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オバマの退役軍人長官へのエリック・シンセキ指名

1, 12月7日、オバマ次期大統領は日系3世のエリック・シンセキを退役軍人長官(閣
僚)に指名した。
この指名について12月9日付ワシントン・ポスト紙は「オバマの軍への橋渡し役」と題するディオン・ジュニアの論説を掲載している。その抄訳、次の通り。(・・部分省略)

シンセキ将軍(退役)の退役軍人長官指名は、オバマ次期大統領が・・行った選択のうち、政治的かつ道徳的に最も意義深いものかもしれない。
政治的には,オバマはベトナム以来大きくなっている民主党と軍、特に党と将校団の大きな懸隔を減らそうと・・している。シンセキ任命は軍での尊敬と信頼を勝ちとるためのいくつかの措置のひとつと見ることが出来る。・・ゲイツの留任と海兵隊の将軍ジェイムス・ジョーンズの国家安全保障補佐官への任命も制服組への強い同情を表すものである。
道徳的には、シンセキの任命はイラク戦争に向かう中で真実を述べたが故に、罰せられた人の名誉回復である。
陸軍参謀長として、シンセキは2003年2月「数十万の兵士」がイラクの安定化のために必要であろうと議会に・・述べた。イラク侵攻の1ヶ月前、彼は「他の問題につながる宗派間の緊張」ゆえに、・・「安全が保障された環境を維持するために相当の地上軍の存在」が必要であろうと予言した。
シンセキはすぐにウオルフビッツ国防省副長官(当時)に「大きく的外れ」であると叱責された。チェイニー副大統領は2-3週間後・・「軍事作戦が終わった後、数十万の兵力が必要であると示唆することを・・私は正確だとは思わない。これは誇張である」と述べた。しかしこれは誇張などではなかった。
シンセキ任命でオバマは自分の政権では真実を告げる人・・が歓迎されるということを宣言し、自分自身に高い基準を設定している。
シンセキの予言的勇気と軍へのオバマへの初期対応には関連がある。イラク戦争の軍への・・影響はベトナム戦争の軍への影響と決定的に異なる。イラクは共和党への潜在的な問題を作り出した。何故ならば、将校団、兵士の双方の多くがブッシュ大統領とラムズフェルド国防長官(当時)のやり方、特に初期のやり方に疎外感を持っていたからである。
逆にベトナム後には、軍の多くはリベラルと左翼が戦争に勝つ機会を・・与えなかったとし、またベトナム戦争反対者は軍と「戦争機械」をするどく批判した。ベトナム戦争から帰国した人は戦争の不人気さの矛先をしばしば受けた・・。
軍報道に長く携わったリックスは1997年、・・不釣合いに多くの将校が保守的な共和党と自らを同一視しているとした。彼は、「犠牲、団結、自己規律、個人の利益よりもグループの利益を優先させる古典的な軍の価値」が、極度に個人主義的で分割された社会の価値と益々合わなくなっていていると書いた。・・
選挙期間中、文化的、政治的分裂の克服を繰り返し約束したオバマは軍についても明らかにそうしようとしている。・・民主党はブッシュの予算での退役軍人プログラムへの不足に注意を喚起し、退役軍人との新しい同盟を作った。
シンセキ任命はオバマにブッシュの過去への二つの批判を合体させる方法を与える。新大統領は制服組の懐疑論者・・に前任者以上に耳を傾けるとの強い信号を送った。そして(シンセキという)賞賛されている兵士を、退役軍人が傷を癒し、生活を再建することを助ける責任者とすることにより、オバマは国に奉仕した人々に対する彼の党のコミットメントは選挙運動でのおしゃべり以上のものであることを示そうとしている。
ベトナムでの任務中、二つのパープル・ハート勲章を受けた66歳のシンセキは、二つの戦争―数十年前彼自身が戦った戦争と彼がその負担をずっと明確に予見した最近の紛争―からの社会的、政治的傷を癒す機会を有している。

2、シンセキはハワイ出身の日系人で、大将に昇任し、1999年―2003年陸軍参謀長を務めた。戦場での勇気や統率力などで米陸軍内で高い評価を受けてきた人である。各軍の参謀長は指名を上院で承認される必要がある。通常、反対もあるが、シンセキは満場一致で承認された。
イラク戦争とその後の平定に必要となる兵力見積もりで、ラムズフェルド国防長官とウオルフォヴィッツ副長官と違う意見を表明したあと、両名から、陸軍参謀長でありながら、無視されるような状況になり、陸軍参謀長の任期切れであった2003年6月に退任した。
この退任式には前例を翻してラムズフェルドもウオルフォヴィッツも出席しなかった。
このラムズフェルドとウオルフォヴィッツのやり方には、私も何をしているのかと思ったが、米内でも批判を呼んだ。
2006年11月、アビザイド米中央軍司令官は上院で「振り返ってイラクを確保するためにもっと多くの兵力が必要と言ったシンセキは正しかったか」との上院議員の質問に答え、「シンセキは正しかった」と述べた。イラク開戦時の中央軍司令官トミー・フランクスも「人間関係にはうまくいく場合もそうでない場合もある」と述べただけで、シンセキ批判を口にしたことはない。
シンセキは退官後、民間企業の顧問をするほか、「ゴー・フォア・ブローク」(あたって砕けろ)という第2次大戦中の日系人部隊のスローガンを名前にした日系人部隊を顕彰する団体の活動などに携わっていた。
シンセキは退官後、ブッシュ政権のイラク戦争の進め方やラムズフェルドなどの国防省指導部を、プレスの執拗な取材攻勢の中でも批判しなかった。言い訳をしない潔さという日本人的な文化を持っていたからであろう。それがまたシンセキの評判を高めた面がある。

3、オバマのシンセキ任命はこの論説が言うように、軍と政権の関係を良くすることに資するであろう。これまでのオバマの閣僚任命は米国内で強い支持を得ているが、このシンセキ任命も評価されている。

4、なお私はシンセキ将軍にボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボで会ったことがある。和平後の選挙に監視団を送ることになり、NATOの安定化部隊(SFOR)にその安全確保への協力をPKO事務局長として依頼に行った。その時の司令官がシンセキ将軍であった。シンセキは日本で一時活躍したハワイ出身のゴルファー、デイビッド・石井は自分の親戚であると言っていたが、日本には日系人として強い親近感を抱いている人である。
(文責:茂田 宏)

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