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要人略歴

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米大統領共和党候補ジョン・マッケインの横顔

 ジョン・マッケインが大統領選挙の共和党候補になることが確実になった。ジョン・マッケインとはどういう人なのか。

1、 生年月日:1936年8月29日(現在71歳、当選すれば、就任時72歳で、第1期目の
レーガンの69歳を上回る。)、パナマのココ・ソロ空軍基地で出生

2、 家族:
・ 祖父ジョン・マッケイン海軍提督:米海軍で空母戦略構築に貢献、第2次大戦中のフィリピンのレイテ湾作戦に関与
・ 父ジョン・マッケイン海軍提督:米太平洋軍最高司令官など歴任
・母ロベルタ(90歳、まだ元気である)
・ 1965年キャロル・シェップと結婚:妻の連れ子ダグとアンディを養子に。1966年9月、シドニー(長女)誕生。
・ 1980年キャロルと離婚。その後、シンディ・ロウ・ヘンスリー(17歳年下、教師)と結婚。シンディとの間に1984年娘メーガン、1986年息子ジョン、1988年ジェイムスが誕生。1991年バングラデシュのマザー・テレサの孤児院より女子を養子に。名前・ブリジット。(キャロルとの離婚はマッケインの浮気が原因。マッケイン自身、離婚の責任はすべて自分にあるとし、キャロルも40歳を越えたマッケインが20代の若者のように行動したためとしている。ヘンスリー家はアリゾナ州でビール・アンハウザー・ブッシュの販売を手がけるヘンスリー社の持ち主で、富豪)

3、 経歴
・ 1958年:海軍大学校卒業(レスリング、ボクシング部に所属、品行についての注意を良く受ける、成績は同級生899人中、894番)
・ 海軍入隊後は、空母艦載機パイロット
・ 1967年10月29日、ベトナム北爆中に撃墜され、負傷、捕虜に。1968年7月、父が太平洋軍司令官になる。ベトナム側はプロパガンダ目的もあり、マッケインに釈放をオファー。マッケインは自分より前に捕虜となったものの釈放の優先、または同時釈放を要求してこれを拒否。その後拷問を受け、「自分は犯罪人であり、空の海賊であった」との告白文を出す。後にマッケインは「国の名誉を傷つけた。人間には限界点があり、自分もそのとき限界に達したのだ」と述べている。
・ 1973年3月15日釈放、帰国後、ニクソンのベトナム戦争遂行を支持。
・ 1973年5月24日ニクソン大統領に面会、松葉杖をついたマッケインの写真、広く配信される。ベトナム反戦運動家との関係は拒否。レーガンとの関係を深める。
・ 1974年、パイロットとして海軍に復帰。拷問の後遺症を訓練で克服。
・ 1977年、米上院への海軍よりの連絡官になる。
・ 1981年、海軍退役、アリゾナへ。妻の父親の会社で働く。
・ 1982年、連邦議会下院議員に当選、2期勤める。
・ 1986年、連邦議会上院議員に当選(保守派の重鎮バリー・ゴールドウオター上院議員の後釜)、その後1992年、1998年、2004年に再選。
・ 2000年、ブッシュ現大統領と共和党の候補指名を争う。ニューハンプシャーでは勝ったが、サウスカロライナで敗退、指名競争より撤退(このときのサウスカロライナ予備選はもっとも汚い選挙といわれている。バングラデシュからの養子ブリジットはマッケインが黒人の女に産ませた実子など、ひどいネガティブ・キャンペインが行われた。)
・ 2004年、ジョン・ケリー民主党大統領候補の副大統領になるとのうわさが絶えず。
・ 2008年、共和党候補指名で当初トップ・ランナー、その後失速、その後復活。

4、 政策面の考え方(最近の言動を主として)
外交面
・ イラク戦争:当初より支持。イラク情勢が悪化したときにも態度を変えず。ただしラムズフェルド国防長官を「史上最悪の国防長官」と呼ぶなど、戦争のやり方を批判。イラクへの増派を早くから主張。ブッシュの増派戦略がイラクで成果を挙げていることがマッケインの復活の一因。
・ アフガン戦争:当初より支持。9・11テロ後のブッシュの対応を支持。
・ イラン:「爆撃、爆撃、爆撃せよ」との替え歌を歌うなど、強硬対応を主張。
・ ロシア:ロシアは民主主義ではないとしてG8よりのロシア追放を主張。
・ 中国:厳しい姿勢。双十節に中華民国国旗を掲げる、1995年のベトナム国交正常化を対中バランスの観点から支持するなど。
・ イスラエル:親イスラエル。
・ 民主主義国の同盟、同盟関係の重視を主張。その観点から、東アジアでは日本重視。なお親日派のアーミテージはマッケインの外交参謀の一人。
・ 自由貿易論者。
・ 拷問禁止論者:アブグレイブ刑務所での虐待、グアンタナモ基地の収容所での人権侵害、テロリスト取調べにおける拷問に近い尋問手法に強く反対。自分の体験に基づく。
内政面
・ 包括的移民法(不法滞在者の限定的合法化など)を支持。共和党保守がマッケインは保守ではないとするひとつの根拠。批判を受けても、態度は変えない。
・ 小さな政府支持者。しかしブッシュ減税には富裕層優遇であると当初反対。
・ インディアンの権利保護のためにいくつかの法案を提出、成立させた。
・ 政治資金規正法(マッケイン・ファインゴールド法)で、政治への企業献金制限などに努力。共和党内には、党益を損なうとの反対論があったが、これを無視。
・ 中絶反対、同性婚反対であるが、どこまで強制するのかよくわからない。銃所持制限の投票態度には、賛成、反対の両方があり、よくわからない。銃保有者の組織はマッケインにF(落第)の評価をしている。これも保守派の攻撃材料になっている。

5、 その他
マッケインは海軍軍人の家庭で育ち、自らも海軍軍人であった人である。軍人的性格、すなわち強い愛国心を持ち、米は民主主義を拡大し、自由を守るなどの使命をもつ国であるとの信念が彼の人格の基盤にある。
勇気のある人であることはベトナムでの彼の対応、政治家になった後、多数派に抗して自分の考えを貫いてきたことなどで、証明済みである。
他方で、気が短く、他人に強い攻撃を加える性向があるとされている。「一匹狼」(maverick)と言われてきている。
選挙は11月で、対立候補も決まらない中では、なんともいえない。しかし本選挙では、マッケインは中道・リベラルの票をかなり獲得する可能性がある。民主党の元大統領候補であったジョン・ケリーとはベトナム戦争反対派と賛成派の違いがあったが、行方不明米兵問題に協働して取り組む中で相互に尊敬する関係になった。ケネディとは移民法で協力した。クリントンとの関係も悪くない。コネチカットの元民主党のリーバーマン上院議員との関係は良いなどがある。
保守派は、マッケインは保守派的立場を表明することがあるが、哲学としての保守主義を信奉していない、真の保守にはあらずとしている。キリスト教原理主義勢力は、積極的な支持はしないだろう。しかし彼らがオバマやクリントンに投票できるのかといえば、それも難しい。
マッケインの健康については、皮膚ガンで手術を受けたことがある。高齢なので副大統領候補が誰になるかが重要である。
(文責:茂田 宏)

     


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