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オバマのノーベル賞受諾講演(その2)
それ以上に、米国も、他の国家も、我々自身が道路の規則に従うことを拒否しながら、他の国がそれに従うように主張することはできない。何故ならば、我々がその規則を守らない時には、我々の行動は恣意的に見え、将来の介入がどれほど正当化されるものであったとしても、その正統性を掘り崩す。
そしてこれは、軍事行動の目的が自衛や侵略者に対する一国家の防衛を超える場合に特に重要になる。ますます我々すべてが彼ら自身の政府による文民の虐殺をどう防ぐのか、あるいは地域全体を巻き込む暴力や苦悩を起こす内戦をどう止めさせるのか、という難しい問題に直面している。
私は武力はバルカンにおけるように、また戦争で傷ついた他の場所におけるように、人道的根拠で正統化されうると信じている。行動しないことは我々の良心を引き裂き、後により費用のかかる介入につながり得る。これがすべての責任ある国家が明確な使命を持った軍が平和を保つために果たす役割を受け入れなければならない理由である。
世界の安全保障への米のコミットメントは決して揺るがない。しかし脅威が拡散し、任務がより複雑な世界で、米国は一人で行動することはできない。米国一カ国で平和を確保できない。これはアフガニスタンにおいて真実である。そしてこれはソマリアのような破綻国家―そこではテロリズムと海賊行為が飢餓と人間的苦悩と合流しているーにおいて真実である。悲しいことに、今後何年間も不安定な地域においてこれは真実であり続ける。
NATO諸国の指導者と兵士、他の友好国と同盟国はこの真実を彼らがアフガニスタンで見せた能力と勇気で示している。しかし多くの国では、任務を果たしている人々の努力と広い大衆の相反する感情の間に断絶がある。私はなぜ戦争が不人気なのかを理解するが、またこのことも知っている。平和が望ましいという信念は稀にしか平和を達成するためには十分ではない。平和は責任を求める。平和は犠牲を伴う。これがなぜNATO諸国が引き続き不可欠なのかの理由である。これがなぜ我々が国連と地域の平和維持を強化しなければならず、少数の国にこの仕事を任せてはならない理由である。これが我々が外国での平和維持や訓練から、オスロやローマ、オタワやシドニー、ダッカやキガリに、家に帰る人々に栄誉を与える理由である。我々は彼らを戦争をする人としてではなく、平和の遂行人として栄誉を与える。
武力の行使について 最後のポイントを述べたい。戦争に行くについての困難な決定をする時にさえ、我々は どう戦うかについても明確に考えなければならない。ノーベル委員会は第1回目の平和賞をヘンリー・デュラント、赤十字の創設者でジュネーブ条約の推進者、に与えることにより、これを承認した。
武力が必要な時に、我々は特定の行動の規則に拘束される道徳的で戦略的な利益を有する。そして規則を守らない悪意ある敵と対決するにあたっても、私は米国は戦争のやり方について基準を示す立場にとどまらなければならないと信じる。これが我々と戦う人々から我々を異ならせるものである。これが我々の力の源泉である。これが私が拷問を禁止した理由である。これが私がグアンタナモ湾の刑務所を閉鎖するように命じた理由である。そしてこれが私がジュネーブ条約に従うとの米の約束を再確認した理由である。我々が守るために戦っている考え方それ自体において妥協する時、我々は自分自身を見失ってしまう。そして我々はこれらの理想を、そうすることが簡単な時ではなく、そうすることが難しい時にも、尊重する。
私は少し長く我々が戦争を選択した場合に我々の精神や心でその重みを感じなければならない問題について話した。しかし私にこのような悲劇的な選択を避ける努力に注意を向け、我々が公正で永続する平和を作るための3つの方法について語りたい。
第1:規則や法を破る国への対応において、私は、我々は、現実に行動を変えさせるのに十分なほど強い、暴力に対する代替策を開発しなければならない。何故ならばもし永続的な平和を望むならば、それなら国際社会の言葉は何かを意味しなければならない。規則を破るこれらの政権は責任を問われなければならない。制裁は本当の痛みを与えなければならない。頑固さは増大する圧力で対応されなければならない。そしてそういう圧力は世界が一緒に一つになった時にのみ存在する。
我々の一つの緊急な例は核兵器の拡散を防止し、核兵器のない世界を追求する努力である。前世紀の中頃、諸国はその取引が明確な条約:すべての国は平和的核エネルギーにアクセスを持つ、核兵器を持たない国はそれを持つことをやめる、核兵器を持つ国は軍縮に向けて共同作業をする、という条約で拘束されることに合意した。私はこの条約を堅持することにコミットしている。これは私の外交政策の中心部分である。そして私はメドヴェージェフ大統領と米とロシアの核在庫を削減するために作業をしている。
しかし我々すべてにイランや北朝鮮のような国がこの体制を揺るがせないようにする責務がある。国際法を尊重すると主張する者はこれらの法が軽くあしらわれる際に目を背けていることはできない。彼ら自身の安全保障を心配する人々は、中東あるいは東アジアでの軍備競争の危険を無視できない。平和を求める人々は諸国が核戦争のために武装している時に、何もしないでいることはできない。
同じ原則が自分の国民を残酷に扱うことにより国際法を侵害している人々にも適用される。ダルフールでジェノサイドが、コンゴで体系的な強姦が、ビルマで圧政がある時、その酬いの結果がなければならない。関与があり、外交があるのはそうであるが、しかしそれが失敗した時、酬いがなければならない。そして我々がお互いに近い立場をとればとるほど、我々が武力介入と圧制への共犯者になることの間での選択に直面させられる可能性は少なくなる。
これは、我々が求める平和の性質という私の第2のポイントにつながる。何故ならば平和は単に目に見える紛争の欠如ではない。すべての個人の固有の権利と尊厳に基盤を置いた公正な平和のみが本当に永続することが出来る。
この洞察こそ第2次大戦後、世界人権宣言を起草した人々を動かした。廃墟の中で彼らは人権が守られないならば、平和は空虚な約束であることを認めた。
しかしあまりにしばしば、これらの言葉は無視されている。いくつかの国は、人権を堅持することに失敗し、それを現地の文化に異質な、あるいは国家の発展の段階にそぐわない西側の原則であるとの間違った示唆により、言いわけしてきた。そして米国において、自らをリアリストあるいは理想主義者と描き出す人々の間で長い間緊張があった。狭い利益の追求かあるいは我々の価値を世界中に強制する終わりのない運動かの間の索莫とした選択を示唆する緊張である。
私はそういう選択を拒否する。私は、市民が自由に発言し、好きなように祈り、自らの指導者を選び、あるいは恐怖なしに集会する権利が否定されているところでは、平和は不安定であると信じている。鬱積した不平は長く続き、部族的、宗教的アイデンティティの抑圧は暴力につながり得る。我々は逆も真であることを知っている。欧州が自由になった時からこそ、欧州は平和を見出した。アメリカは民主主義国と戦争をしたことはない。そして我々の最も緊密な友人はその市民の権利を保護する政府である。どれだけ冷淡に定義されようとも、米の利益、世界の利益に人間の願望の否定が役立つことはない。」
したがって我々が異なる国々のユニークな文化や伝統を尊重する際にも、アメリカは常に普遍的であるこれらの願望のための声であるだろう。我々はアウン・サン・スーチーのような改革者の静かな威厳、殴打に直面しつつ票を投じたジンバブエ人の勇敢さ、イランの街頭を黙って行進した数十万の人々の証人になるだろう。これらの政府の指導者がいかなる他国の力よりも自ら自身の国民の願望を恐れていることは多くのことを語る。そしてこれらの運動、希望と歴史の運動の側に我々が付いていることを明らかにすることはすべての自由な国民と自由な国家の責任である。
このことも言いたい。人権の推進はただ奨励だけではありえない。時にはそれは骨の折れる外交とあわせられなければならない。私は圧政的な政権との関与は憤慨の満足できる純粋さを欠いていることを知っている。しかし私は手を差し伸べることなしの制裁、話し合いなしの非難、は単に身動きのできない現状維持を続けることになりうることも知っている。いかなる圧政政権もそれが開かれた扉の選択を持たない限り、新しい道を歩むことは出来ない。
(続く)
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