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国家と政治家・官僚についての雑感
1、 最近、外務省の後輩から、子供に外交官を目指せとか官僚(普通、上級試験合格者を言い、
国家公務員すべてを言うのではない)になれと勧める気にならないと聞いた。
私の東大での教え子の話でも、公務員上級試験を受け、公務員になることを志望しない人が増えていると言う。
上級試験合格者はその志望順位に従い、大体3省庁を訪問し、面接などを受けるが、今年はいくつかの省庁で第一日目に募集定員以下の人数しか来なかったとのことである。
日本の衰退が少子・高齢化、政治の混乱、経済の不調その他で引き起こされ、世界における日本の存在感は薄くなっている。
政治家やメディアによる官僚バッシングは、官僚の質の低下を通じて国家としての日本の弱体化を更に進めかねないのではないかと心配である。
2、 国家にとり、優秀な官僚を保持することは重要である。国家は領土、国民、政府からなる
が、政府は政治指導者と官僚からなる。
日本でいうと、総理を中心とする内閣と官僚からなる。この政府がきちんとしないで、国家が繁栄することはない。
政治指導者は国家にとり最重要であるが、国会議員である政治家と官僚のどちらが国家にとり不可欠な存在であるかと言えば、官僚だと答えるのが正しいだろう。
国家が地球上に出現した後、官僚は常に存在したが、議会や議員は比較的後の時代になって出てきた。今の世界でも、議会や議員のない国は多いが、官僚のない国はない。中国、北朝鮮、更にロシアにも、意味のある議会、議員はない。
3、 民主主義国でも優秀な官僚を確保するため、様々な工夫をしている。仏における上級公務
員養成制度、インドにおけるインド行政官制度その他の例がある。待遇面での優遇もあるが、公正な試験で選抜するとともに、合格者には、何よりも国家の仕事への献身を求め、社会的な尊敬など名誉も与えている。
G8諸国で官僚への配慮が比較的少ないのは米である。これは歴史的に、政権を取った党が役職を分配するいわゆるスポイルズ・システムが発達したせいである。政権が変わると、日本での各省庁の局長クラスまで大幅な入れ替えが生じる。このシステムは多くの不都合も伴う。他の主要国はこのシステムを採用せず、官僚が政治と距離を置くシステムにしている。官僚に長期的視点で国家事務に専心させるためには、後者のシステムが優れていると考えられる。
4、 日本の官僚については、守屋防衛次官など幾人かの不心得者がいたことは否定しがたいが、
総体としてみれば、国際的にも高い評価を受け、廉潔で優秀である。少数の例外的事例を口実に、この世界に冠たる官僚制度を攻撃し、その質や士気の低下を招くことは間違いであろう。優秀な人が官僚にならないで、外資に行くなど、既に悪循環が始まっている。
官僚の不祥事を指摘することはメディアの責任であるし、国政を国民の視点でチェックするのは議員の責任である。しかし国家のため、官僚の不評判と質の低下の悪循環を断ち切る必要がある。
廉潔性という点では官僚の方が政治資金を集めなければならない政治家より上である。政治家が選挙区の利益という個別利益の代表に成り勝ちであるのに対し、官僚の方が国家全体の利益を考えている。省益擁護に堕しているという批判も、たとえば財務省主計局は財政の全体を、外務省は国益を,考えざるを得ないので、的を射た批判である面は限られている。
5、 官僚主導政治と政治主導政治を対立するもののように考え、そのいずれをとるかという問
題提起も基本的に間違っている。政治家と官僚の役割は違う。官僚は政治などやってはいない。行政をやっている。法に従い、横並びを考えて公正な行政をし、政策提言をしようとしているのである。政治の本質は権力闘争であるが、官僚はそんなことをしているのではない。
政治家と官僚は対立するのではなく、協力して、あるいは総理や閣僚が官僚を指導して、国家を良くする事に努めるのが筋である。政治家が官僚バッシングをして人気を博そうというのは筋違いである。何処の会社の社長が社員のバッシングに力を注ぎ、業績を上げられるだろうか。指導力のなさを笑われるだけである。小泉総理が「自民党をぶち壊す」と言ったのをもじって、「霞ヶ関をぶっ壊す」と小池百合子さんは言っている。「霞ヶ関」は国家の重要な構成部分である。改革の意思を強調した発言であろうが、文字通りにとれば、国家機能を壊すということになる。
政治が混迷の時代を迎える中で、国家の安定のためにも官僚がしっかりする必要がある。今の日本では、官僚バッシングをやっている余裕などないのではないか。
6、 なお、国の財政が危機的状況にある主たる責任は役人の無駄遣い(これはこれで是正すべ
きであるが)にではなく、政治家が地元に公共事業を引っ張ってくるなど、政治の結果である面が大きい。竹下総理の故郷創生のために各市町村に1億円を配布した政策、あるいは本州と四国に3本の橋を架けたことなどを思い出せばよい。
優秀な人に官僚として国家のことを真剣に考え、国家の事務に献身してもらうという問題に比較すると、人事を省庁から内閣に移すなどは小さな問題である。小事で大事をゆがめてはならない。
(文責:茂田 宏)
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