「世界に誇れる国」を目指して! by 日本どうする研究所

当ブログは6月20日にFC2に移転しました。そちらにお越し下さると嬉しいです!

「世界に誇れる国」とは?(15)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 前のページ ]

   【「世界に誇れる国」とは?】 「誇れる国」に求められること <その5>

「世界に誇れる国」であるための条件には、「いかなる国とも正々堂々と公平に接する国」であることも含まれるでしょう。

間違っても「ルールを守らない国」「ルールを勝手に変える国」「狡い国」「嘘をつく国」「信用されない国」であってはならないことは、いまさら言うまでもないことです。

そこを理解していれば、なぜ「規制緩和」するのか、どこまで規制緩和するのかが判るはずです。

経済のグローバルスタンダード」を遵守することがいかに重要なことであるかも判るはずです。

他国に「経済の自由化を求めて、自国からの輸出増加でその国の地場産業に打ち勝って豊かになってきた」という国が、自国の地場産業を保護するために「他国からの輸入を制限」したら、それは「狡い国」と非難されてしまうことであることを自覚しなければなりません。

他国の「輸入規制」を撤廃させて豊かになった国が、自国の「輸入規制」を撤廃しないのは、それは「狡い国」なのです。

周囲の国よりも「強力な武力」を有する軍隊を保持していながら、
「私たちのは自衛隊であって軍隊ではありません」
といつまでも言い張るから、いくら
「憲法で戦争放棄しているから絶対に他国は侵略しません」
と言っても、
近隣諸国から「いつかはやる気だ」と「信用されない国」になってしまっているのです。

「自衛隊は軍隊です」と正直に言えば、
「でも憲法で戦争を放棄しているから絶対に他国は侵略しません」
という宣言が信用されるのです。

   【「世界に誇れる国」とは?】「誇れる国」に求められること<その4>

「世界に誇れる国」であるための条件は、「独自の国際貢献ができる国」「自立した国」「平和憲法を世界に広めていく国」であること以外にも、幾つかあります。

その一つに、「国連を支配しようとする国」や「国連を軽視する国」よりは「国連の機能を正常化しようとしている国」であるということが挙げられます。

日本人の中には「日本は国連を過大評価している」と言う人がいます。
「国連幻想・国連神話に取り憑かれている」とさえ言う人もいます。

確かに、国連はその本来の役割を果たし切れていません。
機能強化や改革への意欲さえ疑われるほど弱体化しているのかもしれません。

しかし、だからといって、国連をこのまま形骸化させていいものでもありません。

いまから、国連に代わるまったく新しい国際機関の創設を提唱しても、世界中の国が参加するには、何十年もかかってしまうでしょう。

それよりも「本部の移転」のほうが現実的で確実です。

どこの大企業も、組織のマンネリ打破には「本社の移転」が最も簡単で効果的な方法なのです。

そもそも、「国連を軽視しているアメリカに国連本部が在る」ことも、国連を形骸化させてしまった原因の一つではないでしょうか?

もし、アメリカ以外の国に国連本部を移転させるとしたら、最適な候補地はどこになるでしょうか?

日本もその移転先の候補地として名乗り出てもいいのではないでしょうか?

国連の機能を強化し、本来の国連の役割を発揮するために、国連本部を日本に誘致することは、「世界に誇れる」ことになるではないでしょうか?

国連本部の移転には、「移転費」だけでも膨大な経費を必要としますが、オリンピックや万博の誘致ほどはかからないでしょう。

日本が国連にできることは「不公平なまでに多大な分担金を負担する」だけではありません。

  【「世界に誇れる国」とは?】 「誇れる国」に求められること <その3>

「世界に誇れる国」であるための条件は、「独自の国際貢献ができる国」「自立した国」であること以外にも、幾つかあります。

その一つは、「軍事力で他国を威圧している国」よりは「憲法で戦争放棄を定めている国」であるということです。

「日本の自衛隊は軍隊と変わることはない」という指摘をする国もあります。

「平和憲法を掲げていると言いながら強力な軍備を所持している」という指摘をする国もあります。

しかし、それでもなお、「永久平和」「戦争放棄」「他国を侵略しない」「他国に侵略されない」という「人類の理想」を、他国から疑われようとも、論争で国内での対立を生みながらも、「それらの理想を堂々と憲法に謳っている」ことは、「世界に誇れる」ことではないでしょうか?


日本では憲法改正がなされようとしていますが、いまの第9条のような曖昧な表現ではなく、「国内外の誤解を解き、批判を跳ね返す」ためにも、もっと明確に「戦争放棄」を高く掲げることが「世界に誇れる国」になれることではないでしょうか?

さらに、日本以外の国に、この「戦争放棄の憲法」を広めていくことも、「世界に誇れる国」になることではないでしょうか?

【「世界に誇れる国」とは?】 「誇れる国」に求められること <その2>

「世界に誇れる国」であるための条件の一つは、「自立した国」であることです。

「自立した国」とは、特定の大国に依存していない国のことです。
これからも「どこの国にも依存しない」ことが確信できる国のことです。

「自立した国」とは、経済的にも、軍事的にも、政治的にも、特定の国の「支配下」にない国のことです。

さて、いまの日本は「自立した国」と言えるのでしょうか?

日本は、これからもアメリカという経済大国、軍事大国に依存していかなければならない国でしかないのでしょうか?


特定の国に「恐怖を感じている国」を「自立した国」と断言できるのでしょうか?

特定の国に「侮蔑されている国」を「自立した国」と断言できるのでしょうか?

特定の国に「軽視されている国」を「自立した国」と断言できるのでしょうか?

特定の国に「翻弄されている国」を「自立した国」と断言できるのでしょうか?


日本が本当に「自立した国」になるためには、これから何を、どうすることが重要なのでしょうか?

それを考えていくのが、「日本どうする研究所」であり、当Blogです。

  【「世界に誇れる国」とは?】 「誇れる国」に求められること <その1>

「世界に誇れる国」であるための条件の一つは「独自の国際貢献ができること」でしょう。

「世界に誇れる国」とは、「国際貢献をしない国」や「最低限のことでしか貢献しようとしない国」との比較で言えば、「積極的に国際貢献をしている国」のことではないでしょうか?

しかし、「国際貢献をしている国」であっても、「どこの国でも出来ること」で済ましている国や、「不得手なこと」で無理な背伸びをして国際貢献しようとしている国であるよりも、「日本にしかできないこと」、「得意なこと」で国際貢献しているほうが、誇りが持てるのではないでしょうか?

経済的に困っている国に「資金を出す」のは、どこの国でも出来ることでしかありません。

しかし、その国が最も欲しがっている技術や機材、設備の提供や、特殊な施設の造営などの中に、「日本にしかできないこと」があれば、そこに特化して貢献することが「世界に誇れる国際貢献」ではないでしょうか?

紛争中の国に「軍隊を出す」ことも、やはりどこの国でも出来ることでしかないでしょう。

しかし、自衛隊という「憲法で戦争を放棄した国」の「軍隊」を、攻撃や破壊のための武力を持たずに、土木部隊、治安要員として派遣することは「日本にしかできない」国際貢献ということになるのではないでしょうか?

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 前のページ ]


.
kok**osouke*
kok**osouke*
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

検索 検索


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事