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米国の外交政策が、人権、民族浄化に関連した諸問題、アルメニア・ジェノサイドに関する米国の記録に裏付けられているジェノサイドに関連した諸問題に対する適切な理解と感受性を反映することを確保するために、またその他の目的のために、大統領に呼びかけ、決議する。
1、 決議の名称:
この決議は「アルメニア・ジェノサイドに関する米国の記録の確認決議」と引用することが許される。
2、 認定;
下院は次のとおり認定する。
(1) アルメニア・ジェノサイドは1915年から1923年の間、オットマン帝国により構想され、実行され、その結果、ほぼ200万人のアルメニア人が強制移住させられ、そのうち、150万人の男、女、子供が殺され、50万人の生存者が自分の家から追放された。これは、2500年を超えるアルメニア人の彼らの歴史的な郷土における存在を抹殺することに成功した。
(2) 1915年5月24日、連合国、英・仏・ロシアは、はじめて他の政府を「人道に対する罪」で明示的に告発する声明を共同で発出した。
(3) この共同声明は「連合国政府は、公的にオットマン政府に対しオットマン政府のすべての構成員およびこれらの虐殺に加担した彼らの代理人を、これらの犯罪に個人的に責任があるものとして取り扱うことを宣言する」と言明した。
(4) 第1次大戦後のトルコ政府は、アルメニア・ジェノサイドの「組織と実行」および「アルメニア人の虐殺と破壊」に関与した指導者を告発した。
(5) 一連の軍事裁判で、青年トルコ政権の高官は、アルメニア人に対する虐殺を組織し、実行したことに関し、裁判を受け、告発されたとおり、有罪を宣告された。
(6) アルメニア・ジェノサイドの主たる組織者、戦争大臣エンバル、内務大臣タラート、海軍大臣イェマルは、すべて彼らの犯罪に関し、死刑を宣告された。しかしこの判決は実施されなかった。
(7) アルメニア・ジェノサイドとこれらの国内司法の失敗は、オーストリア、仏、独、英、ロシア、米国、バチカン、多くの他の国の国立文書館で圧倒的な証拠で記録されており、この膨大な証拠は同じ事実、同じ事件、同じ結果を証明している。
(8) 米国立文書・記録局は、特にファイル867.00と867.40を含め、アルメニア・ジェノサイドに関し、広範囲で徹底した記録を有しており、それらは公衆と関心のある研究所に公開されており、広く利用可能になっている。
(9) 1913年から1916年の間、オットマン帝国への米大使ヘンリー・モーゲンソー閣下はアルメニア・ジェノサイドに反対するオットマン帝国の同盟国を含む多くの国の官吏による抗議を組織し、それを指導した。
(10) モーゲンソー大使は米国務省にオットマン政府の政策を明示的に「人種絶滅キャンペーン」と描写した。1915年7月16日、米国務長官ロバート・ランシングは、「国務省はアルメニア人迫害を止めるための・・・あなたの手続きを承認する」と訓令した。
(11) 1916年2月9日の上院併合決議12は「米大統領は尊敬をもってこの国の市民が」当時「飢餓、病気、言い尽くせない苦痛」に耐えている「アルメニア人の救済のためにいま募集されている基金に貢献して、その同情を示すことができる特定の日を指定するように要請される」と決議した。
(12) ウッドロー・ウイルソン大統領は同意し、また、議会の決定により特許を受けた近東救済として知られる組織の形成を奨励した。この組織は、1915年より1930年まで米国人の里子となった132000人の孤児を含むアルメニア・ジェノサイドの生存者を助けるために1億1600万ドルの貢献をした。
(13) 1920年5月11日付けの上院決議359は「上院外交委員会小委員会の聴聞会で行われた証言は明確にアルメニア人が受けたと報道された虐殺とその他の残虐行為の真実性を確立した」と言明した。
(14) この決議はジェイムス・ハーボード将軍を長とするアルメニアへの米軍事使節団の上院への1920年4月13日の報告を受けたものであるが、同報告は「手足の切断、冒涜、拷問、そして死が百の美しいアルメニアの渓谷に忘れがたい記憶を残し、その地域を旅行する人は、すべての時代にとって、もっとも大きなこの犯罪の証拠からほとんど自由になれない」とした。
(15) 米ホロコースト記念博物館で展示されているように、アドルフ・ヒトラーは、1939年に挑発なしにポーランドを攻撃するように司令官に命じた際、「誰が結局のところ、今日、アルメニア人の全滅のことを話しているのか」と言って、反対論を却下し、そうようにして、ホロコーストのための舞台を作った。
(16) 1944年、「ジェノサイド」という用語を作り、かつジェノサイドの防止と処罰の国連条約のもっとも早期の主張者であったラファエル・レムキンはアルメニアの事例を20世紀における決定的な例として援用した。
(17) レムキンの主張により国連が採択したジェノサイドについての最初の決議、1946年12月11日の国連総会決議96(I)とジェノサイドの防止と処罰に関する国連条約そのものがアルメニア・ジェノサイドを国連が既存の標準を法典化することにより防止し、処罰しようとしている犯罪のタイプとして承認した。
(18) 1948年、国連戦争犯罪委員会はアルメニア・ジェノサイドを「まさに近代の用語“人道に対する罪”がカバーするように意図されている行為のタイプのひとつ」として、ニュールンベルグ法廷のための先例として援用した。
(19) 同委員会は「セーブル平和条約230条の規定は1915年の連合国の口上書に従い、明らかにトルコ領でアルメニアとギリシャ人種であるが、トルコ市民である者に対して行われた行為をカバーするように意図されたものである」と言明した。それゆえ、この条項はニュールンベルグと東京条例の6条Cと5条Cの先例を構成し、これらの条例で理解されている「人道に対する罪」のひとつの類型の一例である。
(20) 1975年4月8日に採択された下院合同決議148は次のとおり決議した。
「1975年4月24日はここに“人間の人間に対する非人道的行為を想起する国の記念日”と指定され、米大統領は、特にアルメニア人の祖先を持つ人など、すべてのジェノサイドの犠牲者を思い出す日としてこの日を記念するように米国民に呼びかける布告を発出するように権限を付与され、かつそうするように要請される。」
(21) ロナルド・レーガン大統領は1981年4月22日付けの布告第4838号において、「その前のアルメニア人のジェノサイド、その後のカンボディア人のジェノサイド、さらに余りに多くの他の人々に対する余りに多くの迫害のように、ホロコーストの教訓は決して忘れられてはならない」と言明した。
(22) 1984年9月10日に採択された下院合同決議247は、次のとおり決議した。
「1985年4月24日はここに“人間の人間に対する非人道的行為を想起する国の記念日”と指定され、米大統領は、特にアルメニア人の祖先を持つ150万の人々など、すべてのジェノサイドの犠牲者を思い出す日としてこの日を記念するように呼びかける布告を発出する権限を付与され、かつそうするように要請される。」
(23)1985年8月、広範な研究と討議の後、少数者の差別の防止と保護に関する国連の小委員会は14対1で「ジェノサイド犯罪の防止と処罰の問題の研究」と題する報告書を受諾すると採択した。この報告は「ナチの異常な行動は不幸にも20世紀における唯一のジェノサイドの例ではない。ジェノサイドにあたるとされうる他の例のなかには、1915年―1916年のオットマンによるアルメニア人虐殺がある。」と言明している。
(24)この報告はまた「少なくとも100万人、たぶんアルメニア人人口の半分以上が殺害されたか、死の行軍をさせられたと独立した権威のある者や目撃証言者により信頼できる形で推計されている」と説明した。これは米、独、英の文書とオットマン帝国に当時いた外交官(同盟国独の外交官を含む)の報告によって裏付けられている。
(25)独立した連邦当局である米ホロコースト記憶評議会は、1981年4月30日、全会一致で、米ホロコースト記念博物館が博物館にアルメニア・ジェノサイドを含めるように決議し、その後、そうした。
(26)アルメニア・ジェノサイドの事実はあいまいかもしれないという米国務省の異常な1982年の表明(後に撤回された)を見直し、1993年のワシントンDCの米控訴裁判所は、米国の政策記録に関する文書を見直した後、アルメニア・ジェノサイドについての米の記録における曖昧さの主張は「長い間の米の政策と矛盾し、最終的に撤回された」ことに留意した。
(27)1996年6月5日、下院は下院法案3540(1997年外国活動、輸出金融および関連計画支出法案)の修正を可決し、トルコ政府がアルメニア・ジェノサイドを認め、その犠牲者の記憶に名誉を与えるための措置をとるまで、トルコへの援助を300万ドル(米国内でのロビー活動費の支払いと推計される額)減らした。
(28)ウイリアム・ジェファーソン・クリントン大統領は1998年4月24日、「過去においてと同様、今年も、我々は国中のアルメニア系アメリカ人と一緒に、今世紀の歴史におけるもっとも悲しい章、1915年から1923年のオットマン帝国における150万人の強制追放と虐殺を記念する。」
(29)ジョージ・W・ブッシュ大統領は、2004年4月24日、「この日、我々は20世紀のもっともおそろしい悲劇のひとつ、オットマン帝国の終わりの強制的追放と殺人による150万人ものアルメニア人の壊滅を思い出して、立ち止まる」と言明した。
(30)アルメニア・ジェノサイドの国際的な承認と確認にかかわらず、国内的、国際的当局がアルメニア・ジェノサイドに責任のあるものを罰するのに失敗していることが、同様のジェノサイドが起こったこと、そして将来、起こるかもしれない理由であり、正義にのっとった解決が将来のジェノサイドを防止することに役立つだろう。
3、政策の表明
下院は
(1) 大統領に、米国の外交政策が人権、民族浄化に関連した問題、アルメニア・ジェノサイドに関し、米国の記録により裏付けられているジェノサイド、および正義に基づく解決を現実化しないことの結果について、適切な理解と感受性を反映するように確保するように、呼びかける。また
(2) 大統領に、4月24日またはその前後に出されるアルメニア・ジェノサイドを記念する大統領の年次メッセージで、150万人のアルメニア人の組織的で意図的な壊滅を、正確にジェノサイドと正確付け、アルメニア・ジェノサイドに反対した米国の干渉の誇るべき歴史を想起するように呼びかける。
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