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核密約などについての報告書(雑感)
1、 3月9日、外務省は日米の密約問題を検証していた有識者委員会報告書を外務省調査
報告書とともに公表した。この報告書の背後には、膨大な作業があったと思われ、外務省報告書を取りまとめた北野審議官と外務省職員および北岡伸一座長ほかの有識者委員会の労苦に敬意を表明したい。全体としてこういう報告書が出されたことは良かった。
2、 報告書について私が若干違和感を抱いた点は次の2点である。
(1) 若泉敬さんが仲介した佐藤・ニクソン合意を密約にあたらないとした点である。
佐藤首相が後任者に引き継いでおらず、効力が長期にわたっていないこと、69年11月の共同声明に核再持ち込みを示唆する文言があることから、密約でないとしている。
しかし、引き継ぎの有無や効力の長短と密約の存否は直接的に結びつくわけではないし、さらに、共同声明の文言は米が事前協議で再持ち込みを要請する立場にあることを述べたもので、その要請を受け入れるか否かを明らかにしていない。この佐藤・ニクソン合意は通常、密約(秘密の約束をし、かつそれを秘密にする合意がある約束)と言われるものの性格をすべて備えている。少なくとも佐藤総理が在任中は生きていた。佐藤総理がなぜ引継がなかったのか、よくわからないが、辞めた後も、米側から約束として持ち出される可能性があった。したがってこれを密約にあらずとするのは、密約の定義の問題であるが、不自然である。
(2) 核兵器搭載艦船の寄港については、「広義の密約」があったとしているが、これ
は米艦船の寄港について、日米間に解釈の相違があり、それが明らかになった後、日本側が米側の解釈をやむを得ないものと受け入れながら、国会でそれを覆い隠す答弁をしたという事例である。これは相互を拘束する約束ではなかった。米は対日配慮から、日本政府の立場を掘り崩すことは差し控えようとしたが、ラロック証言などに見られるように時折自らの解釈を明らかにした。その際、米側に日本との約束に違反したとの意識はなかったのではないか。そういう意味で、これは約束といえるものではなく、広義であれ,狭義であれ、密約には該当しないと思われる。これも密約の定義の問題であるが、米側にも何か守るべき約束があったかのようなことをいうのは、適切ではない。
3、 今回の報告書の公表を受け、対米関係上の問題と国内政治上の問題が出てくる。
(1) 対米関係上は、米側も静かに対応しており、大きな問題になる可能性はない。
有事の際の核持ち込み問題はあるが、これについては、実際にその問題が出てくるまで、ふたをしておける状況にあると思われる。
(2) 国内政治上の問題としては、既に外務委員会で首相や外相経験者を参考人に招致し、虚偽を述べたことを追及しようと言う動きがある。この問題を自民党政権の不祥事として追及し、政治的な点数を稼ごうと言う意図があるのであれば、問題である。
事態は今回の二つの報告書の公表で、明らかになっているのであり、国会で首相、外相経験者や外務省の関係者を追及する意味はあまりない。外交や安保問題への対処は、本来超党派で行われるべきである、日本ではずっとそうではなかったが、この問題の取り扱いで民主党は自制を示し、外交・安保問題への超党派的対処を現実化する方向に向かうことが望ましいと思われる。政権交代のある日本として、外交・安保は超党派で対処することを確立する一歩になりうる。
(文責:茂田 宏)
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