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中東情勢

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イスラエルの入植地活動非難決議案への米の拒否権行使

1、 2月18日、アラブ諸国が安保理に提出したイスラエルの占領地域での入植地建設を非難する決議案が賛成14、反対1(米の拒否権)で否決された。
 オバマ政権による初めての拒否権発動である。これはオバマ大統領のアラブ諸国での信用を酷く失墜させることになるだろう。2009年6月のカイロ演説以来、アラブ人のなかにあったオバマ大統領へのほのかな期待を打ち砕くことになったと思われる。
 オバマは安保理決議ではなく、議長声明の採択を希望したが、アラブ側が決議案採択に固執し,踏み絵を踏まざるを得なくなった。賛成する選択もあったろうが、国内政治その他の要因からイスラエル寄りの姿勢をあからさまにせざるを得なかった。
投票後、ライス米国連大使は「入植活動に賛成しているわけではないが、安保理で取り上げるのは対立激化になるだけで賛成できない。イスラエルを一方的に非難する決議である」など述べた。

2、 イスラエルによる入植地建設は将来のパレスチナ国家が国家としての一体性を作る上で大きな障害を作りだすことになる。さらに、イスラエルによる西岸での入植地建設は明らかに国際法違反である。
 ジュネーブ第4条約49条6項は「占領国は占領する領土にその民間人を追放(deport)し、あるいは移送(transfer)してはならない」と規定しているが、これに明確に違反する。
イスラエル側には、入植希望者が勝手に西岸に移り住むのを阻止する義務がないと言う論を立てる人がいるが、イスラエル政府が国家政策として入植を行ってきたのであって、こういう詭弁は成り立たない。
さらにイスラエルはジュネーブ条約の共通第2条第2項を引用し、条約は「締約国の領土」に適用されることになっており、西岸はヨルダンの領土ではなくその地位が未確定なので、ジュネーブ条約の適用がないと言う議論をしている。しかし2004年、国際司法裁判所は、「占領されたパレスチナ領土における壁の建設の法的帰結」と題する勧告的意見でこのイスラエルの主張を退け、パレスチナにジュネーブ条約は適用されるとしている。細かい法律論は止めるが、入植活動違法論はイスラエルを除く国際社会のコンセンサスに近い。これに米が反対したということである。
入植活動を違法に行っているのがイスラエルである以上、一方的にイスラエルが非難されていることは当然であって、米が一方的決議と言うのも筋が通らない。
さらに、イスラエルが入植地建設凍結を延長しないが故に、中東和平直接交渉はとん挫している。米もその凍結延長を主張し、イスラエルに拒否されて諦めた経緯がある。
上記のライス米国連大使の説明は国際社会、アラブ人の大多数にとり全く受け入れられないものである。

3、 今回の米の対応は、二つの点で間違った遺憾なものと言わざるを得ない。
第1:米が入植地問題についてイスラエル側の議論を支持したような印象を与え、中東和平の進捗をさらに見込みのないものにした。
第2:アラブ諸国で民主化デモが燃え盛る中で、米への信用、特に民衆レベルでの信用を失墜させ、米が中東の激動に対処する能力を減殺した。

4、 安保理決議を成立させ、イスラエルがその実施拒否をするのであれば、それをイスラエルの責任として入植地建設にブレーキをかけ和平を推進する、他方で中東激動への対応能力を保持するのが、米にとって正しい選択であったように思われる。
(文責:茂田 宏)

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バーレーンでの反政府デモ

1、 チュニジア、エジプトでの政変に続き、アラブ各国で反政府デモが拡がっている。そのうちバーレーンのデモは次の理由でその帰趨が注目される。
第1:米の第5艦隊はバーレーンを基地としており、湾岸での米軍展開の拠点である。この基地機能が阻害されると、米軍展開に影響がある。
第2:バーレーンは人口百万(内半分は出稼ぎ外国人)ほどの小国でその面積は東京都くらいしかないが、サウジに近い。バーレーン人口の約70%はシーア派である。統治をしているのはスンニ派の王家である。シーア派は経済的にも恵まれず差別されており、1990年代にも反政府デモがあった。このことを反映して、バーレーンのデモにはシーア派とスンニ派の宗派対立の側面がある。
その上、これはシーア派のイランとスンニ派のサウジとの間の代理戦争に発展する潜在力をもっている。さらにサウジはその人口の20%がシーア派であり、バーレーンのシーア派とサウジのシーア派には家族関係など結びつきがある。イランは今のところ表立った介入をしていないが、バーレーン情勢はサウジに影響を与える。
第3:チュニジアやエジプトは王族ではなく、大統領に選ばれた普通の人の政権であった。バーレーンでこのシーア派デモが政変につながると、王制が転覆されたという先例になる。これはサウジやヨルダンその他に心理的に大きなショックを与えることになる。

2、 バーレーン政府は2月17日、首都マナマのデモを実力で抑え込もうとし、数名の死
者が出た。同時にバーレーン政府はデモ参加者の民主化要求にも部分的に答えようとしている。
ただこのような状況では、譲歩をするとデモ側が更に譲歩を勝ち取れると勢い付くことがある一方、実力行使で死者が出ると、デモ側が追悼集会のデモをするということになる。対応が難しい局面である。バーレーン政府のなかで、対応のあり方について意見の相違が顕在化することが最も危険と言えるであろう。

3、 サウジ王家は国内でもシーア派を弾圧してきたし、シーア派を毛嫌いする傾向がある。
バーレーンのシーア派はイランのホメイニが作った体制を是認しておらず、宗教的な指導はイラクのシスタニに仰いでいる。いわば穏健なシーア派であり、サウジもそういうものとして対応する方が好ましいと思われる。
 米にとっては、基地の保有継続のための安定重視と民主主義の推進の理念の間でどういう折り合いをつけて行くかである。

4、 なおバーレーンは、石油・ガスもほぼなくなり、今は石油精製と金融を中心にして国家経済を立て直そうとしている。うまく行っている面もあるが、例えば金融ではドバイに中心が移って行っているという面もある。国民の70%のシーア派を少数のスンニ派が統治する形は無理があり、今回のデモがどうなるかは判らないが、体制自身の脆弱性は否定しがたい。
(文責:茂田 宏)

ムバラク辞任と今後のエジプト

1、 2月11日、スレイマン副大統領は次の通り声明した。
 慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において、市民よ。エジプトが経験している非常に困難な状況においてホスニ・ムバラク大統領は共和国の大統領職から辞任することを決定し、国の業務を行うように軍最高評議会に責任を委ねた。アッラーが皆をお助けくださいますように。

2、 2月10日、ムバラクは権限をスレイマン副大統領に譲るが、大統領の地位にはとどまると演説したが、デモ参加者が怒りの声をあげ、ムバラクはついに辞任した。
スレイマン副大統領ではなく、軍最高評議会が暫定的な統治者になった。要するにこれは軍によるクーデタである。革命ではない。軍は近く非常事態宣言の解除、大統領選挙への立候補要件の緩和、報道の自由など、政権移行の手順を示すとしている。これが提示されて初めて、今回のデモが成し遂げたことが明らかになる。
デモ参加者は勝利を祝っている。米欧諸国はムバラク辞任を歓迎するとともに、今後、民主主義への移行が進むことへの期待を表明している。
憲法上、大統領辞任の場合、人民議会議長が暫定大統領になり、60日以内に大統領選挙を行うとされているが、この条項は無視されることになるであろう。

3、 1952年の自由将校団による革命以来、エジプト軍は政権の中心にあった。今回軍が政権を掌握したことは軍主導体制という1952年以来続いて来た伝統が守られたということであろう。モハンメド・フセイン・タンタウイ国防大臣が軍最高評議会の中心人物である。体制は変更されなかった。変更は今後の問題である。
軍と並び、国家民主主義党(NDP)がムバラク政権を支えてきたが、この党が今後どういう役割を果たすのかも、まだよくわからない。専門家の中には、軍としては民政移行をする必要がでてくるので、NDPを温存する可能性があるとの声がある。そうなって、NDPの候補者が大統領選挙に勝った場合、何だ、今までと同じではないかという不満が生じかねない。
軍は国民と良い関係を持っており、例えばムバラクの側近であったスレイマン副大統領に権限が移譲された場合よりも、物事が平和的に順調にすすむ可能性が高いとは言える。
 反政府勢力の方も結集の理由であったムバラクなき後、何で団結していくのか、そう簡単ではない。

4、 イスラエルはムバラク続投を望んでいたが、今ではエジプトの新政権がイスラエルとの平和条約を遵守することを希望している。イスラエルでは、「エジプトとの平和条約があるかぎり、戦争はない。シリアとの平和条約がないかぎり、平和はない」とよく言われるが、イスラエルは強い不安を持ってエジプト情勢を見守っている。
(文責:茂田 宏)

ムバラク再選不出馬・改革声明とオバマ声明

1、 2月1日、ムバラク大統領は9月に予定されている大統領選挙に出馬しないこと、副大統領に民主化、憲法改正、立法制度の改革など、すべての分野においてあらゆる政治勢力との対話の場を設けること、議会には大統領選への出馬要件を改正することをよびかけた。
ムバラクの即時退陣、出国を求めるデモがこれで収拾されるかどうか、はっきりしない。

2、 オバマ大統領はムバラク演説後、次の声明を発出した。
ここ数日、米国民はエジプトで展開されている状況を注視してきた。我々はエジプト国民による巨大なデモを見た。我々は偉大な国,米の長期のパートナーの歴史に新しい章が始まることへの証人になった。
 わが政権はエジプトのカウンターパートと広範囲のエジプト人民、および地域や世界の他の人々と緊密に接触してきた。この期間にわたり我々は一連の中核的な原則をとってきた。
 第1:我々は暴力に反対する。私はこれまでエジプト人を保護しつつ平和的な抗議を許してきたエジプト軍のプロフェショナリズムと愛国心を称賛したい。我々は垂れ幕で覆われた戦車や兵士と抗議者が街頭で抱き合うのを見た。これから前に進むに際し、私は軍が引き続きこの変化の時が平和的であることを確かにするように助力するように勧める。
 第2:我々は集会の自由、言論の自由、情報にアクセスを持つ自由を含め普遍的な価値を支持する。今一度、我々は市民に力を与え、よりよい未来のために立ち上がる人々の威厳を守る信じがたいほどの技術の力を見た。前に進むに当たり、米は引き続きエジプトや世界ですべての人間がそれに値する民主主義と普遍的な権利を支持する。
 第3:我々は既に変化の必要性のために発言した。私はムバラク大統領と直接、彼の演説の後、話した。彼は現状が維持可能ではなく変化が起こらなければならないことを認めている。政治権力の地位にいる特権を持つ我々すべては我々人民の意思でそうしている。何千年を通じてエジプトは変革の多くの時期を知っている。エジプト人民の声はこれがそういう時の一つであることを我々に告げている。
エジプトの指導者を決めるのは他の国の役割ではない。エジプト国民だけがそうすることが出来る。明らかなのは、そして私がムバラク大統領に今夜、示したのは、秩序だった移行は意味があるものでなければならず、平和的でなければならず、いま始まらなければならないと言うことで、これは私の信念である。
 さらにプロセスはエジプトの広範な範囲の声や野党を含まなければならない。それは自由で公正な選挙に導くべきである。そしてそれは結果として民主的な原則に基礎づけられるのみならず、エジプト人民の願望に応えるような政府を生み出すべきである。
 このプロセスを通じて米は引き続きエジプトにパートナー関係と友情の手を差し伸べる。我々はこの抗議の事後を管理するエジプト人を助けるために必要となるいかなる援助をも与える用意をしている。
 ここ数日、エジプトの人民により示された熱情と威厳は米国内の人々を含む世界の人々と人間の自由の不可避性を信じるすべての人々に感動を与えた。
 エジプトの人々、特にエジプトの若者に私は明確にしたい。我々はあなたがたの声を聞いている。私はあなた方が自分の運命を決め、子供や孫のためによりよい未来の約束を掴むだろうとゆるぎなく信じている。私は米とエジプトのパートナー関係にコミットしている人間としてこれを言う。
 今後困難な日々があろう。エジプトの将来についての多くの疑問は未だ答えられていない。しかし自分はエジプトの人々がこれらの答えを見出すと確信している。それが真実であることは街頭における共同体意識に見られる。それは兵士を抱擁する母や父に見られる。そしてそれは国立博物館を守るために腕を組むエジプト人―古代の宝物を守る新しい世代、偉大で古い文明を新しい日の約束に結びつける人間の鎖に見ることが出来る。

3、 このオバマの演説は現時点でなしうる最良の演説であろう。軍とデモ参加者、ムバラクにも気配りをしつつ、移行を早めることを示唆している。
デモ参加者はムバラク大統領の即時退陣、さらには出国を求めているが、9月の選挙を前倒しで行う(9月まで粘らない)、選挙を自由で公正なものとすることが実現すれば、よしとしていいのではないかと思われるが、どうなるか、まだよくわからない。
ムバラクはヨムキプール戦争の英雄である。モスレム同胞団を過酷に弾圧したし、選挙不正もしたし、腐敗もしていた。しかし開明的なところもある指導者であった。遺憾ながら長すぎ、絶対的権力は絶対的に腐敗するとの格言の証明のようになった。

4、 なおムスリム同胞団の台頭とエジプトのイラン化を恐れる声があるが、ムスリム同胞団はイスラム原理主義者ではあるが、アルカイダのようなジハード主義者、過激派とは違う。混同して考えない方がよい。暴力放棄をずっと前にしている。そのこともあり、オサマとザワヒリはムスリム同胞団を激しく非難してきた。
(文責:茂田 宏)

レバノンの新首相任命、暴動化したデモ、その意義

1、 1月12日、ハリリ内閣がヒズボラ系閣僚の辞任で崩壊したが、1月13日、スレイマン大統領はハリリに再度組閣を命じた。(1月14日付記事参照)しかしハリリは組閣が出来ず、1月25日、レバノン議会は新首相としてヒズボラが推薦するナジブ・ミカティを指名し、同日、スレイマン大統領はミカティを首相に任命した。
ミカティは親シリヤの政治家として知られ、電話電信会社の経営者であった大金持ちである。レバノンでは大統領はマロン系キリスト教徒、首相はスンニ派、国会議長はシーア派がなることになっている。それに変更はないが、その首相ポストにスンニ派が支持するハリリではなく、ヒズボラの推薦するミカティが就任した。

2、 レバノンではこの新政府に反対するデモが1月28日には一部暴徒化し、行われた。
デモを行っているのは主としてスンニ派である。ヒズボラはデモ参加者は法と秩序を乱していると非難をしている。ヒズボラこそ従来、法と秩序に挑戦してきた勢力であるが、いまやそういう主張をしている。

3、 この動きの意義は次の通り。
第1:シリヤとイランの支持を受けるヒズボラがレバノンの指導者を決める力を持つにいたったということである。
第2;シリヤは「杉革命」で失ったレバノンでの影響力をほぼ回復した。ハリリを支持してきた米、サウジ、仏はその影響力を大きく減退させた。米はレバノンへの軍事援助を減らすことを検討している。
第3:ラフィク・ハリリ暗殺事件についての国際法廷(在ハーグ)にレバノン政府が協力する可能性はなくなった。国際法廷は有効に機能しないことになろう。
第4:イスラエルはその北部国境で米政府がテロ組織と認定している組織が主導する政府と対峙せざるを得ないことになった。これはイスラエルが一つの悪夢として来たことで、それが実現したといえる。
第5:スンニ派は新首相反対デモをしているが、このデモはハリリ自身自制を求めていることもあり、おさまる可能性が高い。その意味で、レバノン内戦の再来の怖れはいまのところ低い。

4、 レバノンでの政変やデモはチュニジアでの政変に触発されたエジプト、イエーメン、ヨルダンなどでのデモとは無関係である。これはエジプト政治の不安定化ほどの影響はないが、それなりに地域情勢への影響はある。
(文責:茂田 宏)

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