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国家と日本の再生について

1、 私は外交官として40年近く勤務をしてきた。その際に指針として来たのはひたすら国のことを思うということであった。外交の現場においては、色々な事件に遭遇するし、その処理で手いっぱいになることも多いが、常に国のことを思うのが外交官の仕事であると考えてきた。
最近の論調のなかで、グローバリゼイションやポスト・モダニズムにより、国家や国家主権が溶解してきているという見解があるが、私は賛成しない。欧州の統合プロセスで、欧州が一つの統合された主権国家になったとしても、この欧州合衆国も国家である。欧州以外では国家の観念は強まりこそすれ、衰退はしていない。中世的秩序が出てきているのではないかと言う観察は根拠薄弱である。

2、 私は国家というのはテンニ―スの定義に従えば、ゲマインシャフトであって、ゲゼルシャフトではないと考えている。特に日本のような民族国家は、ゲマインシャフトである。その構成員は利益を中心に結びついているものではなく、自然的に結びついている。我々の大多数は日本人であることを利益の観点から選択したのではなく、自然に日本人である。
 日本人がこの日本を大切に思う気持ちは自然な感情であり、それは尊重すべきである。愛国心は、世界において普遍的に見られる現象である。
一部の日本人が日の丸の掲揚や君が代斉唱に反対しているが、戦争中の極端な国家主義への反発と連合国側の日本弱体化のための洗脳教育が相まった効果であり、時と共に解消されていくだろう。
「自虐史観」と言われるような問題も時間と共に解消されていくだろう。民族や国家はその歴史、物語を持っている。物語には色々あってよいが、自らを道徳的に間違ったことをした国家や民族として位置づけること、自らを否定するような物語は結局なくなってしまうと私は考えている。国家も人も自己否定ではなく、自己肯定をしなければ、生きていけないからである。
その上、日本の歴史は全体としては誇るに値する歴史である。先の戦争も、人種の平等の思想が国連憲章にはじめて記されたように意味はあった。各国の歴史には栄光も屈辱も素晴らしい点も汚点もある。それは米英を含め、すべての国に当てはまることである。先の大戦を美化することはないが、汚点をも認めつつ、日本の歴史は、全体としては誇りに値するというのが私の考えである。
私はソ連圏の崩壊の際にモスクワに勤務していたが、ソ連圏の崩壊後、最初にフィンランドや東欧諸国で起こったことは、歴史の書き換えであった。ソ連のあからさまな侵略による1939年のソ連・フィンランド戦争を、ソ連側の見解に沿って記述していたそれまでの教科書は改訂された。同じようなことがハンガリーでは、1956年のハンガリー動乱について、チェコでは1968年の「プラハの春」について行われた。
フィンランド化とは何か。それはフィンランド人から、その歴史、物語を奪うことであった。日本も政治の最高指導者が靖国神社に戦没者を弔いにもいけない国ではないかとも言われる。外国の言い分を受け入れたかのような、そういう状況は是正される必要がある。日本民族の物語は複数あってよいが、外国が政治的意図をもって書いた物語は、これを拒否するべきであろう。
韓国の中学校の「道徳」の教科書には、「過去はもちろん未来も我々の安全と福祉の責任を負ってくれるのは国家しかないというのが支配的見解だ」と書いている。人権も国家がなくなれば、保障されない。イスラエルでは、ようやく出来たユダヤ人国家を存続させることが何よりも優先される。日本人はユダヤ人や韓国人のように国家を失ったことはないので、国家の重要性を意識しない嫌いがある。

3、 私がこのブログで取り上げた日本外交の諸問題の元には、敗戦後の日本が置かれた国際的状況とそれへの日本人の反応がある。
戦後、日本人は自衛のため以外の軍事力は持たないこと、その軍事力も攻撃的なものは排除して、防衛的なものにし、ドクトリンとしては専守防衛に徹すること、武器は輸出しないこと、日米同盟以外の同盟は排除することなど、自己規制をしてきた。日本のみがアジアで先進的な工業力と科学技術力を持つ時代にはそういう政策の有効性もあった。しかし時代は変わってきている。日本が脅威を与える心配よりも、日本に対する脅威を心配する時代になった。中露の軍拡、北の先軍政治がある。
私は戦後日本の思想の総点検を行うこと、そして不必要な自己規制を撤廃し、日本人の力をいたずらに抑えることを止めることが、日本外交の再生、ひいては日本の再生につながると考えている。
1946年憲法をはじめとする戦後日本の迷妄を明確に批判し、拒否することが必要である。
日本は今苦境にある。苦境の際に日本を救ってきたのは、秩序感覚に優れた、勤勉で有能な一般国民であって、エリートではなかった。経済の面でも規制を出来る限り撤廃し、国民の真価を発揮させるところに再生のカギがある。

4、これでこのブログは終わりにします。長い間、読んでいただきありがとうございました。皆さん、よいお年をお迎えください。
(文責:茂田 宏)

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核兵器の問題

核兵器の問題

1、 日本は核兵器の威力を身をもって体験した唯一の核被爆国である。私はこれまで広島、長崎を何度も訪ね、原爆の破壊力、その非人道性を見てきた。広島、長崎への原爆投下は軍事目標ではなく、都市を攻撃したもので、戦争法上、違法であると考えている。
1996年7月に国際司法裁判所は、核兵器の使用および威嚇の合法性に関する勧告的意見(一般的に国際法、特に人道に関する国際法に違反。しかし国家存亡の危機の使用は合法か違法か、結論を出せない)を出しているが、それが今の国際社会の意見であろう。

2、核兵器について広島、長崎で私が考えたことは、日本国民がこういう惨禍に再び見舞われてはならない、それが何よりも重要である、ということである。

3、 日本の戦後の核兵器政策は、国是と言われる非核3原則である。しかしこの政策は、日本が再び核の惨禍に見舞われるのを阻止するのに資する政策かというと、そうではない。核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずというのは、広島、長崎の経験を踏まえた反核感情に沿う政策であるが、国際政治の現実を踏まえた国家安全保障政策として、適切であるのか疑問である。
戦後の日本では、核兵器の問題を安全保障政策上の問題として討議することはタブーになってきた。広島、長崎での原爆の悲惨さが語られることがあっても、何故今も核兵器が引き続き多くの国の安全保障政策の中で重要な位置付けを占めているのかについての真面目な議論はない。これはあたかも戦争の悲惨さを語ることに熱心であるが、戦争がなぜ起こるかを研究しない戦後の日本に支配的な姿勢と軌を一つにしている。
ある時NHKの討論番組で、ある高名な国際政治学者が、日本が核保有することには何のメリットもなく、マイナスばかりであると発言していた。国際政治学者の意見とはとても思えない発言である。
米が1945年にこの兵器を開発した後、1949年にソ連が、1952年に英が、1960年に仏が、1964年に中が、1974年にインドが、1988年にパキスタンが、2006年に北朝鮮が核兵器を実験した。イスラエルと南アも核兵器を保有した。南アは黒人政権成立直前に廃棄した。イラン、リビヤ、シリヤ、イラクも開発しようとした。中華民国(台湾)も開発を試みたが、米の要求を受け入れ、やめたことを2007年に公表した。韓国も朴政権時代に開発しようとした。ブラジルとアルゼンチンも、1990年に共同で核開発停止を発表するまで開発努力を続けた。中立国であるスエーデン、スイスも核兵器開発を行っていたが、スエーデンは1970年に核不拡散条約署名とともに開発計画を放棄し、スイスは1988年に放棄した。
これらの国は、自国の安全保障のために核兵器の保有が必要であると、一時的にではあれ判断した。この国際政治学者の言うように、核兵器保有が何のメリットもなく、マイナスばかりであるのなら、なぜかくも多くの国が核のオプションを考えたのか、説明がつかない。国際政治の議論は現実をよく見て、それに基づきなされなければならない。
核兵器の保有はその国にとり大きな安全保障上のメリットがあると言う考え方は十分に成り立つ。にもかかわらず、それを断念すると言う決断をすることもありうる。それは周辺からの脅威や核保有同盟国の有無など、諸要因を考えて決めるべき問題である。
ドゴールが米と同盟しつつ、何故独自の核保有を必要と判断したのか。毛沢東が「上策は核をすべてなくすこと、中策は他国も持っているから持つこと、下策は他国が持っているのに自分だけ持たないことであるが、中国は中策を選ぶ」とした判断をどう考えるか。英国でトライデント潜水艦更新時に毎回繰り返される、米の核の傘に頼るだけで十分で独自核は要らないのではないかとの論争と、それが毎回独自核保有は必要と言う結論になることをどう考えるか。そういう議論をよく踏まえた上で、かつ周辺の状況もよく見た上で、日本も議論をすべきであると考える。単にタブー視して、議論を避けるのは責任ある態度ではない。

4、 日本は不幸なことに核兵器保有国に取り囲まれている。同盟国の米に加え、中・露・北朝鮮がある。再び日本が核の惨禍に見舞われないために、これらの国、特に北朝鮮による核兵器攻撃はしっかりと抑止する必要がある。そのためには、今は米の核の傘しか頼るものがない。
米の核の傘については、二つの事例をよく考える必要がある。
第1:1975年にソ連が欧州の都市攻撃が出来る中距離弾道ミサイルSS−20をソ連欧州部に配備した。ドイツの当時のシュミット首相はこの兵器は米と欧州の安全保障をディカプリングする(切り離す)効果があると主張した。シュミットが言ったのは、「米国がベルリンを守るために米国から反撃したら、ソ連はニューヨークやワシントンを攻撃するだろう。しかし米国がベルリンを守るためにニューヨークやワシントンを犠牲にすることはないであろうから、したがって欧州より発射される核ミサイルで反撃するしかない。」ということであった。それで、欧州へのパーシングIIと核弾頭搭載巡航ミサイルの配備をすること、同時にソ連とこのミサイルを撤去する交渉を行うことになった。結局この問題は、1987年に中距離核戦力全廃条約が米ソ間で締結され、パーシングIIと巡航ミサイルおよびSS−20が廃棄されることになった。 極東地域に配備されていたSS−20も廃棄された。日本ではディカプリングの議論は起きなかった。
この事例で注目すべきことは、米国がシュミットの議論を受け入れたことである。米本土が攻撃を受けることを覚悟しベルリン攻撃に反撃するのか否かについて、不確定性があることを米は認めたのか。私は米国の当局者にこの点を何度か質問したことがある。答えは核の使用は状況によるが、シュミットの論を受け入れたわけではない、しかしシュミットは重要同盟国の首脳であるので、彼の懸念には配慮すべしということであった、との説明であった。
中国は核戦力を増強し、米ソが廃棄した中距離核ミサイルを保有するほか、今や米本土攻撃能力を持ってきている。東京への攻撃に反撃するためにロス・アンジェルスやサンフランシスコを犠牲にする用意が米にあるのかが、シュミット式の考えをすれば問題になる。
更に北のミサイルが米本土攻撃能力を持つ日は近付きつつある。
そういう中で、米の核の「持ち込み」を排除する非核3原則の第3原則は大きな問題をはらむ。
現に韓国では、米戦術核の再導入が議論されている。
第2:NATOでは、核共有の制度がある。これにはベルギー、ドイツ、イタリー、オランダなどが入っている。同じようなシステムを日米でも作り、米の核使用について日本も発言権を持っておくべきではないかという問題がある。

日本が再び核攻撃を受けないために、どうすればよいのかを現実を踏まえて考えることが求められている。核不拡散条約のこともあるが、反核感情に配慮するだけでこの問題を済ますわけにはいかない。

5、 戦後の国際政治において、核兵器が果たした役割は大変大きい。この兵器は人間の戦争と平和に対する考え方に大きな影響を与えた。フルシチョフが平和共存政策を打ち出した背景には、核戦争が人類の滅亡につながるとの認識があり、マルクス・レーニン主義の帝国主義勢力との戦争不可避論の転換であった。エジプトのサダトがイスラエルとの戦争はもうできないと考えた背後にはイスラエルの核があった。
米ソの冷戦が熱戦にならなかったのは、米ソ間で核の破壊力への恐怖に基づく戦争抑止があったからである。
この問題は避けて通るには大きすぎる問題であろう。

6、 私はこの夏、「終戦史録」を読み返した。
広島、長崎の人々は原爆の犠牲になることにより、一億玉砕も辞さずという軍の戦争継続論を圧倒し、戦争をやめさせた。我々がいま生きているのはこの尊い犠牲によるということがよくわかった。我々は彼らに感謝しなければならない。
広島や長崎の人々は広島、長崎の被爆の実相を世界に伝えることに努めている。これはこの非人道的な核兵器が人々に対し使われないようにするために役立つことであり、今後も続けるべきであろう。
しかし国際政治の現実をみると、核兵器をなくすのはほぼ不可能である。人間は一度得た知識を忘れ去ることはできないし、核保有国が核を全部廃棄することは近い将来考えられない。我々は核兵器と共存せざるを得ない。核兵器が抑止機能のみを果たし、実際に使われないようにすることが大切である。
(文責:茂田 宏)

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