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米とビルマとの対話の開始

1, 9月29日、米国務省のキャンベル次官補とマルシエル次官補代理は、ウ・タウン・ビルマ科学技術大臣を長とするビルマ政府代表団とニューヨークで会談した。この会談には、ビルマの国連常駐代表であるタン・スエも同席した。
国務省報道官の説明では、このような会合は何年もなかったものである、取り上げられた問題はアウンサン・スウチーを含む政治犯の地位、少数民族紛争問題や政府と少数民族との対話、ビルマと北朝鮮の関係とそれに関連した拡散の関する懸念などであった、会談は予想より長く2時間であった由。

2, これに先立ち、9月28日にキャンベル次官補はビルマ政策についての見直しについ
て記者説明を行った。その概略は次の通り。
ここ7カ月、ビルマ政策の見直しを行った。ビルマの状況は酷いが、孤立化政策も関与政策もそれだけでは状況の改善につながらなかった。見直しの過程で我々は、議会、国際社会、NLDを含むビルマ内の利害関係者と協議してきた。
今回、ビルマ指導部が初めて米との関与に関心を示した。我々はこの関心を探索するつもりである。加えてビルマと北朝鮮の関係での懸念が出てきた。
我々の戦略目的は何か。我々はビルマでの基本的目標を再確認した。それは統一された平和的、繁栄する、民主的なビルマ、人権を尊重するビルマである。そのために我々はアウンサン・スーチ−の即時・無条件の釈放、少数民族との紛争や人権侵害の終結、民主的反対派や少数民族指導者との和解と改革についての対話の開始を求めていく。
我々はまた、ビルマが北朝鮮との禁止された軍事協力と拡散関連協力をやめ、不拡散義務を果たし、国連決議1874号と1718号を守るように求める。
もしビルマがこれらの目標に向け意味のある進展を示せば、段階的に米国との関係を改善することが可能になる。
ビルマが国際社会から疎外されているのは、ビルマにとっても、かつそれ以外にも有害である。ビルマの外部世界との関与は、新思考、改革、国際社会への参加を奨励する潜在力がある。
現存する制裁に関しては、改革への具体的な措置が取られるまで維持する。いま制裁を解除するのは誤ったメッセージになる。我々は、ビルマ側が我々の重要懸念について行動する場合にのみ、制裁緩和を討議するとビルマ側に言うつもりである。
人道支援については、効果的にビルマ人民に届けられるという自信があれば行うし、台風ナルギスの経験はそういうことが可能であることを示した。
我々は、EU、豪、カナダ、日本、国連と協力し、ASEAN、中国、インドとも話し合っていく。
我々はこの関与プロセスは長く困難であろうと考えるが、2010年の選挙を超えてこの努力を維持して行く用意がある。米は長期の努力をする用意がある。
(記者からこの対話提案をしたのはビルマか、米国かとの質問に対し)
ビルマ側である。

3、なぜビルマがこの時期に米との対話を求める気になったのか、よくわからない。オバマ政権の成立、ASEANからの要請、自国の孤立化その他の要素を勘案し、米の姿勢を探ろうということかもしれないが、米・ビルマ間で対話が行われることは良いことである。次回会合の日程は決まっていない。
中国が孤立したビルマでの影響力を増してきた、インドが中国の影響力伸長を危惧して現軍事政権との関係改善に踏み出すなど、ビルマ孤立化政策にほころびも出てきている。
 米国は民主主義推進、人権擁護を外交の目的にしているが、外交には地政学的な考慮も必要である。対中、対ロ外交では、中国やロシアの人権問題より地政学的考慮を優先する傾向があるが、ビルマのような小国には人権擁護をより強調する傾向があり、それが対ビルマ・アプローチで近隣諸国との溝を作ってきたきらいもあった。
この対ビルマ関与政策がどうなるか、タンシュエ政権の頑固さを考えると前途多難であろうが、ビルマが話し合いたいという機会はこれをとらえて、この対話を注意深く育てていくべきであろう。
なお、このブログで一度「ビルマの核開発?」との記事を掲載したが、米がそれに懸念を持っていることも米が対話に応じる決定をした要因であることがキャンベルの説明から伺える。
(文責:茂田 宏)

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歴史をしっかり学ぶことが必要です。
自虐教育をやめて、本当の歴史を教え無かったら中国、韓国の反日教育によるプロパカンダ歴史が独り歩きしてしまいます。

とくに朝鮮半島には日韓併合が植民化でな連邦と言う方が真実です。

韓国併合は韓国朝鮮が日本に助けを求めてきたので、日本が朝鮮半島を助けてあげたのです。

国家予算の20%も使ってソウル大学や、北朝鮮の豊水ダムなどを建設する国づくりする宗主国は西洋にはありません。そのために、東北の開発が遅れました。

アウン・サン氏は日本が敗退を始めた時期にイギリスとの独立の密約で日本と離反してしまいましたが、戦争が終わってイギリスは約束を守らずに、本当の独立はアウン・サン将軍の暗殺の数か月後1948年になってしまいました。

初代ビルマ首相のバ・モウ氏の言葉を書いておきます。
「真の独立は1948年1月4日ではない。1943年8月3日だ独立の真の理解者は東條大将と大日本帝国だった。」

2012/4/22(日) 午後 4:47 [ 環境歴史観光防災カメラマン ]

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