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中東情勢

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エジプトにおける反政府デモ

1、 1月25日、エジプトの首都カイロでかなりの規模の反政府デモが行われ、それを阻止しようとした治安部隊との間で衝突が生じた。数名の死者が出た模様である。
1月26日、再びカイロで反政府デモが行われたほか、デモはスエズなど地方都市にも広がっている。ただしカイロのデモは規模が小さくなった。デモや集会の禁止が布告され、治安部隊は催涙弾その他を使い、反政府デモを力で抑え込もうとしている。

2、 チュニジアでの民衆の反乱とベンアリ政権の崩壊が刺激となって、こういうデモが発生したことは確実であろう。
 デモ参加者は若者、インテリ、普通の市民であり、広範な国民各層に広がっている。この事態がどう収拾されることになるのか,まだよくわからない。
 しかし私の現時点での判断を言うと、ムバラクがベンアリのように国外に逃亡するような事態にはならないのではないかと思われる。
 第1に、米がエジプトの不安定化を望んでいない。米はムバラク政権がもっと民主的になることを慫慂してきたが、それがムスリム同胞団の影響力強化につながることも警戒してきた。
 クリントン長官はエジプト国民の正統な要求や集会の権利は守られるべきである、フェースブックなどによる通信を阻害すべきではないと述べつつも、治安部隊とデモ参加者を同列において暴力を使うべきではなく双方とも自制をすべきであると述べている。
 現在、エジプトの軍参謀長が訪米している。チュニジアの場合、軍がベンアリを見捨てたことがベンアリの国外逃亡につながった形跡があるが、米がエジプト軍参謀長に対しムバラクを見捨てないように要請したとの情報がある。
 第2に、エジプトでは今年9月に大統領選挙が予定されている。ムバラクは高齢であるうえ、健康も優れず、この大統領選挙には出ないことがほぼ確実視されている。後継者は決まっていない。情報機関の長スレイマン、ムバラクの息子ガマルの名前が挙がっているが、スレイマンも高齢で病弱、ガマルには軍や党で十分な支持がないとの問題がある。元の空軍参謀長で民間航空大臣のシャフィックが今最有力とされている。
 要するにムバラクは既に交代することになっている。デモが達成し得ることは次の大統領選挙を公正なものにすることしかないように思われる。そしてそれは街頭で決着をつけるには込み入った問題である。
 第3に、治安部隊がチュニジアの場合とは異なり、長年にわたるイスラム過激派との戦いで経験を積んでいて、デモのコントロールなどに慣れている。
 ムバラク政権はデモに衝撃を受け、どうしていいか、わからない状態にあるためか、デモ参加者の要求に対する声明などを出していない。チュニジアの場合は、デモ隊の要求に応じる形で選挙についての約束や内相の解任など譲歩を打ち出し、デモを勢い付かせた点があったが、幸か不幸かそういう状況がない。

 革命的状況は急転することも多いので、なんとも予測しがたいが、取りあえずの私の感じは以上の通りである。何らご参考まで。

3、なお最も良いシナリオはムバラク後の大統領選挙がエルバラダイ前国際原子力機関事務局長など野党の候補も参加する選挙になり、かつ公正に行われることになることである。このデモを契機にそうなる可能性はある。
(文責;茂田 宏)

中東和平交渉文書の流出

1、 1月23日、中東のテレビ局アルジャジーラが中東和平交渉の内部記録を入手したとしてその一部を公開した。アルジャジーラによると、1999年から2010年までの外交秘密文書を約1600件、入手したとしており、順次これを公開していくとしている。

2、 パレスチナ指導部が東エルサレムにあるイスラエル入植地をハルホマを除きイスラエル領とすることに同意したこと、難民の帰還について10万人程度で良いとしたことが報じられ、パレスチナ側が大幅に譲歩したものであると報じられている。
エラカート・パレスチナ交渉団長は全く虚偽の情報であると言明している。他方、アベド・ラボはパレスチナ当局の内部文書であるが、公式見解ではないとしている。自治政府議長アッバスはこの文書公開を「恥ずべき行為」と非難している。
他方、ハマスはこの文書公開を受け、自治政府に和平交渉をする資格なしと糾弾している。

3、 和平交渉のなかで東エルサレムの入植地のいくつかをイスラエルに編入し、パレスチナ側が代替地を獲得するとの土地の交換はありうることである。難民帰還についてもイスラエルが難民にイスラエル領内に権利として帰還し得ることを認めるわけもない。そういう意味で、パレスチナ側が国家樹立を実現するためにこういう譲歩を非公式に示すことはありうる。しかしパレスチナ側が大きな譲歩をしたかのようなアルジャジーラの報道ぶりはアッバス議長をはじめパレスチナ側の交渉者のパレスチナ内での立場を極めて難しいものにするであろう。誰かがアッバスの行う和平交渉を掘り崩す目的で文書を漏洩したと言うことかと思われる。

4、 イスラエルとパレスチナの直接交渉は米がイスラエルに入植地モラトリアムの延長を行わせられず、中断したままである。今回の機密文書の公開は直接交渉の再開をさらに遠ざける効果を持つ。そういう状況の中で、イラン、ヒズボラ、ハマスの勢力がさらにパレスチナ地域で伸長し、武力衝突が生じる可能性も高まるし、パレスチナ内でのファタハとハマスの抗争も激化するだろう。ウイキリークスの漏えいの場合同様、こういう漏洩で国家関係や交渉が振り回されることは好ましくない。
外交もできるだけ公開でという人がいるが、交渉をまとめていくためには、秘密が必要である。交渉の結果できた合意は公開すべきであるが、プロセスには秘密が必要である。
(文責:茂田 宏)

アラブ諸国に民主主義国はなぜ少ないのか。(雑感)

1、 1月22日―28日号のエコノミスト誌は「ジャスミン革命のにおいを広げさせろ。チュニジアが他のアラブ諸国が見習う民主主義の見本となったら、なんと素晴らしいことか」との社説を掲載している。
そのなかで、アラブ世界が民主主義という点でもっとも遅れているのは大きな謎であると書いている。記事では、アラブの国で曲がりなりにも民主的なのはレバノン、パレスチナ、イラクだけであるが、それぞれ欠陥があると指摘するとともに、民主的なトルコやインドネシアのことを考えても、イスラム教が理由であるとも思われないと書いている。

2、 私もこの問題を調べ、考えたことがあるが、私の仮説は次のとおりである。
(1) イスラム教が民主主義の成立を阻害すると言う説は成り立たず、どちらかというと、民主主義を推進する方向性を持つ。フランス革命のスローガンは「自由、平等、博愛」であるが、イスラム教は人間の平等を強調するし、博愛も強調する。
イスラムでは、人は神の前で平等である。ヒンズー教のカースト制には平等観念はなく、儒教の5倫で平等なのは朋友関係のみである。イスラムの方がずっと民主主義に親和的である。博愛はすべての宗教にある。
自由については、イスラムはあまり自由を尊重しないと言われる。アラブ人にアブドラという名前が多いが、これはアブド(奴隷)とアラー(神)の合わさったものであり、イスラム教徒hは何よりも神の僕であることに価値を置いている。人間理性を尊重し、自由をそれで根拠づけることにはならないと言う意味で、フランス革命のような思想はないが、イスラムの神に従うという宗教的価値と、政治の場における自由への欲求とが完全に衝突を起こすわけでもない。これは米のキリスト教原理主義者を見れば、そうならないことが分かる。
(2) 国の経済発展レベルが低く、一人当たりの国民所得が低く、教育水準も低い場合、民主主義はなかなか根付かない。中産階級の成立と民主主義の成立には、相関関係がある。アラブ諸国の多くでは、経済発展のレベルが低いが故に、民主主義が成立していない国がある。
しかしアラブの中には、一人当たり国民所得が相当高い国も多い。こういう国でなぜ民主主義が根付かないのか。だいたい一人当たり国民所得が4000ドルを超えると民主化すると言う説があるが、アラブ諸国の中には一人当たり1万ドル、2万ドルの国がある。これを説明する説として、レンティア(地代)国家論というのがある。アラブ諸国の中には石油やガスの収入が膨大で一人当たり所得が多くなっている国が結構ある。こういう国では、国民は税金を納めて国を維持するわけではなく、国家から地代収入を分けてもらうとの関係にある。「代表なくして課税なし」とのスローガンがあるが、「課税がないから代表もなし」という状況がクエートとサウジなどではあるのではないかということである。これが民主主義の成立を妨げるとの説である。私はこの説に一理ありと考えている。なおロシアも地代国家の面が強いし、民主化の程度も低い。
(3) アラブ諸国は欧州の植民地であった過去があり、反植民地闘争があった。そのなかで前衛の指導する闘争というレーニン主義的な組織論,闘争論が受け入れられた。たとえばイラク、シリヤのバース党のイデオロギーにはレーニン主義の影響が色濃く見られる。このレーニン主義の考え方は民主主義とは相いれない。

これらの要因、特に1と2が合わさってアラブ諸国は民主化しないのではないか。

3、 チュニジアがどうなるか、まだよくわからない。チュニジアは資源がなく、地代国家ではない上に、経済もそれなりに発展している。レーニン主義の影響もあまりない。幸いなことにイスラム過激派の勢力も弱い。うまく行くと民主化される可能性がある。

4、 なお公共の場での焼身自殺という抗議手段は強烈な政治メッセージを送ることがチュニジアの例で示された。自爆テロは無辜の民を巻き込み、実行者は称賛もされるが、強い非難も受ける。焼身自殺者は自分以外の誰も傷つけるわけでもない。自己犠牲で発せられるメッセージに人々は反応する。
エジプトやアルジェリアですでに焼身自殺が起きている。エジプトのアズハル・モスクが焼身自殺はイスラムの教えに反する自殺であり、禁止されるとしたが、これはそのメッセージの強さに当局者が衝撃を受けたことの反映ではないかと思われる。
(文責:茂田 宏)

チュニジアのベンアリ政権の崩壊など

1、 1月14日、チュニジアのベンアリ大統領はサウジアラビヤに亡命し、1987年から続いたベンアリ政権は崩壊した。
同日、ガンヌーシ首相が暫定大統領就任を宣言したが、1月15日にはメバザア下院議長が憲法に従い暫定大統領に就任し、ガンヌーシ首相に挙国一致内閣組閣を要請するとともに、60日以内に大統領選挙を実施する旨、発表した。

2、23年も続いたベンアリ政権がかくも簡単に崩壊したことは驚きである。特にチュニジアは警察国家と言ってよい国で、安定していると見られていた。
崩壊過程の詳細は判らないが、12月17日若者が失業と警察のやり方に抗議するため焼身自殺したあと、地方で暴動が広がり、治安部隊は実弾を使ってこれを抑えようとした(死者も多く出た)が、止められず、1月11日首都でも抗議行動が行われた。政権側は夜間外出禁止、大学などの閉鎖などの措置を取ったが、抗議行動は収まらなかった。
その後、ベンアリ大統領は抗議活動への宥和策に転じ、1月12日には内相を解任し、13日には次回大統領選ヘの不出馬、14日に内閣総辞職と半年以内の総選挙実施を発表したが、暴動はおさまらず、亡命を余儀なくされた。暴動の初期での強硬策とその後の宥和策の打ち出しなど、政権側の対応にゆれがあった。戦術上の問題もあったが、基本的にはベンアリ政権の腐敗や強権への反発が強かったということであろう。
ベンアリ政権はチュニジア中にベンアリの写真が飾られているなど個人崇拝を推進していたし、警察が過激派を厳しく取り締まっていた。軍も政権側に着いていた。こういう強権国家の体制は案外もろいということが改めて明らかになった。
北朝鮮で同じようなことが起こるとは思えないが、エジプトのムバラク政権もリビヤのカダフィ政権も同じような政権であり、もろく倒れる可能性があることを示している。

2、 エジプトのムバラク政権は今年9月に大統領選挙を迎える。ムバラクは高齢であり健
康状況も思わしくないので、再出馬しない可能性が大である。ムバラクは息子のガマルを大統領にするとしたいと考えたようであるが、軍の反対などがあり、現状ではガマルが大統領になる可能性は少ない。その後、ムバラクは情報長官のオマル・スレイマンを暫定的に大統領にし、ガマルにつなぐことを構想したが、スレイマンも高齢で病弱で無理であると言うことになっている。いま最も次期大統領の呼び声が高いのはアハメッド・シャフィック元空軍参謀長、現民間航空大臣である。
エジプトは権力移行期にあるので、チュニジアのような不安定化にも脆弱性がある。

3、 ベンアリが亡命したサウジも権力移行期にある。サウジのアブドラ国王は86歳の高齢であり、病弱で医師に休養をたびたび命じられている。スルタン皇太子も84歳の高齢であり、ガンであるとされている。この二人の後継がどうなるか、まだ明確ではない。

4、 チュニジアのベンアリは親欧米であった。エジプトもサウジも親欧米である。そういう国が不安定化するのは米欧の中東政策をより難しくする。
まずは、チュニジアの大統領選挙を国民が納得する公正なものにすることが大事であろう。
(文責:茂田 宏)

レバノンのハリリ内閣の崩壊

1、 1月12日、レバノンのハリリ内閣はヒズボラが閣僚を引き揚げたために崩壊した。
30名の閣僚のうち、ヒズボラの閣僚10名に加え、大統領が任命した閣僚1名が辞任し、内閣定数の3分の2に達しない状況になり、規定により総辞職を余儀なくされた。
ハリリ首相は1月12日訪米中でオバマ大統領と会談する直前にそういうことになった。その後、ハリリ首相は訪仏、サルコジ大統領と会談後、ベイルートに戻った。
ヒズボラはハリリ以外を首相にするように要求したが、1月13日、スレイマン大統領はハリリを暫定首相に任命し、組閣するように求めた。

2、 ハリリ首相の父親のラフィック・ハリリ元首相は2005年暗殺されたが、その暗殺をめぐって国連主導で捜査と国際裁判(裁判所はハーグにある)が行われることになっている。
 最初はシリヤのアサッド大統領や情報機関が暗殺を指示・実行をしたとの疑惑が濃厚とされていたが、最近、ヒズボラの関与が浮上し、ヒズボラ関係者などの起訴があるとされている。ヒズボラは関与を否定し、この裁判所にレバノンが協力することに反対している。裁判所費用の約半分はレバノンが出している。
 ハリリ首相は国際裁判に起訴されたヒズボラ構成員がいたとしても、レバノンでのその逮捕には協力しないとしつつも、裁判自体は支持するとしている。
 この件をめぐってのヒズボラとハリリ首相側で対立が政府崩壊の引き金になった。

3、 ハリリ首相が新内閣を発足させうるかどうか、まだはっきりしない。ヒズボラは軍事力ではレバノン正規軍を上回る実力を持つとされ、ヒズボラを無視し、レバノンの政治を行うことには困難がある。
 親シリヤのヒズボラと新西側のハリリ首相(「3月14日」連合を基盤とする)との間でこれまでも緊張が高まることはあり、今度崩壊した政府の成立に際しても、アラブ連盟の意向を受けたカタールの仲介でようやく出来たとの経緯がある。
 今回はシリヤとサウジが仲介役としてレバノン内での緊張を解くために努力していたが、その話し合いがうまくいかなかったとされている。そういう後であるので、問題の解決は容易ではない。
 レバノン人一般は内戦で酷い目にあったので、それを繰り返したくないとの気持ちが強いが、レバノン内戦の再現の危険がでてきている。

4、 米、仏、サウジがハリリ首相側を支持しており、イランとシリヤがヒズボラ側を支持
している。レバノンの混乱は地域の情勢をも不安定化させる怖れがある。
 ヒズボラの軍事力は2006年のイスラエルとの武力衝突以来、イランやシリヤからミサイルなどの武器供与を受け、更に増強されている。イスラエルもレバノンの混乱を大きな懸念を持って見守っている。
(文責:茂田 宏)


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