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オバマのノーベル賞受諾講演(その2)

 それ以上に、米国も、他の国家も、我々自身が道路の規則に従うことを拒否しながら、他の国がそれに従うように主張することはできない。何故ならば、我々がその規則を守らない時には、我々の行動は恣意的に見え、将来の介入がどれほど正当化されるものであったとしても、その正統性を掘り崩す。
そしてこれは、軍事行動の目的が自衛や侵略者に対する一国家の防衛を超える場合に特に重要になる。ますます我々すべてが彼ら自身の政府による文民の虐殺をどう防ぐのか、あるいは地域全体を巻き込む暴力や苦悩を起こす内戦をどう止めさせるのか、という難しい問題に直面している。
私は武力はバルカンにおけるように、また戦争で傷ついた他の場所におけるように、人道的根拠で正統化されうると信じている。行動しないことは我々の良心を引き裂き、後により費用のかかる介入につながり得る。これがすべての責任ある国家が明確な使命を持った軍が平和を保つために果たす役割を受け入れなければならない理由である。
世界の安全保障への米のコミットメントは決して揺るがない。しかし脅威が拡散し、任務がより複雑な世界で、米国は一人で行動することはできない。米国一カ国で平和を確保できない。これはアフガニスタンにおいて真実である。そしてこれはソマリアのような破綻国家―そこではテロリズムと海賊行為が飢餓と人間的苦悩と合流しているーにおいて真実である。悲しいことに、今後何年間も不安定な地域においてこれは真実であり続ける。
 NATO諸国の指導者と兵士、他の友好国と同盟国はこの真実を彼らがアフガニスタンで見せた能力と勇気で示している。しかし多くの国では、任務を果たしている人々の努力と広い大衆の相反する感情の間に断絶がある。私はなぜ戦争が不人気なのかを理解するが、またこのことも知っている。平和が望ましいという信念は稀にしか平和を達成するためには十分ではない。平和は責任を求める。平和は犠牲を伴う。これがなぜNATO諸国が引き続き不可欠なのかの理由である。これがなぜ我々が国連と地域の平和維持を強化しなければならず、少数の国にこの仕事を任せてはならない理由である。これが我々が外国での平和維持や訓練から、オスロやローマ、オタワやシドニー、ダッカやキガリに、家に帰る人々に栄誉を与える理由である。我々は彼らを戦争をする人としてではなく、平和の遂行人として栄誉を与える。
 武力の行使について 最後のポイントを述べたい。戦争に行くについての困難な決定をする時にさえ、我々は どう戦うかについても明確に考えなければならない。ノーベル委員会は第1回目の平和賞をヘンリー・デュラント、赤十字の創設者でジュネーブ条約の推進者、に与えることにより、これを承認した。
 武力が必要な時に、我々は特定の行動の規則に拘束される道徳的で戦略的な利益を有する。そして規則を守らない悪意ある敵と対決するにあたっても、私は米国は戦争のやり方について基準を示す立場にとどまらなければならないと信じる。これが我々と戦う人々から我々を異ならせるものである。これが我々の力の源泉である。これが私が拷問を禁止した理由である。これが私がグアンタナモ湾の刑務所を閉鎖するように命じた理由である。そしてこれが私がジュネーブ条約に従うとの米の約束を再確認した理由である。我々が守るために戦っている考え方それ自体において妥協する時、我々は自分自身を見失ってしまう。そして我々はこれらの理想を、そうすることが簡単な時ではなく、そうすることが難しい時にも、尊重する。
 私は少し長く我々が戦争を選択した場合に我々の精神や心でその重みを感じなければならない問題について話した。しかし私にこのような悲劇的な選択を避ける努力に注意を向け、我々が公正で永続する平和を作るための3つの方法について語りたい。
 第1:規則や法を破る国への対応において、私は、我々は、現実に行動を変えさせるのに十分なほど強い、暴力に対する代替策を開発しなければならない。何故ならばもし永続的な平和を望むならば、それなら国際社会の言葉は何かを意味しなければならない。規則を破るこれらの政権は責任を問われなければならない。制裁は本当の痛みを与えなければならない。頑固さは増大する圧力で対応されなければならない。そしてそういう圧力は世界が一緒に一つになった時にのみ存在する。
我々の一つの緊急な例は核兵器の拡散を防止し、核兵器のない世界を追求する努力である。前世紀の中頃、諸国はその取引が明確な条約:すべての国は平和的核エネルギーにアクセスを持つ、核兵器を持たない国はそれを持つことをやめる、核兵器を持つ国は軍縮に向けて共同作業をする、という条約で拘束されることに合意した。私はこの条約を堅持することにコミットしている。これは私の外交政策の中心部分である。そして私はメドヴェージェフ大統領と米とロシアの核在庫を削減するために作業をしている。
しかし我々すべてにイランや北朝鮮のような国がこの体制を揺るがせないようにする責務がある。国際法を尊重すると主張する者はこれらの法が軽くあしらわれる際に目を背けていることはできない。彼ら自身の安全保障を心配する人々は、中東あるいは東アジアでの軍備競争の危険を無視できない。平和を求める人々は諸国が核戦争のために武装している時に、何もしないでいることはできない。
 同じ原則が自分の国民を残酷に扱うことにより国際法を侵害している人々にも適用される。ダルフールでジェノサイドが、コンゴで体系的な強姦が、ビルマで圧政がある時、その酬いの結果がなければならない。関与があり、外交があるのはそうであるが、しかしそれが失敗した時、酬いがなければならない。そして我々がお互いに近い立場をとればとるほど、我々が武力介入と圧制への共犯者になることの間での選択に直面させられる可能性は少なくなる。
これは、我々が求める平和の性質という私の第2のポイントにつながる。何故ならば平和は単に目に見える紛争の欠如ではない。すべての個人の固有の権利と尊厳に基盤を置いた公正な平和のみが本当に永続することが出来る。
 この洞察こそ第2次大戦後、世界人権宣言を起草した人々を動かした。廃墟の中で彼らは人権が守られないならば、平和は空虚な約束であることを認めた。
 しかしあまりにしばしば、これらの言葉は無視されている。いくつかの国は、人権を堅持することに失敗し、それを現地の文化に異質な、あるいは国家の発展の段階にそぐわない西側の原則であるとの間違った示唆により、言いわけしてきた。そして米国において、自らをリアリストあるいは理想主義者と描き出す人々の間で長い間緊張があった。狭い利益の追求かあるいは我々の価値を世界中に強制する終わりのない運動かの間の索莫とした選択を示唆する緊張である。
 私はそういう選択を拒否する。私は、市民が自由に発言し、好きなように祈り、自らの指導者を選び、あるいは恐怖なしに集会する権利が否定されているところでは、平和は不安定であると信じている。鬱積した不平は長く続き、部族的、宗教的アイデンティティの抑圧は暴力につながり得る。我々は逆も真であることを知っている。欧州が自由になった時からこそ、欧州は平和を見出した。アメリカは民主主義国と戦争をしたことはない。そして我々の最も緊密な友人はその市民の権利を保護する政府である。どれだけ冷淡に定義されようとも、米の利益、世界の利益に人間の願望の否定が役立つことはない。」
 したがって我々が異なる国々のユニークな文化や伝統を尊重する際にも、アメリカは常に普遍的であるこれらの願望のための声であるだろう。我々はアウン・サン・スーチーのような改革者の静かな威厳、殴打に直面しつつ票を投じたジンバブエ人の勇敢さ、イランの街頭を黙って行進した数十万の人々の証人になるだろう。これらの政府の指導者がいかなる他国の力よりも自ら自身の国民の願望を恐れていることは多くのことを語る。そしてこれらの運動、希望と歴史の運動の側に我々が付いていることを明らかにすることはすべての自由な国民と自由な国家の責任である。
 このことも言いたい。人権の推進はただ奨励だけではありえない。時にはそれは骨の折れる外交とあわせられなければならない。私は圧政的な政権との関与は憤慨の満足できる純粋さを欠いていることを知っている。しかし私は手を差し伸べることなしの制裁、話し合いなしの非難、は単に身動きのできない現状維持を続けることになりうることも知っている。いかなる圧政政権もそれが開かれた扉の選択を持たない限り、新しい道を歩むことは出来ない。
(続く)

オバマのノーベル平和賞受諾講演(その1)

12月10日、オバマ大統領は平和賞受諾講演を行った。この演説は感動的であるとともに、オバマ大統領の人間観や世界観、戦争と平和の問題についての考え方を述べたものである。オバマの演説の中でも出色のもので、味わい深いものなので、長いが、全文を翻訳して掲載する。(原文はホワイト・ハウスのホームページ参照)

 国王陛下、皇族の方々、ノルウェー・ノーベル委員会の皆さん、米国と世界の市民たち。
 私はこの栄誉を深い感謝と大きな謙虚さをもって受け取る。この賞は、我々の最高の願望、我々の世界のすべての残酷さと困難にかかわらず、我々は単に運命の囚人ではないこと、を示す。我々の行動は意味があり、歴史を正義の方向に曲げることが出来る。
 しかしもし私があなた方の寛大な決定がもたらした相当な論議の存在を認めないならば、私は怠慢であろう。部分的には、これは、私が世界的な舞台での仕事を始めたばかりで、その終わりの所にいるわけではないことによる。シュバイツアーやキング、マーシャルやマンデラなど、この賞を受けた歴史の巨人の幾人かとの比較において、私の成果はわずかである。そして世界には、正義の追求で牢屋に入れられ殴打された人々、苦悩を和らげるために人道的組織で働く人々、その静かな勇気と共感の行為で最もシニカルな人をも動かす何百万もの知られていない人々がいる。これらの人々、幾人かの知られた人々と彼らが助けている人以外には知られていない人々、が私よりもずっとこの賞にふさわしいと考える人々に私は異議を唱えることはできない。
 しかしたぶんこの賞を私が受け取ることについての最も重要な問題は私が二つの戦争のど真ん中にいる国の軍の最高司令官であるという事実である。これらの戦争の一つは終わりつつある。いま一つは米国が望まなかった紛争である。これは我々を守り、将来のさらなる攻撃からすべての国を守る努力でノルウェーを含む42カ国の参加を得ている。
 しかし我々は戦争中である。そして私は遠い場所での戦闘のために何千もの若い米国人を派遣することに責任を有している。その何人かは人を殺し、何人かは殺される。したがって私は、戦争と平和の関係と戦争と平和を置き換える我々の努力についての困難な問題で一杯になり、武力紛争のコストについての鋭い感覚をもって、ここにきている。これらの問題は新しい問題ではない。形態はともあれ、戦争は最初の人間と共に出現した。歴史の夜明けにおいてその道徳性は疑問視されなかった。これは単に旱魃や病気のように事実であった。部族が、その後文明が権力を求め、違いを解決する方策であった。
 時がたつとともに、法の規定が集団内での暴力を統制しようとしたように、哲学者、宗教家、政治家は戦争の破壊力の規制を求める。もし最後の手段や自衛として行われるならば、もし使われた力が均衡のとれたものならば、そしてもし可能なところでは文民が暴力にさらされないならばなど、戦争は特定の条件が満たされた場合にのみ正当化されるという「正義の戦争」の概念が生まれた。
 もちろん、我々は歴史の大部分において「正義の戦争」の概念はほとんど順守されなかったことを知っている。相互殺害の新しい方法を考える人間の能力は、違って見える人々や違う神に祈りをささげる人々を慈悲から除外する我々の能力と同じく、尽きることがないと証明された。軍の間の戦争は国家の間の戦争にとって代わられ、戦闘員と文民の区別があいまいになる全面戦争になった。30年間の間に、そういう大虐殺が大陸を二度も巻き込んだ。そして第3帝国と枢軸国の敗北ほど正統な大義と考えられるものはないが、第2次世界大戦はその紛争で死んだ文民が死んだ兵士の数を超えた紛争であった。
 そういう破壊の後で、また核時代の到来とともに、次の世界戦争を防止する制度を世界が必要としていることが勝者にも敗者にも明らかになった。そして米国上院が国際連盟―ウドロー・ウイルソンがその考えのためにこの賞を得たーを拒否した4半世紀後、米国は世界を平和を維持する構築物の建設に導いた。マーシャル・プランと国連、戦争のやり方を規律するメカニズム、人権を守り、ジェノサイドを防止し、最も危険な兵器を制限する条約。
 多くの面で、これらの努力は成功した。もちろん酷い戦争が戦われ、残虐行為が行われた。しかし第3次世界大戦はなかった。冷戦は壁を壊す喜びにあふれた群衆により終結した。商業が世界の多くを結びつけた。数十億人が貧困から救いあげられた。自由と自決の理想、平等と法の支配は歓呼しつつ前進した。 我々は過去の世代の堅忍と先見の相続人である。そしてその遺産は我が国が正統に誇りにするものである。
 しかし新世紀に入って10年、この古い建物は新しい脅威の重さで曲がっている。世界はもはや二つの核超大国の戦争の見込みで身震いしていないかもしれないが、拡散は破局の危険を増加させている。テロリズムは長い間戦術であったが、現代の技術は特大の怒りを持つ少数の小さな人々が恐ろしい規模で無辜の人々を殺すことを可能にしている。
 加えて、国家間の戦争は国家内の戦争にますます道を譲っている。民族的あるいは宗派的紛争の再活性化、分離運動の成長、反乱、破綻国家、これらのすべてがますます文民を終わりのない混乱に巻き込んでいる。今日の戦争では、兵士よりもずっと多くの文民が殺され、将来の紛争の種がまかれ、経済は破壊され、市民社会は引き裂かれ、難民が多く出、子供たちは傷ついている。
 私は今日戦争の問題について決定的な解決を持ってきていない。私が知っているのはこれらの挑戦に答えることは数十年前に大胆に行動した人々と同様なビジョン、つらい仕事、粘り強さを要求するということである。そしてそれは正義の戦争と公正な平和の必要について新しい方法で考えることを我々に求める。
 我々は厄介な真実を認めることから始めなければならない。我々は我々の生きている間に暴力的な紛争を根絶しないだろう。国家が、個別にあるいは集団で行動して、武力の行使を単に必要であるばかりではなく、道徳的に正当化されると考える時はある。
 この言明を私はマーチン・ルーサー・キングが何年か前にこの同じ式典で述べたこと、「暴力は決して永遠の平和をもたらさない。それは社会的問題を解決しない。それは単に新しい、かつより複雑な問題を作りだす」、を念頭に置いたうえで行っている。キング博士の仕事の直接的な結果としてここに立っている人間として、私は非暴力の道徳的力についての生きた証拠である。私はガンディーやキングの信条と人生には、弱さ、受け身性、ナイーブさがなにもなかったことを知っている。
 しかしわが国家を保護し、守ると誓った国家の元首として、私は彼らの模範だけで導かれることはできない。私はあるがままの世界に向き合っており、米国民に対する脅威を前に何もしないでいるわけにはいかない。間違わないでほしい。世界には悪が存在する。非暴力の運動はヒトラーの軍を止めることはできなかった。交渉はアルカイダの指導者にその武器を置くように説得できない。力が時には必要であるということはシニシズムへの呼びかけではない。それは歴史、人間の不完全さ、理性の限界の承認である。
私がこの点をあげ、これから始めるのは多くの国において今日軍事行動についてその大義が何であれ、深い相反する感情があるからである。そして時にはこれが米国、世界の唯一の軍事的超大国への反射的な懐疑によって合流される。
 しかし世界は単に国際制度、条約や宣言だけで第2次大戦後の世界に安定がもたらされたのではないことを思い出さなければならない。我々がどういう間違いをしたにせよ、単純な事実はこれである。米国がわが市民の血とわが軍の強さでもって、60年間以上世界的な安全保障を保証するのを助けてきたということである。制服を着たわが男女の役務と犠牲がドイツから朝鮮までの平和と繁栄を推進し、バルカンのようなところで民主主義が根付くことを可能にした。我々がこの負担をしてきたのは我々が自分の意思を押し付けることを求めたからではない。我々は啓蒙された自己利益からそうしてきた。何故ならば、我々は自分の子供たち、孫たちに良い将来を求めており、かつ我々は彼らの生活が他の人の子供や孫たちが自由と繁栄の中で暮らすことが出来れば、より良くなると信じているからである。
 だから、そう、戦争の手段は平和の維持において果たす役割を持っている。しかしこの真実は今ひとつの真実、すなわち戦争はいかに正当であろうと、人間の悲劇を約束するものだということと共存しなければならない。兵士の勇気と犠牲は国、大義、戦友への献身に表れているように栄光に満たされている。しかし戦争自体は決して栄光ではなく、決してそのようなものとして吹聴されてはならない。
 だから我々の挑戦の一部はこれらの外見上両立させ難い真実、すなわち戦争が時には必要であるが、戦争はあるレベルでは人間の愚かさの表現である、を両立させることにある。具体的には、我々はケネディー大統領がずっと昔呼びかけた仕事に我々の努力を振り向けなければならない。彼はこう言った。「人間の本性における突然の革命にではなく、人間の制度の漸進的な進化に基礎を置くもっと実際的でもっと達成可能な平和に我々の焦点を合わせよう」。人間の制度の漸進的な進化。
 この進化はどのような形をとるのだろうか。その実際的な措置とはどんなものなのか。
 まず最初に、私は強い国も弱い国も同様に、武力の行使を規律する基準を守らなければならないと信じている。私は他の国のいかなる指導者と同じく、自分の国を守るために必要ならば単独で行動する権利を留保する。しかしながら私は基準、国際基準を順守することはそうする国を強くし、そうしない国を孤立させ、弱くすると確信している。
 9・11攻撃の後、これらの無意味な攻撃の恐ろしさと承認されている自衛の原則ゆえに、世界は米国の周りに結集し、アフガンにおけるわが努力を引き続き支持している。同じように世界はサダム・フセインがクエートに侵攻した時、彼と対決する必要を承認した。すべての人に侵略のコストについて明確なメッセージを送るコンセンサスであった。(続く)

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米ロ戦略兵器削減条約(1991)の失効

1、 1991年の戦略兵器削減条約(START)は本年12月5日に失効する。米ロは後継
条約を締結するために交渉してきたし、今も鋭意交渉中である。
来週、オバマ大統領がノーベル平和賞受賞のために欧州に行く機会をとらえて、署名式をアイスランドのレイキャビック(1986年のレーガン・ゴルバチョフ会談の場所)、ジュネーブ(現在の交渉地)、ヘルシンキのいずれかで行うことが取り沙汰されていたが、条約交渉はこれには間に合わない模様である。

2、 問題点の現状は正式な発表はないが、各種報道を総合するとほぼ次の通り。
(1) 弾頭数:7月のオバマ・メドヴェジェフ合意通り、1500−1675の間。(現
在は2200)
(2) 運搬手段:800以下。(ロシア側はより低い数字を主張していた)
(3) 検証:ロシア側がこれまでの条約の検証規定が広範にすぎると主張、米側が適
切な検証体制を求め、対立。ただしロシアのミサイル、トーポルMの製造工場への米査察官の常駐は廃止。
(4) 新条約は米では上院により承認、またロシアでも議会の承認が必要なため、発
効まで時間がかかる。それでつなぎの合意を作る必要があるが、それについては原則合意。

3、 米国では,検証規定が弱くなることに懸念を表明する向きがあるほか、米は弾道ミサ
イルに通常兵器を搭載し長距離攻撃力としているが、それも核搭載可能として制限数に組み込まれると米軍事力の劣化になるという懸念を表明する人がいる。
ロシア側の要求を受け入れ過ぎた場合、この条約の上院での審議はそう簡単には行かない可能性がある。
ロシア側は経済状況その他より多くの運搬手段や弾頭を保有する余裕がなく、ロシアが保有しうるレベルまで米の核戦力を引き下げることを交渉の目的としてきたとされる。したがってこの条約の失効で核軍拡競争になる危険は当面ない。
(文責:茂田 宏)

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ハリド・シェイク・ムハンマド他の裁判

1、 11月13日、米司法長官エリック・ホルダーは、9・11テロの主犯とされるハリド・シェイク・ムハンマドと共犯者4名をニューヨーク連邦地裁で裁判にかけることを発表した。
この決定は、9・11テロ犯をどう考えるか、アルカイダとの戦いを戦争と考えるか否かについて、ブッシュ政権とオバマ政権を明確に区別する決定である。

2、 9・11テロが戦争行為であれば、それを企画・実行した者は刑事被告人というより戦争における敵対者である。
戦争における敵対者は、敵国の兵士であれば、そのことだけを理由に殺害してよい対象になる。生きて捕らえられた兵士は、捕虜になる。しかし捕虜であるためには、要件がある。敵国の正規兵として戦闘に従事していること、あるいはレジスタンス兵であれば武器を携行し戦闘員であるとの標識を帯びていることなど、ジュネーブ条約で定められている。
戦争犯罪を犯した者は裁判にかけられるが、これも通常の刑事裁判ではない。
他方、刑事被告人は被告人としての人権を保障されたうえで、証拠についても、より厳格な規則が適用される。
ブッシュ政権は、キューバのグアンタナモ基地にシェイク・ムハンマドなどを拘禁、敵性交戦者として取り扱い、彼らを裁くために軍事法廷を作ってきた。
オバマ政権の今次決定は、シェイク・ムハンマドを刑事被告人として通常の刑事裁判で裁くとの決定であり、9・11テロを戦争行為としてではなく、犯罪として取り扱うと言うことである。

3、 国際法は、9・11テロのような行為にどう対応するかについて、明確な規則を有していない。ブッシュ政権のような考え方もオバマ政権のような考え方も共に成り立つ。
しかし国際法上、こういう事態にどう対応すべきかについての規則の欠如やあいまいさは、今後、是正に向け、検討されるべき課題であろう。

4、 シェイク・ムハンマドとその仲間は、ブッシュ政権時代に9・11テロの企画者・共犯者であることを認め、自白する用意がある、早く軍事裁判を開き死刑にして欲しいとの要望を提出したことがある。それにより殉教者として神に召されることを望んだとされている。シェイク・ムハンマドがニューヨーク連邦地裁でも同じ態度に出れば、裁判は順調に進み、1年以内には判決が出るだろう。
しかしシェイク・ムハンマドその他が、裁判をアルカイダの思想の宣伝に使うために法廷闘争をするという決断をすると、話は複雑になる。9・11犯行に加わるべく準備をしていたが、実際には加わらなかったムサウニ(20人目のハイジャック犯と呼ばれた)は、まさにそういう法廷闘争をした。なぜならば、刑事手続きとしては、シェイク・ムハンマドがこれまでの取り扱いについて多くの苦情を言いうる立場にあるからである。水責めを拷問と言えるし、パキスタンでの拘束自体の合法性を争いうる。
更に証拠の開示を求め、米の情報機関がどういう情報収集をしているかを、オサマ・ビンラーデンなどに最後の奉公として知らしめることを試みるかもしれない。
不正に入手したものとして、多くの証拠が証拠能力を失うこともありうる。
そういうことになると、オバマ政権は国民から強い批判を受ける恐れがある。

5、 この裁判はアルカイダのテロは犯罪なのか、戦争なのかの問題を、今一度原点に返って考える材料を提供するだろう。同時に、米のこれまでのグアンタナモでの対応も、弁護側の出方によっては、精査の対象になるだろう。
(文責:茂田 宏)

普天間移転問題

普天間移転問題

1、 鳩山内閣は普天間移転問題について態度を決めかね、ずるずると決定を先延ばししている。
米側は、新政権が普天間飛行場の名護市沖合への移転の合意の成立過程を検証するという立場を理解し、閣僚級作業部会で検証の作業を行うことに同意した。
新政権に配慮はしているが、米側はこの合意が結局は実施されることを前提としている。
鳩山総理は、合意の実施は前提ではないと述べている。

2、同盟は相互の信頼なくして十分に機能しない。信頼のレベルはいろいろあるが、約束は守る、合意は尊重するというのが信頼関係維持のためには最低限必要である。
しかるに鳩山内閣は、そのもっとも基本的なことを守っていない。早く是正しないと、日本国の信用を傷つけ、日本の安全保障の要である日米同盟を弱めてしまうだろう。

3、1996年に橋本首相とモンデール大使が共同記者会見をして普天間移転を発表した。普天間基地がそのままでは騒音被害も大きく、事故でもあれば地域住民に危険であるとの観点から、日本側が強く米側に移転を求め、クリントン大統領の決断により実現することになった。しかしその後、代替施設を巡りもめ続け、紆余曲折を経て、2006年に沖縄の名護市のキャンプ・シュワブ沖にV字型滑走路をもつ飛行場建設ということで、日本の外務・防衛両大臣と米国の国務・国防長官の会合である2+2で合意された。その際には、グアムへの8000人の海兵隊員の移転や、他の基地の縮小や移転も米軍再編の一環として合意された。
普天間の移転合意その他は、沖縄の負担の軽減をも念頭においてなされたものである。

4、鳩山内閣がこの問題の決着を引き延ばすと、沖縄の負担は今後とも継続することになる。普天間は移転せず現状のまま、グアムへの海兵隊移転や沖縄の他の基地の縮小もご破算になりかねない。米国議会でグアム移転経費の予算計上は行われなくなるだろう。
名護市沖合以外に移転先が見つかるかと言えば、その可能性はほとんどない。嘉手納統合案や県外移設は、言うは易いが、その実現は至難である。
民主党政権が他の適切な代替地を見つけ、そこで地元を説得して受け入れさせられるとはとても思えない。結果として、沖縄県民の重い負担はそのままになる。
物事には、ぐずぐずしている間に問題自体が改善される場合もあるが、普天間問題はそういう問題ではない。橋本・モンデール合意前に逆戻りしかねない。

5、鳩山内閣は成立後まだそう時間が経っているわけではない。しかし普天間問題での迷走ぶりは、日本の安全保障をきちんと守っていくこの政権の能力について、疑念を惹き起こす。国際関係での合意の重さ、防衛問題の重要さへの意識が足りない嫌いがある。
(文責:茂田 宏)

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