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北方領土(国後、色丹)訪問(雑感)

1、 8月27日から8月31日の間、国後島と色丹島に、いわゆるビザなし訪問団の一員
として行ってきた。岡山県民会議が中心になって組織したもので、団長が岡山県民会議の西森さん、副団長が徳島県民会議の岡本さんで、総勢60名の訪問団であった。選挙の関係で国会議員の参加はなかった。 

2、 8月27日夜、国後の古釜布に着き、翌日上陸、友好の家(いわゆるムネオ・ハウス)
にチェックインした後、行政府でコワリ地区長を表敬訪問、その後、保育園、地区図書館、地元新聞社、古釜布日本人墓地、材木岩(岩が柱のようになっている景勝地)に行った後、行政府のホールで地元住民との交流会(日本の子供の遊びを紹介するもの)を行った。
その後、ホーム・ビジットということで、私は団長などと一緒にモナストィルスキーさんの家族を訪問、夕食をごちそうになった。
8月29日は、ローソク岩、自然保護区クリーリスキー、メンデレーエフ空港、東沸日本人墓地、オリコノモイ崎(白い岩が広がる景勝地)に行った後、行政府ホールで地元住民との意見交換会を行った。
その後、買い物をした後、友好の家でコワリ地区長など国後の行政府の要人との夕食会をした後、船に戻り、色丹島に向かった。
8月30日朝、色丹島穴澗村に上陸、水産加工工場を見学の後、文化会館でセディフ村長出席の歓迎式、その後、日本の人道支援の発電所、穴澗中等学校を見学した。午後は斜古丹村に移動し、日本の人道支援の診療所、日本人墓地、教会を見学後、穴澗に帰り、商店を視察のあと、レストランでセディフ村長などと夕食交流会があった。
その後、船に戻り、再度国後島古釜布に戻り、8月31日に古釜布から根室に戻ってきた。

3、 今年1月27日、日本側が人道支援物資を届けるために国後に行ったが、ロシア側が
入国カードの記入を求め、日本側がそれを拒否、物資を持ち帰るということがあった。その後、日ロ間で話し合いが行われ、入国カード記入問題は解決された。
 6月11日衆院、7月3日参院で、全会一致で「北方領土は日本の固有の領土」ということを明記した法律案が可決されたことに、ロシア側が反発した。これに関連し、今年の択捉訪問団に対して、択捉島が受け入れ拒否を表明した後、それを撤回するという事件もあった。
さらに8月7日には、ロシア外務省が北方領土への日本の人道支援の受け入れ中止を駐露日本大使館に通告してきた。
しかし、私が参加した今回の訪問は特段の問題もなく、ロシア側の態度も友好的なものであった。

4、 国後島での意見交換会では、択捉島側の受け入れ拒否表明も話題になったが、ロシア
側は「どこにもバカはいる」ということを述べ、ビザなし交流の継続を強く望んでいるとの姿勢であった。
ロシア側から、地方行政当局間で経済活動を共同で行うべしとの意見があった。
司会のロシア人が国後の状況は良いと発言したのに対し、ロシア側参加者から、医療の問題その他、世界と比べ、かつ日本の状況と比べ、立ち遅れているという意見が出された。
ロシア人側から、1950年代からここに住んでいるという発言があったのに対し、日本側団員から、1945年までここに住んでいた日本人のことを忘れないでほしいと述べたのに対し、忘れない、そういう人には尊敬心を持っている、との回答があった。
ホーム・ビジットでは、このビザなし交流を通じて日本人と我々は共生できると確信したとの話が、モナストィルスキーさんからあった。
コワリ地区長と夕食会の際、近くなので話したが、ビザなし交流の継続を希望していた。コワリ地区長もモナストィルスキーさんもウクライナ人である。
国後の日本人墓地は去年訪問した択捉島の日本人墓地に比べ、貝殻で墓の前面を飾り、
花を植えるなどよく整備されていた。何度も訪問している通訳に聞いたら、国後では地元の人が清掃などしてくれているとの話で、かって住んでいた人に尊敬の念を持っているというのはそういうことかと思った。択捉では、地元の人はそういうことをしていない由。
国後と択捉で対日住民感情に違いがあるのかもしれない。
なお住民との交流会は竹馬、剣玉、折り紙、習字、竹トンボ、紙風船などで遊ぶというものであったが、子供たちは大いに楽しみ、大人も喜んでいた。
色丹島での交流夕食会も歌や踊りで盛り上がり、良かった。

5、 ビザなし交流は北方領土在住ロシア人がその意義を認めており、定着していると判断
してよいであろう。人間的な理解増進の目的は達成されつつある。
人道支援については、帰りの船には病気治療で北海道に行く子供とその家族が一緒に乗っていた。

6、 国後でも色丹でも子供の数が多いのには驚いた。出生率が高くなっているという説明
であった。ロシア全土で出生率が低迷しているなかで、不思議な現象である。

7、 開発は舗装道路もなく、それほど進んでいるとは思わなかった。ただ、メンデレ
ーエフ空港では 2000メートルの滑走路、ターミナル・ビルの建設が進んでいた。インフラ建設について金融危機が予算に影響しないか、心配する声もあった。

8、根室に帰着した時には民主党の選挙での圧勝が事実となっていた。記者会見で新政権への期待を質問されたので、外交は国家の外交であって、1政権の外交ではない、継続性の尊重が日本の国際信用の維持のためにも必要であり、外交の継続性を尊重し、4島返還の要求を堅持することを期待すると述べた。(文責:茂田 宏)

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