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理想化、偶像化など、
最初からしなければいいのです。 「持ちあげて、・・・落とす。 気をつけましょう」 と、どこかのCMで、人気子役くんが大人っぽくも固い表情で演じていたけど、 ありがちな「理想の子供って、こう笑うんだよ〜」っていう、 ステレオタイプなイメージをしっかり外してきている感じがとてもよくて、 大人達も深くうなずいたりしていて、面白いな〜、と思ったものでした。 どうしてそんなに、「完全無欠な人間像」でないと許せないのか、 あらを探したり、 何かやらかしちゃったら、いきなり攻撃が始まったり、 「こうあって当然。イメージ大事」というところが行き過ぎて、 暴力的にさえなるこわさ、 そもそも、「こうあって欲しい」という幻想を誰かにおっかぶせても、 たいていの人は、その幻想から全然外れているもの、 そんなことは当たり前・・・、 そもそも、 こうあって欲しい、こうあるべきである、という気持ち、 予定調和を期待する気持ちを、 見直さないといけません。 誰もが、でこぼこのまんま、 お互いの違いに素敵を見出せばいいじゃない。 似ている部分で、 ちょっと不便だよね、困るよね〜、・・・まったく、おいらたち、なにやってんだろね〜、、、っていう思いを、 そういうのって、ははははっ、可笑しいね(でも可愛いよね)と思える、 あったかい笑いに変えられる。 俯瞰で共通のものを見つけるのだ。 隣人の視点から、 その人の喜びや悲しみ、生まれついた設定の困難さを推し量ろうよ。 私がいつもおもうこと。 なるほど、そうか、 聞いてみないとわからないもんだ、 人はそれぞれ、こんなに違うんだな、 どちらが優れている、なんて、言えないな、 聞けば聞くほど、 むしろ、 その不便さと付き合いながらも、生き抜いてきた、そのことがすごいよ、 そもそも、設定が違うのに、優劣なんて、つけようとするほうがおかしいよ、 フェアじゃないよね、 君がもし何か不自由なことがあれば言っておくれ、 出来る範囲で手を貸すよ、喜んでね、 でさ、 僕がもし君に迷惑かけたなら、 優しく教えてくれるかい? 気付かないでやってしまうことってあるんだよ、 ねえ、 君が見ている世界、君の解釈と、 僕が見ている世界、僕の解釈は、 同じ時と場所にいても、 時々、全く違うだろう、 どちらが正しいということはない、 むしろ、 どちらも真実なのだろう、 君の見ている、感じている世界を伝えてくれないか? 僕の世界を広げるために、 僕の見ている、感じている世界を伝えていいかな・・・? 君がどう思ったか聞きたいんだ、 設定の違う、経験の違う、感性の違う、君と僕、 そんな君と僕で、この世は溢れている。 伝えあわないともったいないよ。 ワンダーランドの素晴らしさが、倍増するんだ。 でも、素敵なことだけじゃない、 100人いれば100人の痛み、 1000人いれば、1000人の苦しみ、 10000人いれば、10000通りの生きづらさが、あるはずなんだ。 わかりあおうとすれば、 どんどん、 思いやり合えるのさ。 平和な世界は、 わかりあおう、とする気持ちから、 わけあおう、とする気持ちから、 ありがたいな、という気持ちから、 みんな素敵だよ、という気持ちから、 スタートする気がするよ。 大人にならなくちゃね・・・、 人になすりつけるのはやめよう、 あらさがしもやめよう、 自分を誰かを、裁かずに、 自分で選択するリスクを背負おう、 表面的な、理解や共感を追い求めるのも、卒業しよう、 ・・・それはきっと、孤独なことなのだろうけれど、 本当の自分と最良の理解者になれるよ、 そしたら、他者も理解出来始める、 皆、違うんだよ、 ・・・でも、皆、いいんだ。 自己責任と、孤独、 今の人間に足りないことは、 これを受けいれることなんだよね、きっとさ(^^) |
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