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イランのイスラエル周辺への進出など
1、 最近、イランがイスラエル周辺で勢力を伸張させている。
第1:シリヤとの同盟に近い関係は強化されている。
イランの海軍艦艇が2月22日、1979年の革命後初めてスエズ運河を通り、シリヤに行った。シリヤ海軍と演習をした模様である。
3月3日これらの艦艇は再度スエズ運河を通り、紅海に出た。イスラエルは挑発であると声明したが、軍事的な対抗措置はとらなかった。
ムバラク後、エジプトを統治する軍最高評議会はイラン艦艇の通過許可を拒否し得たが、そうはしなかった。
第2:2005年、レバノンでは、ハリリ首相の暗殺後、デモが発生し、いわゆる杉革命が起こり、シリヤ軍はレバノンから撤退を余儀なくされた。しかしその後、イランが支持するヒズボラが2006年のイスラエルとの戦争を通じて権威を再確立し、本年1月には暗殺された首相の息子を首相の座から引きずり下ろすことに成功したのみならず、自らが推薦するミカティを首相にすることに成功した。
ヒズボラがレバノン政治の主導権を掌握したと言ってもよい。
いまヒズボラはシリヤ経由でイランのミサイルを入手し、長距離射程の新しいミサイルを含め、5万発以上のミサイルを有するまでになっている。次のイスラエル・ヒズボラ戦争では、イスラエルの受ける被害は2006年のイスラエル・ヒズボラ戦争よりずっと大きなものになることは確実である。テル・アビブは射程内にある。
スエズ運河をイラン艦船が通過し得る状況はヒズボラへの武器供給を容易にすることになる。
第3:ガザを支配するハマスへのイランの影響力はどんどん強化されている。ハマスはもともとはエジプトのムスリム同胞団のパレスチナ支部である。ハマスはガザからかなり原始的なミサイルをイスラエル南部の都市に撃ち込んできた。
イスラエルはガザの封鎖を、その厳しさに程度の差はあるが、ガザへの武器供給を止めるために行ってきた。ガザはエジプトと国境を接している。ガザ封鎖はエジプトの協力がないと成立しない。
ムバラクはハマス嫌いであったので、イスラエルのガザ封鎖に協力してきたが、今後、エジプト側がムバラクの時代のように協力するか、疑問である。ガザ・エジプト国境管理が緩くなれば、イランの武器がハマスに供給される可能性が増えるだろう。
第4:イランはイラクのシーア派を通じ、イラク政府への影響力を増大させている。
2、 湾岸地域では、バーレーン(王家はスンニ派であるが、70%の住民はシーア派)でのデモはシーア派中心である。イランはデモに関与している証拠はないが、同じシーア派の反政府デモに同情を持っているであろう。サウジも、バーレーンにイランが介入することに警戒を隠していない。この帰趨によっては、アラブでの騒乱はサウジ(住民の20%がシーア派)とクエート(住民の30%がシーア派)に波及しかねない。
3、 エジプトでのムバラク退陣をはじめ、アラブ諸国の騒乱はイスラエル周辺地域でのイランのプレゼンス強化、および湾岸でイランが種々の活動を行う余地を生みだしている。そしてイランはその機会を巧みに利用しているように思われる。イランは親米政権であるムバラクをほとんど敵視してきたが、エジプトその他でのデモをイランに機会を与えるものとしても歓迎している。
(文責:茂田 宏)
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