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日本のODAの量について

日本のODAの量について

1、4月4日、パリにある経済協力開発機構(OECD)は2007年に各国が供与したODAの額の予備的データを発表した。各紙で割に大きく取り上げられたが、日本は、第5位のODA供与国になった。主要各国の2007年ODAの量は次のとおり。
 第1位:米国−217,5億ドル、第2位:ドイツ−122,7億ドル、第3位:フランスー99,4億ドル、第4位:英国―99,2億ドル、第5位:日本―76、9億ドル、第6位:オランダー62,2億ドル、第7位:スペインー57,4億ドル。
 日本は、1991年より2000年まではODA供与額で世界第1位であった。
こういう結果になったのは、2007年の債務救済の額が16,7億ドル強にとどまり、2006年の債務救済額30億ドルに比較し、減ったので、それがODAの額を少なくしたとの事情がある。しかしもっと根本的には、財政難を理由にODA予算を何年にもわたり削減してきたことが効いてきたということである。

2、ODA額の国民所得(GNI)比では、米とギリシャが0,16%で最低であるが、日本は22か国中、下から第3位で、0,17%である。国連が目的としているのはGNI比0,7%であり、OECD諸国の平均はGNI比0,45である。
この数字は国際的には恥ずかしい数字であるといってよい。

3、ODAについては、慈善活動のように考えている人がいるが、これは間違いである。
日本は、1964年にOECD設立条約を国会の同意を得て批准し、加盟した。
OECD設立条約は、その前文の1項では、「経済的先進国が経済的発展の途上にある国を全力を尽くして援助するために協力しなければならないことを信じ」とある。
その第1条では「OECDの目的は、次のことを意図した政策を推進することにある」としたうえで、その第2項で「経済的発展の途上にある加盟国および非加盟国の経済の健全な拡大に貢献すること」とある。
更に第2条で「加盟国は、第1条の諸目的を達成するために、次のことに同意する」とした上で、その第5項で「技術援助の受け入れ及び輸出市場の拡大が経済的発展の途上にある加盟国及び非加盟国の経済にとって重要であることを考慮して、適当な方法により、特に、これらの国への資本の導入により、個個に、及び共同して、これらの国の経済的発展に貢献すること」とある。
日本はこういう考え方を受け入れて、OECDに加盟したのである。
これらの条文が日本国に厳格な法的義務を課したとは言えないが、ODAの供与が先進国としての日本の責務である、そしてそのODA供与において、日本として応分の負担をするのが当然である、とまでは言える。
GNI比で最下位に近く、かつ借款が多くグラント・エレメント(援助の中での贈与の割合)も低いのは是正される必要があろう。

4、ODAに関しては、外国への資金供与や技術支援であるので、国内でそれを増やせと主張する団体は多くなかったが、特にアンタイド化の進展でほとんどいなくなった。
 指導的地位にある政治家が国際社会での日本の立場を考えて、選挙の票にはならなくとも、ODA予算を守る必要があったが、それがなされなかったといえる。
(文責:茂田 宏)

日本の政治と海外の見方(雑感)

1、2月23日―29日号の英・エコノミスト紙の表紙は、「JAPAIN(注:JAPANにIを加え、日本の痛みを表現した駄洒落):何故あなたは世界第2の経済について心配すべきなのか」である。そして巻頭社説として「Japain:世界第2の経済はまだ意気消沈している。そして政治がその問題である」と題して、日本の政治の混迷を論じている。世界経済がサブプライム問題、石油高騰その他で困難に直面している中、日本が政治的な麻痺状況にあることを憂えての記事である。日本にとって名誉になる記事ではないが、やるべき課題にきちんと取り組んでいないとの指摘は的を射ている。
2、最近、日本の政治は本当の問題と枝葉末節を混同する傾向がある。いま、新聞、テレビを賑わせている政治外交上の問題は沖縄における米兵による少女強姦事件と海自のイージス艦の漁船との衝突事件である。このふたつを例示として取り上げる。
第1:沖縄の強姦事件であるが、これはすべての犯罪同様、あってはならない事件である。しかしどういう集団にも犯罪者はいるのであって、この犯罪を理由に在沖縄米軍基地の是非を論じる言説は的外れである。
沖縄における犯罪件数は、2006年、17423件である。内、米軍構成員犯罪件数は57件である。沖縄の人口は約140万人であり、米軍構成員等は約5万いる。割算をすれば分かるが、沖縄県の犯罪率は米軍構成員等の犯罪率より高い。米軍軍人は公務員で、一般人とは比べられないとか、沖縄の人口の中には高齢者や乳幼児もいるが、米軍は若い兵士の集団であるから、この数字は米軍の規律が高いことを示すとか、人によりその評価は異なるであろう。しかしこういういわば犯罪社会学的な話と基地の是非の問題とは全く別の問題である。
沖縄の基地反対論者は堂々とその論拠を説明すべきであり、米軍人の犯罪行為とそれへの反発を利用して、基地反対闘争を行うのは1種のデマゴギーである。
その上、政府がこのようなデマゴギーにいちいち対応して、振り回されるべきではない。
こういう事件には法に従いそれなりに対応すればよいことである。今度訪日するライス長官にこの問題を提起するというが、それが必要か適切か、疑問である。
第2:イージス艦の問題については、石破大臣は事故後の自分、総理への報告の遅れ、報告内容の適否を問題にしている。この事件を耳にして、私の最初の感想はこのイージス艦の見張りはどうなっているのかということであった。テロ大使をしていたためかもしれないが、2000年10月のイエーメンでの米艦コール爆破事件を思い出した。爆弾を積んだ船が衝突、自爆、コールは多大の損傷を受けた。この間はホルムズ海峡で米艦船にイランの高速艇が接近、米艦は発砲寸前までいった。イージス艦は一隻1250億円位もする貴重な国民の財産である。テロの対象となりうるものであり、その防護はきちんとしなければならない。衝突をしてくる船は排除するような見張り、防護をする必要がある。それが自らぶつかって、漁船を沈没させたというのは理解に苦しむ。報告の時間、内容よりも、この無防備さこそ是正されるべき問題である。
 何が是正されるべきかをよく考えず、防衛庁の体質を問題にするのは、問題に取り組むことにならない。鳩山民主党幹事長は石破大臣の辞任を要求しているが、すべての問題を政争に使う人との印象である。今の閣僚で、辞任すべき不適格大臣はアルカイダの友人の友人である鳩山法相であって、石破大臣ではない。
3、これ以外にテロ特措法延長問題に関連し、全く別の問題である守屋の犯罪行為の解明を審議の条件にしたり、道路特定財源問題で野球道具やマッサージ椅子購入問題を予算委員会で取り上げたりするのも的外れである(別途、注意するだけで十分である)。
政治家は今日本が直面している問題に真正面から取り組むべきである。本質的ではない問題で大騒ぎをしているうちに、政治・経済の両面で日本の国際的地位が下がっている。このエコノミスト紙の記事からそのことへの危機感をもつべきであろう。
(文責:茂田宏)

日本は「もの作り」で成り立っている国なのか。

1、 日本は資源のない国であるが、原料を海外から輸入し、それを加工して輸出し、貿易黒字を稼ぎだしている。日本経済は「もの作り」を基盤とし、日本人は「もの作り」を得意とする。これが大方の日本人が持っている日本のイメージであるが、これは現在の日本の現実を必ずしも反映していない。

2、第1に、日本の国際収支統計では、貿易・サービス収支の黒字は2006年7.3兆円、2007年10兆円である。これに対して、所得収支の黒字は2006年13.7兆億円、2007年16.3兆億円である。
ちなみに1986年には貿易・サービス収支の黒字は13兆円で、所得収支の黒字は1兆円であった。
 この数字の変化は何を意味するのか。
 要するに、現在日本はもの・サービスの輸出で稼ぐ分がどんどん減っており、それを補うものとして所得収支が増えているということである。所得収支というのは対外的投資の配当や利子などである。金利収入が主である。
 利子というのは古典的な意味では不労所得である。こういう経済はなにか不健全な感じがする。

3、第2に、日本のGDP統計(名目)では、2006年総額508.9兆円中、製造業は108.6兆円である。GDPの21,3%が「もの作り」で生み出されているに過ぎない。
1986年のGDP総額は335.5兆円であり、そのうち製造業は95.8兆円を占めている。これは約30%に相当する。

4、これら二つの数字から我々は何を考えるべきなのであろうか。
 第1に、日本は金融で稼ぐ国になってきているという事実を認識する必要がある。それを踏まえ、そこでの稼ぎを増やすために意識的に努力するということであろう。政府系ファンドを、ロシアなど産油国のみならず中国も立ち上げてきているなかで、日本も政府系ファンドのようなものを考えてみる時期に来ている。自民党内で、そういう議論が始まっているが、これは時宜を得たものだろう。
リスク管理の手法など、これまで日本人が余り得意でなかった分野で、研究や人材の育成を図る必要がある。今次サブプライム問題に見られるように、証券投資など金融で稼ぐ国には、巨額の損失をこうむる危険がある。
 第2に、金融に多くを頼ることの危険に鑑み、日本が得意であった「もの作り」の伝統は、何らかの形で復活させる必要がある。
 このまま「もの作り」を衰退させることは、日本を不労所得に頼る国に堕落させかねない。これは勤労意欲の減退その他の好ましくない結果を招きかねない。
(文責;茂田 宏)

日本人とユダヤ人の関係

1、1月18日、American Jewish Committee(アメリカ・ユダヤ委員会)のサイドマン会長が来訪した。米国で有力な団体であるので、喜んで会談に応じた。イラン、中東和平その他の問題を話し合った。

2、アメリカ・ユダヤ委員会は1906年に出来た、歴史のある団体である。
 この団体が出来た契機に日本は関係がある。1904−1905年、日露戦争があった。このとき日本はロシアに勝利した。ロシア人の中には、なぜ日本のような小国に負けたのか理解出来ない人も多く、そこで出てきたのが日本・ユダヤ結託説であった。ユダヤ人が日本を支援したから負けたのだと言う説が広まり、それがロシアでのユダヤ人迫害、ポグロムにつながった。このときにユダヤ人を守るために在米ユダヤ人が作ったのが、この委員会である。
 日露戦争中、日本は戦費の調達に苦労し国債を発行したが、日本は負けると言う見通しが強く、買い手が多くなかった。これを引き受けて売ってくれたのがユダヤ人の金融家シフであった。日本の当局者には、その記憶が残った。

3、第1次大戦中、1917年、英外相バルフォアはロスチャイルド宛に、ユダヤ人がパレスチナの地に民族の郷土を作ることを認め、それを支援するとの書簡を出した。バルフォア宣言である。これが後にイスラエル建国につながっていく。今のパレスチナ問題もそこから発している。
 ユダヤ人団体は当時強国になっていた日本にこのバルフォア宣言への支持を求めた。日本は珍田大使の書簡で、このバルフォア宣言への支持を伝達した。
 なおついでに言うと、英仏が中東を分割したサイクス・ピコ協定には、日本帝国政府にその内容を伝達するとの条項がある。
 日本は中東で「手を汚していない」との説は、歴史に合致しない。戦後の日本についてはそうだろうが、戦前の日本については、そうもいえない。

4、第1次大戦後のベルサイユ講和会議で、日本は国際連盟規約を含む講和条約のなかに人種差別禁止を盛り込むことを提案した。会議では多数が賛成したが、米国大統領ウイルソンがこういう重要問題は全会一致であるべしとして日本提案を却下した。ウイルソンは理想主義的な大統領とされているが、どうしようもない人種差別主義者であった。
 その後も、日本は人種差別に反対する姿勢を貫いた。その日本は人種差別をその主要なイデオロギーの一部とするナチス・ドイツと同盟を結んだが、人種差別については反対の姿勢を崩さなかった。その一部として、ユダヤ人差別に反対した。1938年12月6日のユダヤ人問題についての5相会議決定がある。杉原千畝さんがリトアニアでユダヤ人に日本を経由地とする査証を発給し、多くのユダヤ人の命を救った。この杉原さんの行為は日本政府の公式的な立場と矛盾したものではなかった。
 杉原さんを顕彰する木がエルサレムのホロコースト記念館、ヤド・バシェムにある。
 人種差別禁止は国連憲章には盛り込まれた。これは連合国が日本との戦争のなかで中国やその他のアジアを連合国側に取り込む必要が生じ、人種差別反対を打ち出したからである。マレーシアのマハティール元首相は一度、アジア人は好んで日本の悪口をいうが、日本がいなかった世界を考えてみたことがあるのか、日本がいなかったら、いまもヨーロッパ人に二流の人間として取り扱われていただろうと述べたことがある。

5、ユダヤ人がイスラエルの建国を宣言したのは1948年である。当時、日本は第2次大戦で敗北し、占領下にあった。日本が占領を脱したのは1952年である。その後、日本とイスラエル間で外交関係の樹立問題が起こった。ナチス・ドイツの同盟国であった国との外交関係の樹立に反対する声がイスラエルではあった。しかしイスラエル外務省が歴史を調べてみると、日本はユダヤ人に対して差別をしたことがないことが判り、外交関係が樹立された。

6、ユダヤ人は世界全体で約2000万人であるが、この民族は世界に多くの影響を与えた。この民族との関係は今後とも大切にすべきである。
 欧米では、ユダヤ人のことを研究する人が多いし、大学ではユダヤ学の講座もある。私は日本でも一つか二つのユダヤ学講座があってもいいのではないかと考え、大学関係者に話したことがある。しかしまだひとつも出来ていない。
(文責:茂田宏)

武器禁輸政策:その成立、理念、効果、影響

1、 ブッシュ米大統領は現在、中東を訪問中である。この訪問の目玉はサウジなど穏健なアラブ諸国に200億ドルに上る武器の供与を行なうことである。
 このニュースを読みながら、1973年の第1次石油ショックを思い出した。当時、日本はサウジに、何故、英仏のように友好国として取り扱われないのか、パレスチナ問題についての日本の態度は英仏よりアラブ寄りではないか、と述べた。
 これに対してサウジ側は、英仏はサウジに武器を売ってくれている、日本もそうしてくれるならすぐ友好国扱いをする、と述べた。日本側は武器禁輸の原則があるので、それは出来ない、パレスチナ問題で何とかするからと言い、それが対イスラエル関係の見直しを示唆する1973年11月の二階堂談話につながった経緯がある。

2、 武器の供与は、受益国にとりODAの供与などと比較にならない重要性を持つ。供与国は、受益国にとり、安全保障という国にとっての大事について協力してくれる国と言うことになる。日露戦争のとき、アルゼンチンが軍艦2隻を日本に割愛してくれたことを未だに忘れていない日本人も多い。
 世界の主要国は武器の輸出を通じて輸入国との関係の強化、自国の防衛産業の強化を図っている。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、1997年―2001年の実績で、武器輸出の多い国を挙げると、1位米、2位ロシア、3位仏、4位英、5位独、6位ウクライナ、7位蘭、8位伊、9位中国、10位白ロシア、11位スエーデンである。資源獲得の手段として、武器供与は威力を発揮する。それが世界の現実である。

3、 しかるに、日本は現在武器禁輸政策を採択し、他国の防衛には協力しないとの姿勢をとっている。この政策の是非は真剣に考えられるべきひとつの問題である。
 なお、日本は自国の防衛のために主として米国より大量の武器を輸入してきた。日本はSIPRIによると1997年−2001年の実績で世界第9位の武器輸入国である。

4、 日本の武器禁輸政策はどうして成立したのか。その理念、効果はどう評価されるのか。現状はどうなっているのか。
(成立経緯)昭和42年4月21日、衆議院決算委で、佐藤総理は武器輸出3原則を明らかにした。
 その内容は、(1)共産国向けの場合、(2)国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合、(3)国際紛争の当事国またはそのおそれのある国向けの場合、は武器の輸出は認めないというものであった。
 このとき、佐藤総理はそれ以外の外国が防衛のために必要とする武器の輸出は差し支えないと答弁したが、この後、武器輸出は行われなくなった。第1次石油ショックは昭和48年である。
 その後、昭和51年2月27日、衆議院予算委員会で、三木内閣は武器輸出について、政府統一見解を明らかにした。
 その内容は、(1)3原則対象地域については、「武器」の輸出を認めない、(2)3原則対象地域以外の地域については、憲法および外国為替法の精神に則り、「武器」の輸出を慎むものとする、(3)武器製造関連設備の輸出については、「武器」に準じて取り扱うものとするというものであり、「武器」の定義も精緻化された。
 この「慎む」の意味について、昭和56年、田中六助通産大臣は「原則として駄目だ」ということであると答弁した。こういう展開を踏まえ、同年3月には、衆・参両院で「武器輸出3原則に関わる決議」が採択された。
(この政策の理念)日本の武器禁輸政策は、日本国憲法第9条のコロラリーのように考えている人がいる。これは必ずしもそうではない。憲法の成立は昭和21年である。戦後、日本の復興は朝鮮特需をきっかけとしたが、特需の太宗は米軍向けの武器輸出であった。昭和43年まで日本は武器輸出をしてきた。
 上述の国会決議では「日本国憲法の理念である平和国家としての立場を踏まえ、・・武器輸出について慎重に対処してきた」としているが、歴史的事実を無視している嫌いがある。
「平和国家としての立場」とはどういう立場なのか。武器商人のことを「死の商人」と呼んだりするが、これが人殺しの手段を売るのはそれ自体が悪であるとの立場であるならば、問題である。この考えを突き詰めると、各国は自国で生産できる武器だけで自国の防衛をすべきである、あるいは国の防衛は必要がないとの考えになる。日本が武器の輸入国であることと、この考え方は整合性が取れない。紛争を助長しない、激化させないために、武器輸出を管理するという考え方であれば判るが、武器輸出の全面禁止をよしとする考え方とその理念は、判りにくいものである。
(この政策の効果)日本の武器禁輸政策は、国際的な平和の増進、維持に役立ったか。これはそうではないといえる。主要国はみな武器輸出国であり、武器を必要とする国は日本からではなく、他の国から、購入できるからである。
 日本が手を汚さない、あるいは紛争からの中立性を保つこと(武器輸出は強い味方を作るが、同時に敵をも作るおそれがある)には貢献したと言える。しかし自分だけがきれいでいたい、紛争の埒外に立ちたいということは、国際社会の一員として取るべき態度なのか、許される態度なのか、検討の余地がある。

5、 武器禁輸政策は、その成立後いくつかの修正を経てきた。
昭和58年には対米武器技術の供与が例外とされた。ついで平成9年12月2日に対人地雷除去装備について、平成12年4月18日に中国における遺棄化学兵器処理事業に用いる装備について、「武器輸出3原則等」を適用しないことになった。さらに平成16年にはミサイル防衛に関する日米協力について、「武器輸出3原則等によらない」とされ、またミサイル防衛以外の米国との共同開発・生産案件とテロ・海賊対策への支援について、「今後、国際紛争等の助長を回避するという平和国家としての基本理念にてらし、個別の案件ごとに検討のうえ、結論を得る」とされた。日本がテロ対策や海賊対策のために巡視船を輸出することなどの可能性が開かれた。
 武器禁輸政策は特例を設けるというかたちで修正されてきている。しかし根本に立ち返っての議論は行われていない。
 世界では現在、武器の国際共同開発が行われている。しかし、日本の企業は武器禁輸政策のため共同開発に参加できないという問題がある。また、輸出禁止のために日本の防衛機器は「規模の経済」(生産量が大きいと単位あたりの原価は低くなる)を享受できず、大変高価になっている。また日本の外交は他の主要国が使っている手段を使えない状況にある。資源獲得競争などが激しくなるなかで、それでいいのかという問題がある。

6、武器輸出については、政府が管理をすることは当然必要である。ただ一括禁止ではなく、より木目の細かい政策が必要とされているのかもしれない。佐藤総理が打ち出した武器輸出3原則は国際的な常識にも沿うものである。三木内閣時代に行われた武器輸出3原則の変容が問題である。これは種々の論議を呼ぶ問題であるが、重要な問題であり、今後論議に値する問題であると考えられる。
(文責:茂田宏)

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