市民球場ではあったが、
カープの試合のチケットが取れないなんてことは考えたこともなかった。
優勝決定戦でもない限り、自由席なら当日でも入れたのではないかと思う。
どちらかと言えば、子どもの私にとっては金銭的な方が問題で、
入れると分かっていても、なかなか野球観戦にお金を使えなかったものだ。

そもそも、私はせっかちなので並ぶことが嫌いだし(DLなんか糞食らえだ)、
何ヶ月も先の予定など分かるわけがないので、チケット争奪戦に参加する要素がない。
これでプラチナと化したカープの試合を毎年何試合も観戦できているなんて、
ずいぶんと人間関係に恵まれたものだ。

ということで、自主的な応援はもっぱら休日のテレビ観戦が舞台となるのだが、
これが思うようにいかない。
今年はDAZNがカープ主催ゲームの放映権を取れなかったのだ。

DAZNのネット中継が必ずしも快適とは思わないが、
自己都合に合わせて、後からでも視聴できることや、
WIFI環境さえあれば外でも視聴できることは重宝していた。
それが、今年は使えないのだ。

昨年も広島県内ではホームゲームを視聴できなかったという話なので、
恐らくは地元テレビ局との放映権競合が原因なのだろう。
そして、それならば納得できる。外資のDAZNにはわからないだろう。
地元テレビ局にとって、カープ戦がどんなに重要なコンテンツなのか。

今、首都圏キー局においては、野球中継はほぼ絶滅しているといって良い。
いつ終わるか分からない時間無制限?の競技中継で、ドラマやバラエティーの放映に支障が出るし、
何よりもゴールデンタイムに視聴率を稼げるコンテンツでない。
どんなに巨人が人気球団だとしても、野球中継は人気番組のような美味しい素材ではないのだ。
首都圏では。いや、全国的にもそうかもしれない。

しかし、広島は違う。
お茶の間でも、、飲食店でも、そこに映っている画面はカープの試合が基本だ。
カープの中継で他の番組がずれても怒りは生じない。
というか、むしろ中継が途中で打ち切られると、それこそみんな猛抗議だ。
私が子どもの頃はそうだった。そして、帰省すると今でもその雰囲気なのだ。
そういう意味では、巨人あたりの「人気」とは質的に違うのでは無いかと思う。
というか、都会は人口が多いからファン数が多いだけで、
ファンの割合では東京と広島は全く勝負にならないなと感じているが。

タクシーに乗ると、運転手が今日の試合についてコメントしてくる。
彼らにとって、客がカープの試合結果を知っていることは当然のことなのだ。
病院の受付でも、ホテルの駐車場でも、誰もがカープネタから話始める。
「大瀬良の調子がええよね!」
カープに興味が無い人間などいるはずが無いのだ。
学校の先生はカープが負けると機嫌が悪くなり、
寝たきりのお年寄りがカープがサヨナラ勝ちすると寝床で踊り出す。
それが広島だ。
つまり、カープの試合の放映権は、広島地方局の最大最強のコンテンツであり、
CMスポンサーもそこに集中する構図ができている。
黒船DAZNだろうが何だろうが、競り負けるわけにはいかないのである。
逆にDAZNにしてみれば、地方を本拠とするローカル競技の放映権など、
獲得に出せる金銭には上限がある、ということではないだろうか。

さて、そんな熱い地元民に支えられた広島カープ。
今年は明らかにビハインドを負ったスタートとなった。
少し弱くなっても、全国に増えた?カープファンは冷めずにいられるのだろうか。
チケット協奏曲の行方とともに、興味深く見守りたい。

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2019年東大

先日の東大について、解答例を公表しておきます。
なお、所属する組織等とは全く関係ない私見です。

【全体像】
小問(A・B)の連動を要求する大問が多かった。設問を一問一答的な狭い視野で見るのではなく、テーマとして俯瞰できる(主題を読み取る)能力が求められる傾向が一層強まっている。歴史学で本来要求される力が問われているとともに、新たな学習指導要領の発想に近づいている(どちらかといえば東大が先行しているのだが)とも言えよう。社会科を暗記科目と捉えていると全く解答できないレベルであり、学習の質が問われるという意味では良問が多かった。
 
第1問 摂関政治期における日記の意義
【解答例】
A行事を円滑に運営する上で必要な、過去の事例に精通した教養。
B上級貴族としての家格を維持し、さらに上級の官職や摂関の地位を得るためには、天皇家と外戚関係を深め、家職とされた業務を正確に継承する必要があったため、日記を参照することで先祖の経験を活かし、同時に自らも記述を遺すことで子孫への便宜を図った。
【講評】
文化と政治の関係を問うた、東大としては定番のスタイルである。ABの内容が重複しないようにしつつも、連動性を持たせるという書き分けに留意したい。国風文化において日記と日記文学を区別するという基礎的な理解をしているかどうかが解答のベースになるが、丸暗記の学習でなければ対応できるだろう。難易度としては「やや易」である。
 
第2問 承久の乱後の院政と幕府
【解答例】
A後鳥羽上皇が幕府から東国支配権を奪還するために挙兵した承久の乱で、院が敗北して皇位継承に対する幕府の発言権が増大した。
B朝廷から幕府への正式な交渉は議奏が担ったが、朝廷を動かす院政の実権は皇位を継承した皇統の家長にあったため、子弟の即位を望む両統から幕府の支持を直接取り付けようとする動きが現れた。
【講評】
主題は捉えやすい問題だったが、朝廷という建前上は天皇を中心とした組織と院との関係に留意しなければ、答案は作成しづらい。第一問に続いて、ABの「連動と区別」を意識することが高得点の鍵となる問題だった。
 
第3問 江戸幕府の貿易統制と殖産興業
【解答例】
A輸入品目の国産化によって輸出される鉱物資源の減少に対応しつつ、窓口として交易に携わる大名や外国人商人の利益を制限した。
B海運整備によって全国的流通網が発達した結果、商品経済の拡大にともなって貨幣経済が浸透し、嗜好品の需要が増大する中で商人層が販売で暴利を得、逆に武家や農民層の窮乏化が進展していた。
【講評】
江戸幕府の経済政策が何を主眼として行われていたのかを考える問題だった。資料文の読み取りが必要なのは当然だが、それだけで解答できると考えてしまうと字数のわりに内容の浅い答案になる。その場で与えられた素材と学習してきた理論を融合できるかどうか、その配分加減が悩ましい問題であった。「やや難」と思われる。
 
第4問 20世紀の機械工業
【解答例】
A戦場となった欧州からアジアへの製品輸出が激減したことで、日本は中国へ綿織物輸出を増加させ、力織機の製造も拡大した。欧州の軍需に加えて、世界的な海運船舶の不足で造船需要も拡大した。
Bドッジデフレによる国内需要の減退で製造業が停滞する中、1950年に始まった朝鮮戦争で占領軍だったアメリカ軍が国連軍として日本から出動し、兵衣や輸送機械といった朝鮮特需をもたらした。
【講評】
需要が産業の活況を生み出すという原則で共通項は読み取りやすいが、逆にそれぞれの直接的な需要増大理由以外にABの差異を見出すことが難しい。Aは明治後期の産業革命の延長線上にあるのに対して、Bの特需景気は従来の国内需要とは質的な転換(戦前の軍需を考えれば再転換)があったことを指摘するとよいだろう。
 
【来年度以降の受験生にアドバイス】
東大に限ったことではないが、日本史の入試問題は多くの場合、受験期を待たずとも既習の時代については解答できなければならない(時代をまたいだ比較などの場合は別だが)。それぞれの学習した時代について解答できるだろうか?単語だけを暗記していても解答できないことは論述問題であるから当然としても、教科書の文章をそのまま書き写して解答となるわけでもない。対策はただ一つだけ、日々行われる授業の内容を理解して、そこに行っての論理性を見出し、設問の切り口や素材が変わっても、柔軟に論理を再構築(場合によっては既知の論理を破壊して、その場で論理を構築)することが必要となる。これは本番の問題であるという意識をもって、自らの学習方法を再検討する機会を持ってほしい。

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とりあえず、自己責任でブログに。


 再来年の新テストを意識してか、昨年よりも一層、史料の読解が強調された問題構成となった。しかし、昨年も主張したが、高校日本史の課程では史料の読解方法を教える構成になっていないので、無理がある。結果的に、史料文は註釈だらけで読みにくいものとなり、最初から現代文で表現した方が良い状態となっていた。昨年より弊害がはなはだしくなったことで、新テストまでに問題意識が高まって、方針転換がされるのではないかという、怪我の功名を期待してしまう。


 改元という時事問題が出題されたことも、日本史を単なる過去の事実とせずに現在に関与させる意識の表れで、近年の傾向に沿ったものとなっている。ただし、アイヌや琉球が本年も出題されたことと合わせて、時事の捉え方がワンパターンになる嫌いがあり、新テストに向けて作問を一層工夫しないと、受験テクニック的に対応されてしまう危険も感じた。というか、私は対応できる。これでは本来の目的から考えて本末転倒なのだが。


 むしろ、旧来のセンター型の設問である、第2問の問2・問6、第4問の問2・問6、第5問の問1などは受験生の理解力を問う良問であったろう。本当に旧来のセンター試験で学力を問うことができないのかどうか、文科省をはじめとする大学入試担当者にはよく考えてもらいたいところである。


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逆もまた真なり

仕事帰りにつまみを買って、夜中に晩酌。
て、ほとんど食ってばかりで飲めませんが。

ふと、自分で買ったものを眺めます。
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これは、宣伝なのか、エクスキューズなのか??
専門では無いとも読めるわけです。
というか、むしろ日本語的にはそれが自然。
素材だけが共通点のはずです。
「ピザ屋のケーキ」
「釜飯屋の寿司」
どう?美味そう?

ところが、逆にすると、
「ケーキ屋のピザ」
「寿司屋の釜飯」
なんかちょっと宣伝っぽいよね?主観だけど、、

何故に??

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親の苦労

2年ぶりに、庭の紅葉に鳩が巣を作りました。
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忙しくてノーマークだったよ…不覚。
娘によれば、すでに産卵済みとのこと。
これで、樹下に駐車できないし、夏季の庭木消毒もできないし、ベランダに布団も干せません。

一応、家族会議(駆除するのは厳密には条例違反)
父「困ったね。どうする?」
娘A「可哀想だから、そっとしておこうよ」(やっぱりそう来たか)
娘B「あんな丸見えで、カラスに襲われないかなあ」(保護すること前提かよ)
息子C「あれは、一昨年に巣立った子が親になって戻って来たね」(そうなのか??)
A「お父さんとお母さんが代わる代わるに温めてるよ」(観察してたのか)
B「こんなに暑くて大丈夫かなあ」(そこまで知らんがな)
C「巣立ったうちの、飛ぶのが下手だった方の子だね。間違いない」(根拠はあるのかよ)
A「ポーポ、ポッポポーって鳴くよね」(お前ヒマなのか?)
B「お父さんが私たちを睨んでたよ。卵を守っているんだね」(どっちがオスなの?先住民はウチだぜ?)
C「あの子は何て名前だったかなあ」(人の話を聞け!)

誰も父の苦労の心配はせず、他人?の親に共感しています…

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永遠のボーイズ

バックストリートボーイズ(BSB)が新曲を出した!
というニュースを聞いて、おお!まだ活動していたのか!!
とMVを観たわけですよ。

・・・どれが誰だよ。メタボスターズかよ!
もはや昔の面影すら感じない映像がそこにはありました。
そもそもBSBという言葉が通じるのは、どのくらいの世代までなんですかね。

BSBもスパイスガールズも同世代。
学生時代だったもんなあ。あれから20年かあ。
きっと俺も同じなんだろうな、、、
今週は久々に腰痛も出てるもんな。

そう考えると、SMAPはよく頑張ったね。


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正直、驚いたよ

誰もが思ったんだろうけど、
心を打つ若者の会見の翌日に、
恐ろしく醜悪な会見を見せられたね。
正直という言葉がここまで軽いとは。
反面教師として子どもに見せるべきかどうか、、、

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Giant Weight (造語)

GWはいつもと違うことをしなければいけないらしい!?
という、世間のムードに急かされて、
ダイエットしたいのに、逆に思う存分食ってみることにしました。
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深夜に、ハンバーガーと寿司とラーメンをハシゴで食います。
シェイクシャックバーガーは、聞くほどではなかったです。
仕上げに焼き芋食べて終わりにしましょうね。
ゲップ🤤

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先に宣言しておこう。
議論が紛糾するかもしれないが、外野は安易な気持ちでは参加しないように。
何事も責任と覚悟は必要なのだ。だから私はいつも匿名では無い。

さて、何とも面白い雑誌?記事を読んだ。もちろん、この場合の面白いは皮肉である。

現状で特段に許可を得ていないので、リンクは貼らないが、ネット上で公開されているものなので、タイトルを挙げるのは構わないであろう。『JB press』で伊東乾という方が書いている、「受験生必見、入試問題原著者の逆襲」というコラム記事である。私はネット記事を読んだが、冊子もあるのだろうか。
検索すればすぐに全文が出てくるであろうから、冒頭での私の勝手な要約は避けることにする。
まずは、誤解の無いように記事をご覧あれ。自らの解釈の上に立って思考する。当然の作法だ。

で、この記事の何が面白いか。
筆者の伊東氏は、自らの著書が入試問題に引用されたことを機に(記念して?)、読書の意義や大学入試現代文の奥深さについて語られている。と、同時に入試対策を生業とする受験業界に対して、引用著書の意義を踏まえずに文章を分析しようとする意識や力量の欠如を指摘している。当該業界に片足を突っ込んでいる者として、省みて拝聴すべきであろう。その論理が破綻していなければ、だ。

まず、私がこの記事から読み解いた主張はこうだ。
文の一部を解釈するだけで、その文章を書いた著者の見解や意図を曲解した「受験教育」をするな。
大学入試問題はもっと深い思想に基づいて作成されているもので、テクニック的な文の解釈で商売をする受験業界の指導は下らない。受験生諸君よ、そんな小手先に騙されず、深い読書を重ねよ。言い換えて表現すれば、木を見て森を見ずになるな、といったところか。
ところでこの記事、ご本人の本意はどうだか知らないが、受験生へのアドバイスと称して、受験業界を卑下する部分にやたらと力点が置かれている。というか、粗探しに必死である。立派な経歴をお持ちのようだが、何か予備校にコンプレックスを感じるような過去でもあるのだろうか。

さて、内容について触れよう。
人間というのは勝手なもので、伊東氏のようロジカルを自認する人間であっても、頭に血がのぼると自らのことは見えなくなるらしい。以下、この記事と同じ手法で論じてみる。
まずは、どうやら某受験産業から掲載許諾の問い合わせが来た際に、お名前を誤記されたとのこと。一般に名前を間違えられることは、気を悪くすることに繋がりやすい。ご同情申し上げる。私も「烈巳」が「烈己」や「烈美」になっていることは日常茶飯事だし、こんなわかりやすい苗字すら誤記されることがある。だが同時に、自分自身も他人の名前を間違えて覚えたり読み書きすることはあるので、そのたびに他人に同じ不快な思いをさせているであろうことと省みる材料としている。
話を戻すと、その名前の誤記に対する皮肉が受験業界に対する批判の準備であると。
もちろん、お手紙を差し上げるにあたって、相手のお名前を確認するというのは、礼儀として欠かせないことだ。間違えた方に相応の責任はある。ただそれを業界や組織の性格に起因させることが出来るかどうかは別問題だろう。
その上で、教養がおありである筆者は、何かを執筆する際には、引用を間違えないように細心の注意と敬意を払うようにという作法を当然に知っているはずだ。では、記事中の代ゼミの解説を引用した部分を挙げよう。
「やや読みにくさを感じる受験線もいたかと思われる」
受験線て何なんだ。もちろん、こんなものは単なる変換ミスだろう。どういう読みで変換すればこんな字になるかは知らないが。
もしくは、筆者ではなく、よくある編集のミスだ。
例えば、私の下らない著作を伊東氏のような方の名著と同列に並べる気は毛頭ないが、一応として出版物という形だけを共通点に経験を述べさせていただくなら、編集の段階で手直し??された結果、出版物が誤字だらけになっているケースは珍しく無い。私の場合など、単語の位置を入れ替えられて、文脈すら逆にされてしまったケースもある。
もちろん、最終段階で確認する責任が筆者にあるわけだが、自分で書いた原稿を頭の中に置きながら、それとの字句の照合は、ウォーリーを探せか10回10回ゲームかという意地悪な作業になる訳で、どうしても見過ごしが出てしまう。
ただし、それでも文章に自分の名前を冠して世に出した以上は、間違いの最終責任は自分にあると認識するしかないわけで、読者の方から誤りの指摘を受けるたびに、顔から火が出そうになるのをこらえつつ不備をお詫びしている。そして、自分は他人の意図せぬ変換ミスや誤文をあげつらうことは控えようと、自省に役立てるわけだ。
さて、受験産業から伊東氏への郵便が手書きだったか活字だったか知る由もないが、他人の誤字をあげつらう中で、引用部に同音異義ですらない誤字をするのは、なかなかの恥ずかしさだろう。
ただし、私が今回指摘したい根本は、そんな下らない誤字だの何だのの部分ではない。
例えば伊東氏は、大学入試を作成する方々はもっと深い思考のもとに、読者の問題意識や読書体験を考察した作問をしていると「推測」している。複数の人間が作問のための委員会を結成しているという、一般的に首肯できる部分はともかくとして、自らが所属するわけでない大学の作問人数まで推測するとは恐れ入りますが。
もちろん、知っている情報を書いたら作問者の守秘義務違反を公表することなるわけだが。「間違いなく早稲田文学部の専従の先生でしょう」まで来ると、もはや誰かのツッコミを待っているのかと思えて仕方ない。言語水準云々を語るわりには、「間違いない」という言葉の随分と軽い方だ。
で、その国語入試は受験屋である代ゼミの先生「個人」には分析し得るものではないと断じるわけですが、この解答速報を個人が作成しているという前提の方は何が根拠だったのだろうか。少なくとも私は代ゼミの中にいて、完全に個人が解答速報を掲載しているという話は知らない。良い意味でも、悪い意味でもだ。安易に複数の意見を集めれば、主張や理解は不統一になりがちだし、責任も不明確になる。人間関係によっては(おそらく多くの日本の組織では)、他者の意向が忖度されて、理論が歪むケースももあるだろう。そもそも講師が解答速報を作成するケースが何割あるのか、私はかなり疑問だ。
ちなみに、私は論述日本史の看板背負っているので、代ゼミから速報される国公立系の解答例が私の作成によると思っている受験生がいると思うが、ここ数年はそこにはほとんど関わっていない。自分のテキストの解答例なら責任を持っているが。だから、組織の発表とは異なる意見を持っていることも多々あるわけだ。
そして、ここで問題なのは、伊東氏が比較に近い扱いをした早稲田の問題と代ゼミの概評は、いずれも作成者に関して伊東氏が根拠不明な推測をした上で、一方的に断じられているということだ。さすが論理的な先生、恐れ入る。
そもそも、大学入試が文章の一部分だけを切り取って「国語」の試験にすることに対し、その行為の是非を問う声は、私が受験生だった20年以上前からあった。受験生だって耳にするレベルなのだから、社会一般でそういう認識は広がっていただろう。伊東氏は一世代上の方のようですから、彼の受験生時代は知りませんが。
そして、その問題を長期にわたって指摘され続けながら、その本質的解決ができてないのは、大学の方ではないのだろうか。学術的水準の高いはずの。
もちろん、指摘された代ゼミの概評が正しいといっているわけではない。私だって受け持ちの日本史については、会社の解答速報に苦情を入れることもあるし、当該の国語にも様々な見解があったのだろうとは思う。
ちなみに伊東氏は、大学入試問題は教養ある先生方が作問しているので、受験業界が教える小手先のテクニックなど不要だと仰るわけですが、どのくらい受験業界の授業を知っているのでしょうね。もちろん、そういったものを売りにしている方もいらっしゃると思うが、受験生の需要が様々にあるわけで、それに対応する講師のやり方も様々だ。私の担当する分野など、小手先テクニックで答案書いてしまうと厳しいことは受験生でもわかるタイプの問題であり、常に作問者が歴史学研究の中でどんな意識を持っているかを分析しなければ、人前に出せる解答例すら作成がおぼつかない。これを限られた時間で生徒にフィードバックし、学習方法をアドバイスするのに日々苦労している。私が何かテクニックでも持っているなら、逆に指摘してもらいたいくらいだ。特技として売りにできるかもしれない。
「すべての塾や受験産業が悪いというつもりはない」と述べながら、「塾に登壇している人たち」を一般化して、そこには「数学でも物理でも日本史でも世界史でも」本質は何もない、と断ずる浅薄さ。やっぱり、活躍の幅の広い方には、自ら掲げた一般的な理論すら当てはまらないわけですかね。なにせ国語の入試速報を根拠にするだけで、理数でも歴史でも、現場で語られている内容に本質があるかどうかわかるわけですから。スルメからイカどころか、魚貝の全てを見通せる超人のご様子で、何とも羨ましい限りです。

伊東氏が受験業界とは思考の深さが違うとする大学の入試問題について、一つ経験をお話ししよう。
北海道大学2015年入試の日本史において出題資料に使用された史料文についてである。
それは甲斐国(山梨県)に関する江戸時代末のもので、その中にこの様な意味合いの文がある。
「徳川家康様が甲斐国を支配することになった際、この村に諸税免除の印判状を下さっている」
そんな大昔の入試問でも無いので、気になる方は過去問集でも確認していただきたい。
上記の訳文には当然に私の解釈が反映されているので、本来は「正確に」引用したいところだが、ほとんどの読者はその文の解釈ができないであろうことから、ここでは敢えて訳文とさせていただいた。
そして、この部分には下線が引かれて設問が付されているのだが、設問はこの村が免除された「諸役(諸税)」を具体的に答えることを要求している。
あり得ない。
前後の設問趣旨から考えても、この設問は江戸幕府が課した諸役とその免除を問うているわけだが、徳川家康が甲斐国の支配権得た天正10年(1582年)には、後の江戸幕府の諸役体制は整備されていないし、そもそも、該当村落の各古文書からは天正期の徳川氏が免除した諸役は関銭を主体とするものであることが分かるが、江戸幕府の成立以後は関銭の徴収自体が行われないので、それは個別免除の対象にならない。本来は複数の関係古文書の存在を指摘したいが、一般の方には意味がわからないだろうから、ここでは控えることにする。
つまり、簡単に言うと、この文は近世の諸役が免除されている証拠にはならないし、受験生が近世の諸役として学習するどんな単語を答えたところで、歴史学的に正解にはならない。さらにいえば、甲斐国は武田信玄や徳川家康の伝説を利用した偽文書が数多いことで知られており、この諸役免除の文言も、その伝承自体が事実であるかどうかはまた別の問題が発生する。私は当該文書を含めた古文書を収録する山梨県史の編纂者で当該地域の解説者ともやり取りしたが、やはりこの設問は成立しないというお考えであった。そもそも、幕府創設後の家康が一村落に印判状を与えることすら疑問だと仰った。なるほど、確かにその時点で不自然でもある。
研究の世界につま先を突っ込んで火傷しかけた私程度が見て疑問に思うのだから、大学で該当の時代を研究する先生がそこに気付かずに作問するわけが無い。「専攻の先生」ならだが。
しかし、我々は受験業界の宿命として、受験生用の解答を出さなければいけない。また、私は研究者の先生方を誰よりも尊敬申し上げているので、何かしら私の気付かない意図が含まれた設問であることを期待しつつ、何気ない顔でこの設問を解説し、受験生が知りうる範囲で解答例を示した。
そう、私はリスペクトしている。ストイックな研究の世界で生き残ってきた大学の先生方を。だから、その専門知識に敬意を払いながら、常に著作や入試問を分析する。
そして同時に、その特別な世界と技量の狭さが、入試問題を作るということに関しては、必ずしもプラスに働かないことも認識しているつもりである。伊東氏がいうように、大学入試の問題は大学専任の先生が合議して知性に溢れた深みのあるものとなることが自明なら、この様な問題は手抜きして受験生を軽んじた事例ということになるのだろうか。
伊東氏にとって北大は大学では無いというなら、もちろんこの事例など何の関係も無いが。ただ、その場合は、世の大半の受験生は、そもそも伊東氏の議論の対象外ということになる。実際、現在は入試問題を受験業界に外注する大学すら多くあるから、そんなもの大学入試とは認めないと仰るかもしれない。私もそういった風潮には反対だ。しかし、現実である。
それら全ての現状を知らずしての、あの様な記事だとしたら、筆者こそが自らの狭い見識を認識すべきだろう。

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また新年度

新年度の忙しさに備えて、
春休みをもらっていました。ごめんなさい。

そろそろ、全員揃っての行動は難しくなってくる子どもたちとも、思い出作りです。
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ローカルスイーツに舌鼓。ミルキーだったね。

父の影響で、こんな若いうちから温泉好きになってしまいました。竹久夢二デザインの浴衣。
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もちろん、色気より食い気。これで、まだ半分だけ並んだ料理です。太る〜
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あ、もちろん、仕事しながら行ったんですよ。温泉は「ついで」ですったら。もう・・・
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え?遊んでない、遊んでないよっ、全然・・・ねえ通りすがりのサナダムシ君。

1人で頑張る母の手伝いに、実家にも行きます。
え、カープの開幕戦は「ついで」ですよ。ついで・・・
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今年も優勝しときんさい!

さあ、充電は完了です。
今週からは生徒も登校して、学校教師も本格化。
そして、来週からは代ゼミも開講!
今年度も木曜日限定で、
3・4限(13時半〜17時)に「東大エグゼクティブコース日本史」(本部校限定)
5・6限(17時半〜21時)に「日本史論述」(サテライン放送にて全国で受講可)
国公立用の日本史講義してます。よろしく!

で、今日はいきなり入学式無料体験プレ講習のハシゴだ!

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