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権力移行期の北朝鮮の危険性
北朝鮮情勢に詳しいハリントン氏が、「北朝鮮の承継:王朝が続くなかでより多くの問題が出てくる」と題する12月6日付ワシントン・タイムズ紙に寄稿した論説を送付してきた。彼は、今は引退しているが、この記事の末尾に言及されているようにCIAで東アジア担当国家情報官、東京支局長を務めた人で、私は彼の分析能力を高く評価してきた。
私が文責を持つものを載せるのを主とするこのブログとしては、異例であるが、彼の論説をほぼ全文次の通り掲載する。ご参考まで。
「歴史は時々繰り返すが、紛争中の境界近くの小さな韓国の島への北朝鮮の挑発的な砲撃のように、カーボン・コピーのようなものは滅多にない。3月の韓国哨戒艦の魚雷攻撃、非武装地帯(DMZ)での射撃事件、挑戦的な核についての言辞に引き続く今回の攻撃は、病気の金正日の息子で指名された後継者金正恩のデビューと時期的に合致している。
1980年、当時の最高指導者金日成が公に金正日を後継者にした時、パターンはほぼ同じであった。北朝鮮の脅し、テロ活動、南への特殊作戦が同じように相当増大した。これは我々が今後の荒れる状況のためにシートベルトをしっかり締めるべきであることを示す。1980年代の大半、私は半島でのピョンヤンの意図と能力を推測するCIAの全情報源分析を率いていた。今日と同じように、金日成は外国人にほぼ知られていない息子を選んで王朝の承継を行おうとしていた。確かに我々は金日成が1970年代半ばからますます重要な国内的な役割を金正日に与えていることを判っていた。しかし金日成は1980年まで息子の出現パーティのケーキに最後の仕上げをしなかった。1980年に金日成は金正日を党の政治局、軍事委員会、書記局に登用した。この新しい仕事に伴い、大将の地位と、報じられたところでは南に対する秘密作戦の監督の任務が他のことと共に与えられた。
その後の3年は今日我々に立ち止まって考えさせる。1983年までに我々は、半ダースの南への殺人者や破壊チームの血なまぐさい浸透、カナダでの韓国大統領を対象とした暗殺者の逮捕、韓国の内閣をすべてなきものにする目を見張るような1983年のラングーン爆破事件を目のあたりにした。北はまた軍を大量にDMZ近くに再配備し、軍の規模を倍増する計画を打ち出した。北の秘密活動と軍の活動は大戦略の一部であったのか。当時判らなかった。しかし振り返ってみると、金日成が圧倒的な国内的な目標、すなわち強力な軍との個人的な関係を息子に作り上げさせるために攻撃的な戦略の中心に息子を置くこと、および政権の存在理由である統一と息子を同定することで息子の後継を固めること、を持っていたことは明らかである。金正日がバトンを渡すに際し、我々は同じ脚本を見ているのかどうかが問題である。明らかに最近の党大会での金正恩の登用、特に軍事委員会への任命と大将への即時昇任は開幕のシーンに合致している。中国と韓国の報道は、党大会前の韓国の哨戒艇への魚雷攻撃が金正恩の戦闘的な行動の予告編として特に意図されていたことを示唆している。事実、金正日は個人的に沈没に関与した潜水艦部隊を指揮する将軍を昇任させ、勲章を付与した。父親と息子は最近の暴力での金正恩の役割について何の疑念も残していない。二人は攻撃の前日に韓国の島を砲撃した砲撃部隊に広く報道された訪問を行ったとされている。この「父のように、子のように」シナリオにおいて、次に何が来るのか。1980年代が参考になるのであれば、これは始まりにすぎない。10万の特殊作戦部隊を念頭に置くと、南へのより深く浸透した攻撃や外国での韓国の利益に対する攻撃を含む、通常ではない攻撃が明らかな選択肢である。1980年代の攻撃的な秘密工作とともに北朝鮮軍の増強と核計画を想起すると、核やミサイルでの示威行動もありうる。砲撃があったことを踏まえると、もっと深刻な砲やロケット攻撃が重武装のDMZに沿って行われることもありうる。
砲撃に関連した韓国内での政治的混乱でワシントンは曖昧な態度をとるべきではない。中国の今日までのピョンヤンの戦闘性への信じがたい尊重に見られるような、中国の経済的やその他の圧力行使への躊躇で曖昧な態度をとることもない。金家の承継が諸事件を引き起こしているのである。北朝鮮に向き合うにあたって、もし我々が飴を提供すれば、この王朝のアジェンダを変えることが出来ると考えるならば、それは思い違いである。ピョンヤンが話し合いを求めて電話をかけてくる時には、我々はその電話を鳴らせておいてよい。その間、半島とその周辺での我々の軍事的な配備と演習は同盟国に対し、我々が彼らの側にいることを明確にするだろう。」
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