「世界に誇れる国」を目指して! by 日本どうする研究所

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   【「日本どうする研究所」の思考方法】<その2>

この【「日本どうする研究所」の思考方法】という項目では、
日本の再生プラン、改革プランを提案する前に、そのプランを生み出す思考プロセスについて書いていきます。

先日(4/13)書いた「原点立脚、本質把握」の次に、私がお経のように唱えているのが「因果解明 優先順位」という言葉です。

当Blogの思考の目的は「日本再生」、「日本を変える」ことです。

では、なぜ日本を「変えたいのか?」「再生したいのか?」
それは「日本を世界に誇れる国」にしたいからです。

そのために「世界に誇れる国」になれていない日本の現在の問題点を
原点に立脚して本質を把握すれば、「これから、何をどうすればいいのか?」が見えてきます。

問題点の本質を把握したら、次は問題が発生している因果関係を解明することが必要になります。

問題の本質と、因果関係が明確になれば、その問題を解消する方法は幾つも考え出すことできるようになるのです。

そこから、私たちがやるべきことの優先順位が見えてくるようになるのです。

   【「日本どうする研究所」の思考方法】<その1>

この「日本」をどうするか?

それを「原点」に立ち戻って、考えてみたくなりました。
それが当Blogを始めた理由です。

難しい問題は、原点に立ち戻って考えてみると、意外とコトの本質が見えてくるものです。

私はそれを「原点立脚、本質把握」という8文字にして、お経のように唱えてきました。



例えば「憲法改正」を例にとって考えてみましょう。

「国民投票法案」が成立しなければ、「憲法改正」は実現できません。

ところが、「憲法改正を阻止したいから国民投票法案そのものを成立させたくない」と声高に叫んでいる人たちが存在しています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070412-00000229-jij-pol
(時事通信)

「憲法」は絶対に尊重すべきです。条文のすべてを吟味すべきです。
それが「原点に立脚する」ということです。

その現在の憲法が「憲法を国民投票で改正することを認めている」のです。
それが「問題の本質を把握する」ということです。

その「本質を把握する」だけで、
「憲法改正は絶対に阻止する」と言っている人たちは、そのこと自体が憲法の精神に反している、ということに気づかなければなりません。

「国民投票を実施させること」は、国民が国会に要求できる、憲法が認めている当然権利なのです。


もし、いま、憲法をゼロから作ってみたら、どのような憲法ができるでしょうか?

これも、「原点に立脚する」ということです。

誰が、どのような政治的立場で作成しても、ゼロから作成する憲法に、
「この憲法は未来永劫に渡って一字一句変えてはならない」という条文を加える人はいないでしょう。

それが「問題の本質を把握する」と解決策が見えてくる、という事例の一つなのです。

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   【「世界に誇れる国」とは?】 「誇れる国」に求められること<その14>

「世界に誇れる国」であるための条件には、「すべての住民に愛されている国」であることも含まれるのではないでしょうか。

 ここで「国民」という表現にしなかったのは「日本に永住している外国人」や「長期に滞在している外国人」も含んだ「日本で生活しているすべての人」から「愛されている国」が理想だからです。

「すべての住民から愛されている」ことは、世界に誇れることです。

しかし、たとえ「世界に誇れる国」だと思い込んだとしても、「すべての住民から愛されている国」でなければ、それは、真に「世界に誇れる国」とは言えないでしょう。

「誰もが公平、公正、対等に扱われている国」であれば、確実に「すべての住民から愛されている国」になるでしょう。

「誰もが自分の夢を自由に描ける国」であれば、「すべての住民から愛されている国」になるでしょう。

「国民に納得されている税制で税金を集め、、その税金を最大限に活かしている国」であれば、結果として、「すべての住民から愛されている国」になるでしょう。

「すべての住民に愛されている国」であれば、国を愛する心は、大人たちから子供たちへと、自然と、しかも、確実に受け継がれていくでしょう。

「愛国心」とは、国家から住民に要求する精神ではなく、住民の内面から自然とほとばしる心のことを意味するのではないでしょうか。

   【「世界に誇れる国」とは?】 「誇れる国」に求められること<その13>

「世界に誇れる国」であるための条件には、国民に納得されている税制で税金を集め、「集めた税金を最大限に活かしている国」であることも含まれるのではないでしょうか。

地球上には、王族が国の資源や経済を独占していて「無税」の国があります。
そういう国を、私たちは「税金が無くて羨ましい国」と本当に思うでしょうか?

そういう国の人は、「私たちの国は無税だから」ということで「世界に誇れる国に住んでいる」と思っているでしょうか?

国民が税金に不満を持つのは「高い」ことではありません。
「不公平な税制」「納得できない課税」「脱税の見逃し」「滞納者の放置」などに対して不満を抱くのです。


国民が税金に不満を持つのは「税金を取られる」ことではなく、納めた税金が無駄なことや、望まないことに使われてしまうことなのです。

大多数の国民が納得できる税制の国
すべての国民に公平に課税され、税金面での不公平や不平等の無い国
定められた税金は徹底的に徴収し、滞納や脱税を許さない国
集められた税金は長期的な視野で優先順位が決められ、最大限に有効活用される国
多くの国に「影響を与える税制」「真似される税制」「参考にされる税制」を運営している国

そういう国であることも「世界に誇れる国」なのではないでしょうか。

   【「世界に誇れる国」とは?】 「誇れる国」に求められること<その12>

「世界に誇れる国」であるための条件には、「政治家が尊敬され、政治家を志す若者が多い国」であることも含まれるのではないでしょうか。

日本人がアメリカを考えるとき、「その時の大統領」は無視できません。
韓国を考える時も「その時の大統領」はやはり無視できません。
中国のことを考える時も、「その時の国家(党)主席」は無視できません。

日本人が外国の「いま」を考える時、その時の国王や大統領、首相を無視することはできません。

同じように、外国人が日本の「いま」を考えるとき、いまの首相や前の首相を無視することはできません。

残念ながら、日本では政治家はまったく尊敬されていません。

マスコミ報道は、いつも「政治家批判」「政治家侮蔑」が溢れています。

「私はいまの首相を尊敬しています」とか「○○党の○○さんを尊敬しています」と言ったら、その人は周囲から「レベルの低い人」「○○党べったりの人だから」とさえ思われてしまいます。



私は「いまの政治家を尊敬すべきだ」と言っているのではありません。
政治家や政治家志望者に「国民に尊敬される政治家になって欲しい」と願っているのです。

反「自民」の人が、自民党の議員を尊敬できないのは判ります。
しかし、その人が、民主党の議員を尊敬しているでしょうか?
公明党の議員を尊敬しているでしょうか?
日本共産党の議員を尊敬しているでしょうか?
社民党の議員を尊敬しているでしょうか?
無所属議員に尊敬している人がいるのでしょうか?

日本は「国民が政治家を尊敬しない国」「政治家が国民に尊敬されない国」なのです。だから、「政治家を志す人が少ない国」なのです。

しかし、そのことに、私たち日本人は「誇りが持てる」でしょうか?

国民に期待され、尊敬されることを目指している政治家が多い国
政治家が国民から期待され、尊敬されている国
だからこそ、政治家を志す若者が多い国

そんな国が「世界に誇れる国」ではないでしょうか?


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