「世界に誇れる国」を目指して! by 日本どうする研究所

当ブログは6月20日にFC2に移転しました。そちらにお越し下さると嬉しいです!

過去の投稿月別表示

[ リスト | 詳細 ]

2007年06月

← 2007年5月 | 2007年7月 →

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

FC2でも、「日本どうする研究所」という名称のブログです。
   http://nihondosuru.blog109.fc2.com/

きょう(6/21)は、「日本の政治家は、国として目指すべき「理想の姿」を自分で描けているのでしょうか?」というタイトルで新規書込をました。

開く トラックバック(9)

このYahoo!ブログと半年間、悪戦苦闘してきましたが、どうしても私には活用方法が馴染めませんでした。そこで、きょう(6/20)から、FC2ブログに移転することにしました。

新しいURLは下記の通りです。 

   日本どうする研究所   http://nihondosuru.blog109.fc2.com/





  

開く トラックバック(1)

   【公教育を変える挑戦と実験】その1・すべての学校の卒業証書を廃止する<3>



大学や高校が「卒業証書」を発行しないようになると、どういうことになっていくでしょうか?

まず、すべての人が自分の経歴書に、「○○大学卒」とか「○○高校卒」とは書けなくなります。(というよりも、書かなくなります)

それでも、自分が大学に通学していたことを自分の経歴書に加えたい人は、未練たらしく「○年○月から○年○月まで○○大学に在籍」という事実を記載するでしょう。

しかし、それは、やがて「恥ずかしい行為」「愚かなこと」として、そのような<学校歴>をことさら経歴書に書くような人は、周囲から蔑まれるようにさえなるでしょう。


そもそも、企業が社員の採用にあたって応募者に求めるのは、本当は<学校歴>ではなく、<学習歴>なのです。

その求められる<学習歴>とは、講義の受講や読書、インターネット検索のような受け身のものだけではなく、アルバイトやボランティアでの現場体験、自分で運営している専門分野でのブログの内容、対外的な成果発表と第三者の評価などです。


大多数の企業の採用基準が、<在籍していた学校のレベル>ではなく、採用審査時点の、当人の知識や見識、技能、経験だけでなく、性格や行動傾向を重視するようになれば、「在籍したこと自体がバカにされるような高校や大学はどうなっていくでしょうか?

そのような高校や、大学に、高額の入学金や授業料を払ってまで入学する人が激減するので、<卒業証書廃止>から数年で閉校することになるでしょう。

生き残っていきたい高校や大学は、企業や当人が求める<学習歴>に見合うだけの<教育内容>を築き上げていかなくてはなりません。

学校経営に必要な収入、在籍学生数を確保するために、高校や大学、そこで働く教職員たちは、どのように変わっていくでしょうか?

それは次回に書き込みます

   '''''【公教育を変える挑戦と実験】その1・すべての学校の卒業証書を廃止する<2>'''''


大学や高校は「卒業証書」を発行しないことにしましょう。

なぜなら<学問>にも<学習>にも<教育>にも、本来<卒業>というものは無いからです。
(同じ意味で、高校も、中学校も、小学校も必要ないでしょう)

セレモニーとして<卒業式>をやりたいのであれば、それは<卒校式>という名称でいいのではないでしょうか。幼稚園では<卒園式>という言葉が既に定着しています。

あるいは<お別れ式>とか<出校式>いう名称でいいのでしょう。


大学や高校は、学生が納めた入学金や授業料などの<領収書>を発行することはできるようにします。

なぜなら、それは「事実」である、教育ローンの返済や、税金の控除などに必要だからです。


大学や高校は、学生が授業料を納めて「学生として在籍していた期間」を証明する<在籍証明>も発行できるようにします。

なぜなら、それも<事実>だからです。
「通ってもいなかった学校に通っていた」という<経歴詐称>は、嘘だから、それを容認するわけにはいきません。


私たちは、'''<学習歴>と<学校歴>を区別するべき'''です。

「入学金を納めて入学した」「授業料を納めて通学していた」とか「○年○月から□年□月まで在籍していた」というのは<学校歴>です。これは学校(大学や高校)という第三者の証明は不可欠でしょう。

'''しかし、<学習歴>は極めて、個人的であり、なおかつ、個人差の激しいものです。'''

同じ書籍、教科書、講義から得る<吸収度><理解度><応用度>などは、個人差が数倍どころか数十倍、数百倍にもなることがあるのです。

しかも、昔から書店や図書館に膨大な書籍が存在していて、さらに、インターネット上に豊富な知識や情報が蓄積されるようになった現代にあって、<学習>は、学校だけで実践されるものではありません。

ましては、<学校>や<教室>という限定された空間では、「体は出席していても心は欠席している」ということが避けられない以上、出席日数や受講単位を云々することは、とっくに意味を持たなくなっているのです。


きょうのニュースでは「経済財政諮問会議で、民間議員が、国立大学の入学試験日を5グループ程度に分散させることを提案した」というのがあります。↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070605-00000016-san-soci
こんなことは、国立大学が独立行政法人となったときから、「当然のこと」として判っていたことです。

経済財政諮問会議なんかの提案を待たずに、全ての国立大学は、それぞれが自由に試験日を設定すればいいのです。「東大の試験日と同じにするか」「別にするか」も、大学経営には重要なことなのですから・・・・・

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
kok**osouke*
kok**osouke*
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

検索 検索

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事