<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?>
	<rss version = "2.0"  xmlns:blogChannel="http://backend.userland.com/blogChannelModule">
		<channel>
			<title>国際情報センター</title>
			<description>１、主要国の主要メディアをフォローし、必要な分析を加え、注目点をお知らせ。（メディアにリンク）
２、国際情勢判断資料（政治・外交中心）を掲載。
３、時事問題についての論説を掲載。
４、質問に回答。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
		<image>
			<title>国際情報センター</title>
			<url>https://s.yimg.jp/i/jp/blog/iym_img.gif</url>
			<description>１、主要国の主要メディアをフォローし、必要な分析を加え、注目点をお知らせ。（メディアにリンク）
２、国際情勢判断資料（政治・外交中心）を掲載。
３、時事問題についての論説を掲載。
４、質問に回答。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center</link>
		</image>
		<item>
			<title>国家と日本の再生について</title>
			<description>国家と日本の再生について&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１、	私は外交官として４０年近く勤務をしてきた。その際に指針として来たのはひたすら国のことを思うということであった。外交の現場においては、色々な事件に遭遇するし、その処理で手いっぱいになることも多いが、常に国のことを思うのが外交官の仕事であると考えてきた。&lt;br /&gt;
最近の論調のなかで、グローバリゼイションやポスト・モダニズムにより、国家や国家主権が溶解してきているという見解があるが、私は賛成しない。欧州の統合プロセスで、欧州が一つの統合された主権国家になったとしても、この欧州合衆国も国家である。欧州以外では国家の観念は強まりこそすれ、衰退はしていない。中世的秩序が出てきているのではないかと言う観察は根拠薄弱である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２、	私は国家というのはテンニ―スの定義に従えば、ゲマインシャフトであって、ゲゼルシャフトではないと考えている。特に日本のような民族国家は、ゲマインシャフトである。その構成員は利益を中心に結びついているものではなく、自然的に結びついている。我々の大多数は日本人であることを利益の観点から選択したのではなく、自然に日本人である。&lt;br /&gt;
　日本人がこの日本を大切に思う気持ちは自然な感情であり、それは尊重すべきである。愛国心は、世界において普遍的に見られる現象である。&lt;br /&gt;
一部の日本人が日の丸の掲揚や君が代斉唱に反対しているが、戦争中の極端な国家主義への反発と連合国側の日本弱体化のための洗脳教育が相まった効果であり、時と共に解消されていくだろう。&lt;br /&gt;
「自虐史観」と言われるような問題も時間と共に解消されていくだろう。民族や国家はその歴史、物語を持っている。物語には色々あってよいが、自らを道徳的に間違ったことをした国家や民族として位置づけること、自らを否定するような物語は結局なくなってしまうと私は考えている。国家も人も自己否定ではなく、自己肯定をしなければ、生きていけないからである。&lt;br /&gt;
その上、日本の歴史は全体としては誇るに値する歴史である。先の戦争も、人種の平等の思想が国連憲章にはじめて記されたように意味はあった。各国の歴史には栄光も屈辱も素晴らしい点も汚点もある。それは米英を含め、すべての国に当てはまることである。先の大戦を美化することはないが、汚点をも認めつつ、日本の歴史は、全体としては誇りに値するというのが私の考えである。&lt;br /&gt;
私はソ連圏の崩壊の際にモスクワに勤務していたが、ソ連圏の崩壊後、最初にフィンランドや東欧諸国で起こったことは、歴史の書き換えであった。ソ連のあからさまな侵略による１９３９年のソ連・フィンランド戦争を、ソ連側の見解に沿って記述していたそれまでの教科書は改訂された。同じようなことがハンガリーでは、１９５６年のハンガリー動乱について、チェコでは１９６８年の「プラハの春」について行われた。&lt;br /&gt;
フィンランド化とは何か。それはフィンランド人から、その歴史、物語を奪うことであった。日本も政治の最高指導者が靖国神社に戦没者を弔いにもいけない国ではないかとも言われる。外国の言い分を受け入れたかのような、そういう状況は是正される必要がある。日本民族の物語は複数あってよいが、外国が政治的意図をもって書いた物語は、これを拒否するべきであろう。&lt;br /&gt;
韓国の中学校の「道徳」の教科書には、「過去はもちろん未来も我々の安全と福祉の責任を負ってくれるのは国家しかないというのが支配的見解だ」と書いている。人権も国家がなくなれば、保障されない。イスラエルでは、ようやく出来たユダヤ人国家を存続させることが何よりも優先される。日本人はユダヤ人や韓国人のように国家を失ったことはないので、国家の重要性を意識しない嫌いがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３、	私がこのブログで取り上げた日本外交の諸問題の元には、敗戦後の日本が置かれた国際的状況とそれへの日本人の反応がある。&lt;br /&gt;
戦後、日本人は自衛のため以外の軍事力は持たないこと、その軍事力も攻撃的なものは排除して、防衛的なものにし、ドクトリンとしては専守防衛に徹すること、武器は輸出しないこと、日米同盟以外の同盟は排除することなど、自己規制をしてきた。日本のみがアジアで先進的な工業力と科学技術力を持つ時代にはそういう政策の有効性もあった。しかし時代は変わってきている。日本が脅威を与える心配よりも、日本に対する脅威を心配する時代になった。中露の軍拡、北の先軍政治がある。&lt;br /&gt;
私は戦後日本の思想の総点検を行うこと、そして不必要な自己規制を撤廃し、日本人の力をいたずらに抑えることを止めることが、日本外交の再生、ひいては日本の再生につながると考えている。&lt;br /&gt;
１９４６年憲法をはじめとする戦後日本の迷妄を明確に批判し、拒否することが必要である。&lt;br /&gt;
日本は今苦境にある。苦境の際に日本を救ってきたのは、秩序感覚に優れた、勤勉で有能な一般国民であって、エリートではなかった。経済の面でも規制を出来る限り撤廃し、国民の真価を発揮させるところに再生のカギがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４、これでこのブログは終わりにします。長い間、読んでいただきありがとうございました。皆さん、よいお年をお迎えください。&lt;br /&gt;
（文責：茂田　宏）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/38554740.html</link>
			<pubDate>Sat, 31 Dec 2011 12:51:43 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>インテリジェンス強化問題</title>
			<description>インテリジェンス強化問題&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１、	私はモスクワで外交官として働き始めたが、ＫＧＢが大使館を盗聴する、館員を情報提供者にしようと試みるなどの中で、インテリジェンス機関はけしからんことをするという気持ちを持った。&lt;br /&gt;
しかしその後、色々な経験を経て、外交は的確な情報、それも独自な情報、それに基づく情勢判断を踏まえて行う必要があり、独自情報なしに独自外交もないと考えるに至り、かつ国家安全保障のためには、他の大国と同様、対外インテリジェンス機関を日本も保有すべきであると考えるに至った。&lt;br /&gt;
戦後、連合国は日本を弱体化することがよいとの観点から、諸政策を展開したが、その一つが、日本からインテリジェンス機能を奪うということであった。結果として、戦後の日本には国家機能の重要な機能である対外インテリジェンス機能が欠落してきた。&lt;br /&gt;
もちろん、外務省、防衛省、警察庁、法務省、内閣調査室などが、その業務の必要上インテリジェンス機能をある程度果たしているが、不十分である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２、	インテリジェンスをめぐっては、多くの課題があるが、重要なのは次の通り。&lt;br /&gt;
第１：対外インテリジェンス機能の欠落を是正するために、対外情報庁を作ること。「ウサギは長い耳を持つ」ように、今の日本には、情勢への敏感さが要る。&lt;br /&gt;
第２：この対外情報庁は政策当局からは独立し、客観的な情報や情勢判断を政治指導部に提供する仕組みとすること。&lt;br /&gt;
政策機能と情報機能は分離しておかないと、時の政府の政策的嗜好を支持する情報が優先される危険がある。情報は政策立案・遂行に誤りなきを期するためのものであるが、「政治化された情報」は排除する必要がある。&lt;br /&gt;
戦前の日本は今よりはましであったが、それでも情報軽視の体質があり、それゆえに失敗もした。&lt;br /&gt;
「必勝の信念」が強調され、客観的に戦争に負けているとの判断を言うことなど、出来ない雰囲気であり、冷静な情勢判断に基づく政策展開が困難であった。&lt;br /&gt;
真珠湾攻撃を行ったのは１９４１年１２月８日であったが、そのたった１週間後にルーズベルト大統領はスターリンに、モスクワ攻防戦でのソ連の勝利に連合国を代表して祝電を送っている。欧州戦線でのドイツの勝利を前提とした日本の戦略は、欧州情勢を緻密に見ておれば、成り立つのかどうかを疑ってみる余地があった。ドイツの春季攻勢に期待するという当時の判断は、希望的観測であったことが事後的に明らかである。&lt;br /&gt;
松岡外相が日ソ中立条約を結んだ時に、その延長として４カ国協商（日独伊ソ）を構想していたが、その２カ月後独ソ戦が始まった。ドイツの出方の見通しを誤った。&lt;br /&gt;
そういう情勢判断の誤りは、戦前の日本の失敗の多くに見られる。&lt;br /&gt;
歴史をみると、国家も国民も集団ヒステリーに陥ることがある。その解毒剤として、冷徹な情勢判断を行う機関を、政策当局とは別に保有しておくことが重要である。&lt;br /&gt;
ベトナム戦争の際に、米国では、ベトコンの勢力の評価で情報機関と軍は対立した。軍が戦果を強調したのに対し、情報機関はそうでもないとした。現在のアフガン戦争についても、軍と情報機関との間でタリバンの勢力の評価について同じような対立がある。軍は自らの戦果を強調しがちである。最後は政治指導部が決めることではあるが、こういう議論があることが国を誤らせないことにつながる。&lt;br /&gt;
なお平時においても情報が重要な局面は多々ある。&lt;br /&gt;
第３：対外情報機能と国内情報機能は峻別されるべきこと。&lt;br /&gt;
各国での情報機関のあり方は色々な試行錯誤を経て出来てきたものであるが、明確なパターンがある。&lt;br /&gt;
旧ソ連のＫＧＢ、朴大統領時代の韓国のＫＣＩA、中国の国家安全部、アラブ諸国のジェネラル・インテリジェンスはすべて、対外情報と国内情報を一緒に扱っている。公安警察的機能を持っている。&lt;br /&gt;
これに対し、民主主義国では、対外情報と国内情報は峻別されている。&lt;br /&gt;
米国ではＣＩＡが対外情報を、ＦＢIが国内情報を、英国ではＭＩ６が対外情報を、他の機関が国内情報を、イスラエルではモサッドが対外情報を、シンベトが国内情報を受け持っている。ソ連崩壊後、最初になされた改革の一つは、ＫＧＢを対外情報機能と国内情報機能に分割することであった。&lt;br /&gt;
対外情報の手法を国内で使うことは人権の侵害につながる怖れがあり、人権を尊重する立場からこういう峻別がなされている。日本も当然そうすべきであろう。&lt;br /&gt;
国内情報については、法執行機関が法に基づき行うべきである。国家安全保障のための対外情報はその目的を踏まえ、別に組織されるべきである。手法も独自のものであるべきである。&lt;br /&gt;
現在の内閣調査室は国内情報と対外情報を一緒に扱うと言う民主主義国にふさわしくない形になっている。是正されるべきであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３、	インテリジェンスの問題は幅の広い問題である。機密保護なしにインテリジェンスは成り立たないから、機密保護法制も強化する必要がある。これにも漏洩を防ぐことのほかに、いわゆる日本の機密の探知罪をどうするのか、機密の定義をどうするのか、罰則はどうするのかなど、諸課題がある。&lt;br /&gt;
インテリジェンスの監視の問題もある。国会が民主主義的な監視をするのが最善であるが、国会議員は院内での発言について責任を問われないと言う憲法の規定があり、国会議員が国会で機密の暴露をした場合、処罰が出来ないという問題もある。&lt;br /&gt;
徐々に体制を整えていくしかないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４、インテリジェンスは秘密の手段で相手の秘密を探知する活動を行い、情報を収集すること、それを公開情報などと照らし合わせつつ分析し、その時点で最良の情勢判断・見通しを提供すること、場合によっては、非公然活動を行うこと（私は、取りあえず日本はこれには手を染めないようにしたらよいと考えている）などである。&lt;br /&gt;
スパイ活動のようなものもインテリジェンスの重要な一部であるが、インテリジェンス活動はそういうものに限られるわけではない。情報の収集に加え、分析することも重要である。要するに的確な情勢にもとづき、対外政策を展開すると言うことである。&lt;br /&gt;
インテリジェンス機能の強化の問題を各省庁の縄張り争いの問題で停滞させず、真剣に検討すべき時期が来ている。ままごとのようなことをするのではなく、本格的な対外情報機関を作り、試行錯誤をしながら進んでいくことが、日本の将来にとり重要である。インテリジェンス機能をしっかりさせるためには相当な時間がかかり、促成栽培はできない。&lt;br /&gt;
（文責：茂田　宏）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/38552067.html</link>
			<pubDate>Fri, 30 Dec 2011 17:22:12 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>外交と歴史問題</title>
			<description>外交と歴史問題&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１、	中国と韓国は日本に対し、歴史的に日本が犯した罪として侵略と植民地支配、およびそれに関連した事を取り上げ、謝罪などを要求してきた。最近の事例としては、１２月１８日訪日した韓国の李明博大統領が、いわゆる従軍慰安婦問題を野田総理との会談で相当な時間を通じて取り上げ、謝罪と賠償を求めた。野田総理は、賠償の問題は既に法的に解決済みである、人道的な見地から何が出来るか考えたいと述べたとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２、	日本政府は近隣諸国の歴史問題の提起に対しては、これまで相手国との関係に配慮して反省の意を示してきた。その中でも、戦後５０周年の終戦記念日の村山談話が有名である。しかしこの談話後も、歴史問題は日韓間、日中間で折に触れ、提起されている。&lt;br /&gt;
中韓がこういう問題を提起するのをやめさせる手立てはないが、日本政府として、この「歴史問題」を解決する可能性はないし、そうしようとしないことが肝要である。問題が生ずるたびに声明や談話を出すことはやめ、出来るだけ他の問題に波及しないようにマネージしていくしかない。&lt;br /&gt;
その理由は次の通り。&lt;br /&gt;
第１：歴史学、あるいは歴史科学と言われることがあるが、歴史は「物語」であって、「科学」ではない。&lt;br /&gt;
科学的な命題というのは価値中立的、あるいは没価値的である。たとえば物理学で万物はお互いに引き合うという法則は、共産主義がよいか資本主義がよいかという価値観とは無関係に成り立つ。没価値的であるから、広く受け入れられる。&lt;br /&gt;
これと異なり、歴史の判断は価値の判断と切っても切れない関係にある。各国家や民族は特有の物語、すなわち歴史を持ち、他国や他民族とそれが一致することは期待できない。たとえば英国では長い間、米国初代大統領ジョージ・ワシントンは反逆者ワシントンと教科書に書かれていた。歴史解釈がその国家内、民族内でも争われることも普通である。&lt;br /&gt;
第２：現在、国連事務総長である播基文さんが韓国の外相であったころ、彼は日本政府には「正しい歴史認識」をもってほしいと発言したことがある。&lt;br /&gt;
私は、日本政府は「正しい歴史認識」を持つべきではないと考えている。ソ連を私は専門にしていたことがある。ソ連では、国民は「正しい歴史認識」を持つことが奨励された。しかしその実態は何度も書きかえられたソ連共産党史などであった。最初の党史ではレーニンと協力していたトロツキーが、スターリンが党内闘争で勝利した後の党史では、古い写真からも削除されるなど、ほぼ影も形もなくなっている。私がモスクワ大学にいた頃は、フルシチョフが追放され、ブレジネフ政権であった。当時モスクワ大学の学者などが動員され、フルシチョフ時代の「大祖国戦争史」の書き換えが行われていた。前の版でウクライナ戦線で大活躍したとされているフルシチョフの役割を、正しく位置づける（あまり大活躍したとしない）作業が行われていた。戦前の日本でも「正しい歴史認識」があり、これでは楠正成はよい人で足利尊氏はよくない人であった。&lt;br /&gt;
歴史認識は各人にとり、その価値観やアイデンティティと密接に結びついている。そういう中で、政府がこういう歴史認識が正しいと決めるのは、思想や良心の自由を尊重する自由民主主義国としての日本の政府としてはやってはならないことである。「正しい歴史認識」は思想の弾圧につながることである。&lt;br /&gt;
日本にはマルクス主義史観、自由主義史観、皇国史観など色々な史観がある。先の大戦についても、大東亜戦争、太平洋戦争、１５年戦争など、人それぞれに呼び方が異なり、天皇陛下は戦没者慰霊祭では「先の大戦」としか言っていない。この日本史の１大事件にまだ名前さえついていない。これが歴史問題の難しさを良く表している。&lt;br /&gt;
日本政府はそういう問題に深入りする必要はないし、すべきではない。（国内での歴史教育の在り方につては、特異な日本国内での事情があることを踏まえ、考える必要があるが、ここではその問題は論じない。）&lt;br /&gt;
第３：中韓が歴史問題を提起して外交問題になった際にも、日本政府としてはそういう問題に関与することをよしとしないとして、拒否する姿勢を取る方がよい。&lt;br /&gt;
そういう原則的立場からすれば、村山談話でさえ問題である。それに反したということで、田母神航空幕僚長を更迭するなど、思想を理由にした弾圧のようなことである。ただ村山談話はもう出してしまったものであり、いまさら撤回したり、変えたりするわけにもいかない。&lt;br /&gt;
これを繰り返すだけにして、これ以上の踏み込みはしないことが、歴史問題を外交の場で取り扱う基本方針であるべきであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３、	すっぱりと謝罪すれば歴史問題に悩まされなくなるというのは、今までの経緯に鑑みそうではないことが証明されている。その誘惑に引きずられてはならない。謝罪は、することより受け入れられることが大切と言うこともある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４、	なお東京裁判史観について、私は東京裁判は全くの茶番劇であり、こういうことをしたのは日系米人の収容所送りや原爆投下と並んで、米国史にとっての汚点であると考えている。&lt;br /&gt;
（文責：茂田　宏）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/38547016.html</link>
			<pubDate>Wed, 28 Dec 2011 22:08:37 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>核兵器の問題</title>
			<description>核兵器の問題&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１、	日本は核兵器の威力を身をもって体験した唯一の核被爆国である。私はこれまで広島、長崎を何度も訪ね、原爆の破壊力、その非人道性を見てきた。広島、長崎への原爆投下は軍事目標ではなく、都市を攻撃したもので、戦争法上、違法であると考えている。&lt;br /&gt;
１９９６年７月に国際司法裁判所は、核兵器の使用および威嚇の合法性に関する勧告的意見（一般的に国際法、特に人道に関する国際法に違反。しかし国家存亡の危機の使用は合法か違法か、結論を出せない）を出しているが、それが今の国際社会の意見であろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２、核兵器について広島、長崎で私が考えたことは、日本国民がこういう惨禍に再び見舞われてはならない、それが何よりも重要である、ということである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３、	日本の戦後の核兵器政策は、国是と言われる非核３原則である。しかしこの政策は、日本が再び核の惨禍に見舞われるのを阻止するのに資する政策かというと、そうではない。核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずというのは、広島、長崎の経験を踏まえた反核感情に沿う政策であるが、国際政治の現実を踏まえた国家安全保障政策として、適切であるのか疑問である。&lt;br /&gt;
戦後の日本では、核兵器の問題を安全保障政策上の問題として討議することはタブーになってきた。広島、長崎での原爆の悲惨さが語られることがあっても、何故今も核兵器が引き続き多くの国の安全保障政策の中で重要な位置付けを占めているのかについての真面目な議論はない。これはあたかも戦争の悲惨さを語ることに熱心であるが、戦争がなぜ起こるかを研究しない戦後の日本に支配的な姿勢と軌を一つにしている。&lt;br /&gt;
ある時ＮＨＫの討論番組で、ある高名な国際政治学者が、日本が核保有することには何のメリットもなく、マイナスばかりであると発言していた。国際政治学者の意見とはとても思えない発言である。&lt;br /&gt;
米が１９４５年にこの兵器を開発した後、１９４９年にソ連が、１９５２年に英が、１９６０年に仏が、１９６４年に中が、１９７４年にインドが、１９８８年にパキスタンが、２００６年に北朝鮮が核兵器を実験した。イスラエルと南アも核兵器を保有した。南アは黒人政権成立直前に廃棄した。イラン、リビヤ、シリヤ、イラクも開発しようとした。中華民国（台湾）も開発を試みたが、米の要求を受け入れ、やめたことを２００７年に公表した。韓国も朴政権時代に開発しようとした。ブラジルとアルゼンチンも、１９９０年に共同で核開発停止を発表するまで開発努力を続けた。中立国であるスエーデン、スイスも核兵器開発を行っていたが、スエーデンは１９７０年に核不拡散条約署名とともに開発計画を放棄し、スイスは１９８８年に放棄した。&lt;br /&gt;
これらの国は、自国の安全保障のために核兵器の保有が必要であると、一時的にではあれ判断した。この国際政治学者の言うように、核兵器保有が何のメリットもなく、マイナスばかりであるのなら、なぜかくも多くの国が核のオプションを考えたのか、説明がつかない。国際政治の議論は現実をよく見て、それに基づきなされなければならない。&lt;br /&gt;
核兵器の保有はその国にとり大きな安全保障上のメリットがあると言う考え方は十分に成り立つ。にもかかわらず、それを断念すると言う決断をすることもありうる。それは周辺からの脅威や核保有同盟国の有無など、諸要因を考えて決めるべき問題である。&lt;br /&gt;
ドゴールが米と同盟しつつ、何故独自の核保有を必要と判断したのか。毛沢東が「上策は核をすべてなくすこと、中策は他国も持っているから持つこと、下策は他国が持っているのに自分だけ持たないことであるが、中国は中策を選ぶ」とした判断をどう考えるか。英国でトライデント潜水艦更新時に毎回繰り返される、米の核の傘に頼るだけで十分で独自核は要らないのではないかとの論争と、それが毎回独自核保有は必要と言う結論になることをどう考えるか。そういう議論をよく踏まえた上で、かつ周辺の状況もよく見た上で、日本も議論をすべきであると考える。単にタブー視して、議論を避けるのは責任ある態度ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４、	日本は不幸なことに核兵器保有国に取り囲まれている。同盟国の米に加え、中・露・北朝鮮がある。再び日本が核の惨禍に見舞われないために、これらの国、特に北朝鮮による核兵器攻撃はしっかりと抑止する必要がある。そのためには、今は米の核の傘しか頼るものがない。&lt;br /&gt;
米の核の傘については、二つの事例をよく考える必要がある。&lt;br /&gt;
第１：１９７５年にソ連が欧州の都市攻撃が出来る中距離弾道ミサイルＳＳ－２０をソ連欧州部に配備した。ドイツの当時のシュミット首相はこの兵器は米と欧州の安全保障をディカプリングする(切り離す)効果があると主張した。シュミットが言ったのは、「米国がベルリンを守るために米国から反撃したら、ソ連はニューヨークやワシントンを攻撃するだろう。しかし米国がベルリンを守るためにニューヨークやワシントンを犠牲にすることはないであろうから、したがって欧州より発射される核ミサイルで反撃するしかない。」ということであった。それで、欧州へのパーシングＩＩと核弾頭搭載巡航ミサイルの配備をすること、同時にソ連とこのミサイルを撤去する交渉を行うことになった。結局この問題は、１９８７年に中距離核戦力全廃条約が米ソ間で締結され、パーシングＩＩと巡航ミサイルおよびＳＳ－２０が廃棄されることになった。　極東地域に配備されていたＳＳ－20も廃棄された。日本ではディカプリングの議論は起きなかった。&lt;br /&gt;
この事例で注目すべきことは、米国がシュミットの議論を受け入れたことである。米本土が攻撃を受けることを覚悟しベルリン攻撃に反撃するのか否かについて、不確定性があることを米は認めたのか。私は米国の当局者にこの点を何度か質問したことがある。答えは核の使用は状況によるが、シュミットの論を受け入れたわけではない、しかしシュミットは重要同盟国の首脳であるので、彼の懸念には配慮すべしということであった、との説明であった。&lt;br /&gt;
中国は核戦力を増強し、米ソが廃棄した中距離核ミサイルを保有するほか、今や米本土攻撃能力を持ってきている。東京への攻撃に反撃するためにロス・アンジェルスやサンフランシスコを犠牲にする用意が米にあるのかが、シュミット式の考えをすれば問題になる。&lt;br /&gt;
更に北のミサイルが米本土攻撃能力を持つ日は近付きつつある。&lt;br /&gt;
そういう中で、米の核の「持ち込み」を排除する非核３原則の第３原則は大きな問題をはらむ。&lt;br /&gt;
現に韓国では、米戦術核の再導入が議論されている。&lt;br /&gt;
第２：ＮＡＴＯでは、核共有の制度がある。これにはベルギー、ドイツ、イタリー、オランダなどが入っている。同じようなシステムを日米でも作り、米の核使用について日本も発言権を持っておくべきではないかという問題がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本が再び核攻撃を受けないために、どうすればよいのかを現実を踏まえて考えることが求められている。核不拡散条約のこともあるが、反核感情に配慮するだけでこの問題を済ますわけにはいかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
５、	戦後の国際政治において、核兵器が果たした役割は大変大きい。この兵器は人間の戦争と平和に対する考え方に大きな影響を与えた。フルシチョフが平和共存政策を打ち出した背景には、核戦争が人類の滅亡につながるとの認識があり、マルクス・レーニン主義の帝国主義勢力との戦争不可避論の転換であった。エジプトのサダトがイスラエルとの戦争はもうできないと考えた背後にはイスラエルの核があった。&lt;br /&gt;
米ソの冷戦が熱戦にならなかったのは、米ソ間で核の破壊力への恐怖に基づく戦争抑止があったからである。&lt;br /&gt;
この問題は避けて通るには大きすぎる問題であろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
６、	私はこの夏、「終戦史録」を読み返した。&lt;br /&gt;
広島、長崎の人々は原爆の犠牲になることにより、一億玉砕も辞さずという軍の戦争継続論を圧倒し、戦争をやめさせた。我々がいま生きているのはこの尊い犠牲によるということがよくわかった。我々は彼らに感謝しなければならない。&lt;br /&gt;
広島や長崎の人々は広島、長崎の被爆の実相を世界に伝えることに努めている。これはこの非人道的な核兵器が人々に対し使われないようにするために役立つことであり、今後も続けるべきであろう。&lt;br /&gt;
しかし国際政治の現実をみると、核兵器をなくすのはほぼ不可能である。人間は一度得た知識を忘れ去ることはできないし、核保有国が核を全部廃棄することは近い将来考えられない。我々は核兵器と共存せざるを得ない。核兵器が抑止機能のみを果たし、実際に使われないようにすることが大切である。&lt;br /&gt;
(文責：茂田　宏)</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/38526753.html</link>
			<pubDate>Thu, 22 Dec 2011 23:23:20 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>集団的自衛権と同盟政策について</title>
			<description>集団的自衛権と同盟政策について&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１、	日本の外交安保政策において集団的自衛権の問題は論争の的になってきた。内閣法制局が、国際法上日本は集団的自衛権を持つが、日本国の憲法上それを行使できないと言う憲法解釈を行ってきたからである。&lt;br /&gt;
　内閣法制局は集団的自衛権を、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力を持って阻止する権利」であると定義している。しかしこの定義は、集団的自衛権の定義としては、不十分である。この定義は集団的「自衛権」を他国を守る権利、すなわち「他衛権」として定義している。集団的自衛権は自衛権であって、いくつかの国が共同して防衛する権利である。集団的自衛権の共同防衛の権利である側面を、定義に取り込むことに失敗している。&lt;br /&gt;
集団的自衛権は、１９４５年のサンフランシスコ会議で、国連憲章の原案であるダンバートン・オークス提案には含まれていなかった。米州諸国がこの会議の前にチャペルテペック規約に署名し、大戦後に相互援助条約を締結することを約束していた。しかし、地域的取り決めや地域機関の強制的行動には、憲章５３条で安保理の許可（これには常任理事国の拒否権が適用される）が必要と言う規定があり、その許可なしには相互援助条約を結んでも、その当事国は強制的行動をとれないことになる。それで集団的自衛権を国連憲章に盛り込み、安保理の許可なしに強制行動をとれるようにしたのが、この集団的自衛権観念が採用された背景である。共同して防衛すること、他国への攻撃を自国への攻撃と見なすことへの根拠が与えられたわけである。その経緯を内閣法制局の定義は十分に反映していないと言わざるを得ない。&lt;br /&gt;
国会答弁でなんどもこの定義を繰り返してきたので、その修正が難しくなっている。&lt;br /&gt;
しかし、集団的自衛権は保有するが行使できないという解釈には無理があり、憲法が自衛権を認めているのであれば、個別的なものであれ、集団的なものであれ、自衛権は認められているとの解釈が最も妥当な解釈である。１９２８年の不戦条約が憲法９条の規定ぶりの元になっているが、憲法９条をいくら読んでも、自衛権を個別と集団に分けて論じる必要は何ら出てこない。&lt;br /&gt;
この奇妙な解釈は出来るだけ早く改めるべきである。安倍総理時代の、４つのケースでの集団的自衛権の行使の是非を検討するというようなアプローチではなく、根本的に、憲法は集団的自衛権の行使を許容しているとすべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２、	集団的自衛権は強者のための権利であるような誤解があるが、そうではない。弱者のための権利である。弱者が強国に守ってもらう、または弱者が資源をプールして共同防衛しようという権利である。今の日本のような国には必要な権利である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３、	集団的自衛権は同盟の法的根拠である。全米相互援助条約、ＮＡＴＯ条約、１９５５年のワルシャワ条約など、すべて集団的自衛権にもとづく。日米安保条約も前文で、日米が個別的、集団的自衛の固有の権利を有することを確認している。&lt;br /&gt;
安全保障政策において、同盟政策、合従連衡は重要な役割を果たす。&lt;br /&gt;
しかし、日本が集団的自衛権を行使できないということであれば、どこの国とも同盟を締結することはできない。何故ならば、同盟は相互防衛を約束するのが基本であり、一方的に日本だけは守ってもらえるが、日本は同盟の相手国を守らないと言うような同盟は考え難く、そういうことをしてくれる国はないからである。米韓条約も相互防衛を規定している。&lt;br /&gt;
日米同盟は特殊な歴史的経緯で成立した。米が日本を守る義務はあるが、日本は米を守る義務がないという片務的なものである。世界に類を見ないものである。それに甘えて、日本は集団的自衛権の行使は認めないというようなことを言っている。&lt;br /&gt;
中国の台頭に対処するために、豪州、韓国、インド、ＡＳEAN諸国との協力を云々する人がいるが、集団的自衛権の行使はしないと言う政策を変えない限り、真面目な話にはならない。&lt;br /&gt;
１９５５－５６年の日ソ交渉の際に、ソ連は、「日本国は日本との戦争に参加したいずれかの国に対して向けられたいかなる連合または軍事同盟にも参加しないことを約束する」との条文を、平和条約に盛り込むことを提案した。日本の同盟締結権能を制約しようとした。日本側は主権制限であるとこれを拒否した。&lt;br /&gt;
集団的自衛権を行使出来ないとの主張は、このソ連の提案を受け入れたと同じ効果を持つ。ソ連の代弁者ではないかと思われるような行動をした社会党が、集団的自衛権不行使を力説したが、これは日本の外交から同盟締結の可能性を奪うことが目的であったかのように思える。ソ連は日本国内の議論を、ほくそ笑んで見守っていたと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４、	集団的自衛権が行使できないということは日米同盟を揺るがせかねない。たとえば自衛艦と米艦が並走しているときに、敵から米艦が攻撃された場合、自衛艦側が集団的自衛権を行使できないという理由で、米艦を守るために何らの行動をとらず米艦を見殺しにし、多くの水兵が死亡したとする。米は世論の国であり、こういうことが起これば米世論は激昂し、日本を強く非難し、こんな同盟国は守るに値しないと結論するだろう。その時には、日本の命綱である日米同盟は崩壊することになるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
５、	安倍総理、麻生総理はこの集団的自衛権を何とかしたいと考えたが、政治状況もあって、何も出来なかった。福田、鳩山、菅総理には問題意識すらなかったように思える。&lt;br /&gt;
これは重大問題であり、皆でよく考える必要があろう。&lt;br /&gt;
（文責：茂田　宏）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/38514383.html</link>
			<pubDate>Mon, 19 Dec 2011 14:08:41 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>日本の武器禁輸政策について</title>
			<description>日本の武器禁輸政策について&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１、	日本は現在原則として武器の輸出をしていない。その経緯は次の通りである。&lt;br /&gt;
１９６７年、佐藤総理は衆議院決算委員会で（１）共産圏、（２）国連決議により武器輸出が禁止されている国、（３）国際紛争の当事国またはそのおそれがある国に武器を売らないといういわゆる武器禁輸３原則を打ち出した。&lt;br /&gt;
（１）、（２）はよいが、（３）については、紛争の当事者について、どちらに理があるかの判断はせず、中立をよしとする考え方であり、問題がある。&lt;br /&gt;
しかしそれでも、佐藤総理の武器輸出３原則は対象国以外には武器を輸出するということであり、発想としては許容出来るものであった。&lt;br /&gt;
しかるに１９７６年、三木総理は衆議院予算委員会で３原則対象地域以外の地域についても武器の輸出を慎むとの方針を表明し、武器輸出は全面禁止になった。&lt;br /&gt;
その後、中曽根総理の頃、日米同盟の観点から米国向け武器技術供与を例外とすることになった。その後、それ以外の例外も作られてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２、	この政策は最近見直されつつある。私は「平和国家として外国に武器を売るべきではない」という政策は理念もない上、偽善的であり、国益を損なっていると考えている。&lt;br /&gt;
第１：武器輸出をしないことが理念として正しいのであれば、日本は世界の各国に説いて、武器輸出を止めている日本の例に倣うように勧めるのが筋である。ところが日本はそういうことをしていないし、するべき立場にもない。何故ならば日本は世界の主要な武器輸入国であるからである。&lt;br /&gt;
米国から大量の武器を買っている。米国が武器を売ってくれないと日本の防衛は成り立たない。F-22を買いたいと思ったがうまく行かなかった。それでF-35を買うことになるようであるが、米武器の輸入は日本の安全のためにどんどんしている。イージス艦にしてもそうである。そういうことをしながら、日本は武器輸出していません、平和国家です、などというのは偽善的な話である。&lt;br /&gt;
他人に勧められず、他人が自分と同じことをしたら困ることは、立派な理念に基づく政策とは言えない。&lt;br /&gt;
昨年１２月７日、福島社民党党首は武器禁輸政策に関する国会内会合で、「日本製の武器が世界の子供たちを殺すのを望むのか。日本が死の商人になるのは平和国家にそぐわない」と述べた。福島発言は少し極端な形で武器禁輸政策の理念を述べているが、この発言は看過しがたい問題を含んでいる。&lt;br /&gt;
（１）世界のほとんどの国は武器を輸出している。これらの国を「死の商人」として断罪したに等しい。福島党首は、中国や北朝鮮、米や仏、英、スエーデン、ロシア、スイスなどに行って、あなたの国は死の商人であると弾劾する用意はあるのか。ないのであれば、こういう発言をすべきではない。マフィアやアルカイダに武器を売ろうというのではない。&lt;br /&gt;
（２）日本でも他の国でも、警察は武器を有しているが、それは通常は治安を守るため、ひいては子供たちの命を守るために使われている。各国の軍が保有する武器も、通常防衛のためである。武器の機能はいろいろあることを忘れ、暴論を弄している。&lt;br /&gt;
（３）福島党首は護憲主義者である。日本の憲法は、「諸国民の公正と信義」を信じよう、世界の国々はよい国で侵略など悪いことはしないと言う考えに立っている。そういう良い国は子供を殺すこともないだろう。福島党首のこの護憲の立場と、世界の子供たちを殺しかねないからと武器禁輸を主張する立場は、整合性がなく支離滅裂な考え方である。&lt;br /&gt;
これは武器禁輸の理念なるものが如何にいい加減なものかを明確にしている。&lt;br /&gt;
武器禁輸政策の見直しに際しては、理念は正しいが、実際上の必要があるので修正すると言う発想で、官房長官談話で例外を作るのではなく、社民党の主張のようなものを根本から拒否したうえで、日本の武器輸出問題を考えるべきであると思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３、日本が武器輸出をしていないことが国際的に評価されていると言う人がいる。猪口邦子参議院議員がそう言っていた。私は自分の経験から本当にそうかと疑問を持っている。武器輸出でもうけようと思っている国が、日本が競争相手にならないことを希望して、日本の政策を評価する可能性はあるが、世界の各国は武器輸出をしており、日本の武器禁輸の理念を評価し、それを採用している国などない。４０年近く外交官をしていて、日本の武器禁輸を評価する声に接したことは私にはない。&lt;br /&gt;
例外はソ連勤務の頃に、日本国憲法は素晴らしいとか、武器を日本が売らないのは素晴らしいと言われたことがある。私はそこまで褒めるのであれば、ソ連も日本を見習ったらどうかと言っていたが、これは日本の防衛力、その基盤を弱くしておきたいという発想から、ソ連側がそういう発言をしていることは明らかであった。&lt;br /&gt;
日本に友好的な国で、日本から武器を買いたいと考える国がある。そういう国が武器を売ってもらえないことを評価するようなことがある筈がない。日本自身、米がF-22を売ってくれないことを遺憾に思うのであって、それを評価することなどないことを考えてみれば、すぐ武器を売らないことが評価されているなどという言説が根拠のないことが分かる。&lt;br /&gt;
この武器禁輸政策は実際上の不都合ももたらす。&lt;br /&gt;
私はイスラエルで大使をしていたが、イスラエルではイラクやシリアからの化学兵器の攻撃の危険が現実にある。国民は皆、家にガスマスクを持っている。日本大使館員もガスマスクを装備しておいた方がよいわけであるが、これを日本から輸入するのは禁輸政策で無理と言うことであった。イスラエル政府に頼んで、館員用のガスマスクを入手していた。&lt;br /&gt;
対人地雷がカンボディアでたくさん放置されている。子供たちが手足を吹き飛ばされるという被害にあっている。日本には地雷撤去のいい機械が開発されたが、これも武器であるということで輸出できなかった。後でこれは官房長官談話で例外扱いになり、今はNGOが地雷撤去をカンボディアでしている。現地でも評価されている。こういう良いことをするのを武器禁輸政策は阻害してきた。例外扱いまでにかなりの労力と時間を要した。&lt;br /&gt;
　私がテロ担当大使の頃、インドネシアからマラッカ海峡での海賊・テロ対策強化のために中古でもよいからと巡視船の供与を求められた。マラッカ海峡は日本のために重要なシーレーンであり、その安全は日本の国益にも資する。しかし巡視船は武器なので、この要望に応じられなかった。その後、例外扱いになり、今では出せるようになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３、	国際社会で武器禁輸というのはどう取り扱われているか。&lt;br /&gt;
ある国に武器を禁輸するというのは制裁として行われる。北朝鮮、イランなどがいま武器禁輸の対象になっている。アパルトヘイトの南アもそうだった。武器禁輸対象にするということはその国を「ならず者国家扱い」にするということである。&lt;br /&gt;
天安門事件後、米とEUは中国に武器禁輸をしている。中国はEUにその解除を求めている。ここでの中国側の言い分は、中国として別にEUから武器を買いたいと思っているわけではないし、買わなくともよい、中国として我慢が出来ないのは中国をならず者国家扱いにして、制裁対象にしていることであるというにある。武器禁輸が制裁として扱われていることをこの事例はよく表している。&lt;br /&gt;
日本の武器禁輸政策はこういう国際社会の常識からみると、日本は世界のすべての国に対して制裁措置を発動しているような立場にある。みんなにやっているというので、世界の国々は仕方ないかと思っているフシもあるが、こういう政策が国際社会で評価されることはない。貴方のところの軍や警察は信用が置けないとすべての国家に言っているに等しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４、逆に武器の供与を行うと言うことは、供与国が供与を受ける国を信用が置ける国として取り扱っていることを意味する。国家にとり一番大切なのは生存、安全保障である。それに協力してくれる国を最もありがたいと思う。日本が米をもっとも有難く思っているのはそれゆえである。従って武器輸出というのは強力な外交の道具になる。武器を供与することによって、供与国と供与を受ける国の関係は大変強いものになる。日本はODA供与で諸外国との関係強化を図ってきたが、武器の供与はODAよりもずっと効果があるし、感謝される。世界の主要国は武器輸出により輸入国との関係を切っても切れない友好関係にしようとしている。米のサウジへの６００億ドルの武器供与、米のエジプトやイスラエルへの武器供与、中国のパキスタンへの武器供与、ロシアのインドへの武器供与など、各国はその影響力をもつために武器供与を外交の道具として活用している。&lt;br /&gt;
最近、日本の国際的地位は経済の不調もあって、つるべ落としのように落ちている。武器輸出による関係を全く築いていないから、関係は脆弱である。武器輸出を成長戦略の一つとしている韓国よりも国際的地位が低い国になりつつある。&lt;br /&gt;
武器の供与がいかに感謝されるかは、歴史を知る日本の多くの人が、いまだにアルゼンチンに感謝の念を有していることに見られる。日露戦争の前、１９０３年、アルゼンチンはイタリアのゼノアで２隻の軍艦モレノとリバダビヤを建造中であった。ロシアが購入交渉をしていたが、日本が即金で払うと言うことで、アルゼンチンが日本に売却した。これが黄海開戦や日本海海戦で活躍した日進、春日の両艦である。ロシアに購入されていたら、日本の勝利はなかったかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
５、武器や軍事に転用可能な技術の輸出については、かなり厳格な規制が必要である。誰にでも売ると言うようなことは、日本の平和や国際的な平和の維持に役立たない。全部許可制にする必要があるし、その許可の手続きも厳格にする必要がある。&lt;br /&gt;
次のようなことにすればよいのではないか。&lt;br /&gt;
第１：日本が締結した条約、日本が加盟国になっている国際取り決めで、武器や技術の輸出を規制するものはこれを遵守する。（国連安保理決議での禁輸、MTCR、NSG、AG、ワッセナーがこれでカバーされる）&lt;br /&gt;
第２：同盟の強化を含め、日本の安全と平和と、国際的な安全と平和の強化に資すると政府が判断する武器輸出はこれを行う。政府内の判断は総理大臣が外相、防衛相、経産相の意見を聞いてこれを行う。&lt;br /&gt;
第３：武器輸出には厳格な規制を適用し、その許可に際しては、政府部内で慎重な検討を行う。国会の関与のあり方も検討する。（米ではサウジへの武器売却などは議会に通知する必要があり、議会は反対することが出来る。）ただし武器・武器技術を提供するに際して優遇すべき国は明示する。ビジネスとしてそういう国との武器の共同開発・生産は原則許可されるとの安定性を与える。&lt;br /&gt;
第４：武器移転国に対しては、供与目的外使用や第３国移転について、日本の拒否権、同意権を確保する。&lt;br /&gt;
　世界のすべての国にいい顔はできないことになるが、外交では選択を避けて通ることはできない。皆と仲の良い国はどの国とも仲が良くない国であると言うのが現実であろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
６、なお武器の共同開発・生産は時代の流れであること、日本は防衛産業の基盤を維持する必要があること、輸出に伴う経済的利益など、ここに言及した以外にも重要な問題があるが、それらの論点への言及はここでは行わなかった。&lt;br /&gt;
（文責：茂田　宏）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/38505550.html</link>
			<pubDate>Fri, 16 Dec 2011 19:43:21 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>戦争と平和の問題</title>
			<description>戦争と平和の問題&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１、	日本外交が誤らないためには国民や当局者が国際情勢判断を誤らないことが重要であるが、国際情勢判断と同じように重要なのが、日本が情勢にどう対応するかである。&lt;br /&gt;
特に重要なのは戦争と平和の問題、言いかえると、安全保障政策である。&lt;br /&gt;
戦後の日本の安全保障への取り組み方には相当大きな問題がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２、	古川現国家戦略担当大臣が大蔵省に入った時の思い出として、当時大蔵大臣であった宮沢喜一さんが「戦争だけはしてはいけない」と訓示したと書き、そのことを肝に銘じておきたいと書いていた。&lt;br /&gt;
私は宮沢喜一さんのこういう発言は前提が誤っていると考えている。なぜかと言うと、日本が戦争になるかどうかは日本の選択だけにかかる問題ではないからである。そのことを心から納得して、認識することが重要である。&lt;br /&gt;
戦争をしないという決心をすれば、戦争にならないのであれば、そう決心すればいい。しかし戦争と平和の問題はそんなに簡単な問題ではない。&lt;br /&gt;
１９１７年のロシア革命後、ボリシェビキ政権は平和の布告を出し、第１次大戦から離脱しようとしたが、ドイツが攻撃をやめず、戦争は継続した。ブレストリトブスク条約でドイツの要求に全面的に屈服し、領土などで大幅な譲歩をしてようやく戦争は終わった。この交渉を行ったのがトロツキーであるが、その際トロツキーは同志たちに、「諸君は戦争に関心がない。しかし戦争が諸君に関心があるのだ」という演説をしている。&lt;br /&gt;
日本が戦争を仕掛けない限り戦争にならないというのは誤っている。戦争をしないと決心すれば、平和に過ごせるというのは根拠のない考え方である。平和を願えば、平和になるというのは人類の経験に反する空想的平和主義である。平和への祈りで平和をというのは、雨乞いで雨を降らせようとする古代の祈りのようなものである。&lt;br /&gt;
戦争と平和の問題は国家の外交にとり最重要な問題であり、真剣に検討すべきであって、空想や祈りで片づけられるものではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３、	本当に平和を望むのであれば、平和とはどういうものかよりもむしろ、戦争とはどういうものか、歴史上、戦争はどうして起こったのかを研究する必要がある。そして戦争にならないためにどうすればよいのかを考える必要がある。そのためには抑止など、軍事戦略の研究も要る。&lt;br /&gt;
ツキジデスは戦争の原因として、利益、恐怖、名誉を挙げている。永続した平和の類型として、レイモンド・アーロンは、覇権による平和、均衡による平和、核の破壊力への恐怖による平和を挙げている。そういうことについて思索を深めることが重要である。&lt;br /&gt;
戦争を知らない子供たちに戦争体験を語り継ぐなどの努力はしてもよいが、戦争の悲惨さを知ることと戦争がどうして起こるのかを知ることは別のことであり、後者の問題の方がずっと重要である。&lt;br /&gt;
安全保障問題に関して、ハト派やタカ派があると言われるが、私の見立てでは、日本にはダチョウ派が多い。ダチョウと言うのは危険が迫ると砂の中に頭を突っ込んで危険を見ないようにして危険をやり過ごそうとする習癖があるが、日本にはそういう人が多い。そういうダチョウがなぜ生き残ったのか。豪州と言う無害な環境にいたからであろうが、今の東アジアは北朝鮮や中国のことを考えただけでそういう無害な環境からは程遠い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４、なぜこういう空想的平和主義の議論が日本で強いのか。&lt;br /&gt;
いくつかの要因があるが、大きく言うと三つである。&lt;br /&gt;
第１：日本人の歴史的経験がある。日本は島国であり、歴史上、他国からの侵略をうけたことは元寇しかない。第２次大戦で敗戦、占領を経験したが、これは自分がはじめた戦争の結果であった。それで自分から仕掛けないと、戦争にはならないという考え方をする。ロシア、中国、欧州諸国など大陸諸国は攻め込まれたことが多いが、そういう国民と経験の差がある。しかし技術が進歩した今、海が守りになる時代はずっと前に過ぎている。&lt;br /&gt;
第２：第２次大戦での敗戦体験の影響がある。「欲しがりません、勝つまでは」で、頑張った国民はその労苦を敗戦と言う結果で報いられ、もう戦争は嫌だという気持ちになった。戦争は悲惨なものであり、そういう気持ちになることはよく理解できるが、戦争と平和の問題はそういう感情論で処理できない。&lt;br /&gt;
第３：第２次大戦後、国際社会は強い対日不信を持ち、軍事的に弱い日本がアジアの平和、世界の平和のために好都合であるという観点から、政治的にも思想的にもそういう日本を作ろうとしてきた。これは米、ソ連、中国、韓国その他のアジア諸国のコンセンサスであった。&lt;br /&gt;
そのための努力は戦争罪悪感育成プログラム、ＧＨＱによる検閲、東京裁判など広範囲に行われたが、連合国、特に米国はその企てにかなりの程度成功した。&lt;br /&gt;
その中で、米国は主権国家が当然持つべき軍隊を持てないような憲法を日本側に押し付けた。このＧＨＱが２週間足らずで起草し、押し付けた憲法は、今なお改正されることなく存続している。&lt;br /&gt;
この憲法前文には、「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書いている。しかし日本人を拉致して返さない北朝鮮、尖閣問題で藤田建設の中国滞在者を人質にとるような行為をする中国、日本の領土を占領し続けているロシアのことを考えただけでも、「諸国民に公正と信義」があるとはとても思えない。この前文はないものをあると言っている虚構である。そもそも国家は国益を基準に動いているのであって、「公正と信義」で基本的には動いてはいない。これは常識と言ってよいだろう。&lt;br /&gt;
しかしこの常識外れの前文が第１、第２の要因と共鳴し合い、日本では少なくとも今日まで受け入れられてきた。&lt;br /&gt;
自由主義者であった石橋湛山は、世界は憲法のいう理想からまだほど遠いので、憲法の理想はそのままにしておくが、一時執行停止にすべしと論じたことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４、	戦後日本のこういう誤った考え方が、戦後の日本外交に深く広い影響を与えてきた。&lt;br /&gt;
日本の外交を立て直していくうえで、この戦後日本をどう評価し、どうそれから脱却していくのかが最大の問題である。&lt;br /&gt;
戦後、日本に押し付けられてきた束縛がどういうものであるかというと、これは端的に言うと、象徴天皇制、１９４６年憲法、日米安保条約の３本柱から成っている。この３本柱は相互に依存し合っている。&lt;br /&gt;
１９４６年２月１３日、ホイットニーが吉田茂外相、松本国務相などに日本国憲法を押し付けた際に、これを受け入れない限り、天皇が戦犯として訴追されることもありうると述べ、日本側がこれを受け入れざるを得ないと決断した。&lt;br /&gt;
サンフランシスコ講和条約で日本は占領を脱することになったが、それと同時に米軍駐留の継続を認める日米安保条約が締結された。憲法上、軍を持てない日本の安全保障をどうするのか、米軍の駐留を継続するしかないではないか、ということである。憲法と日米安保条約はそういう意味でセットになっており、いまでもそうである。&lt;br /&gt;
今後の日本を考える上で、私は日本が他国に脅威を与える存在にならないこと、軍事的に弱い日本がアジアの平和に役立つとの考え方から脱却する必要があると考えている。&lt;br /&gt;
日本がアジアで唯一の先進工業国家で産業基盤や科学技術力で他を圧倒していた時代は去った。いまや日本が脅威を与えるよりも、中国や北朝鮮からの脅威に日本は直面している。状況が変化した中で、日本もそれなりの対応をする必要がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
５、	戦争と平和の問題を人任せにはせず、自分で真剣に考えることがこれからの我々の第１の課題であろう。&lt;br /&gt;
（文責：茂田　宏）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/38496676.html</link>
			<pubDate>Wed, 14 Dec 2011 22:17:00 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>ロシア下院選挙</title>
			<description>ロシア下院選挙&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１、	１２月４日、ロシア下院選挙が行われた。&lt;br /&gt;
即日開票されたが、開票率９６％の予備的結果として、選管が発表した結果、次の通り。&lt;br /&gt;
下院４５０議席のうち、プーチン与党統一ロシアが２３８議席（２００７年の前回は３１５議席）、共産党が９２議席（前回５７議席）、公正ロシア党が６４議席（前回３８議席）、自民党が５６議席（前回４０議席）を獲得した。&lt;br /&gt;
　投票率は６０、２％。&lt;br /&gt;
　各党の得票率――統一ロシア　４９、５４％、共産党　１９、１６％、公正ロシア　１３、２２％、自民党　１１、６６％、ヤブロコ　３、３％、ロシア愛国者　０、９７％、正義党　０、５９％。&lt;br /&gt;
２、	この結果を評価する際に、次の諸点を考慮する必要がある。&lt;br /&gt;
第１：統一ロシアは国営テレビなどマス・メディアで有利な取り扱いを受け、選挙戦が公平な基盤で戦われたわけではないこと。&lt;br /&gt;
第２：統一ロシアは行政組織をも動員した選挙戦を行ったこと。&lt;br /&gt;
第３：地方においては、票の集計が与党に有利に操作されたと思われること。たとえばチェチェンでは、統一ロシアは９９％以上の得票をした。&lt;br /&gt;
第４：投票箱への統一ロシア票の詰め込みなど、違反があったとの申し立てがなされていること。&lt;br /&gt;
プーチン政権はそういうことをしたにかかわらず、５０％以下の票しか得られなかった。プーチンは統一ロシアの会合で選挙を「成功」であったとしているが、統一ロシアへの支持、プーチンへの支持が弱いことが明らかになったと評価してよい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３、	選挙を戦った７党のうち、自由民主主義政党と言えるのはヤブリンスキーが率いるヤブロコだけである。ヤブリンスキーは選挙結果に異議申し立てをするとしている。&lt;br /&gt;
なおヤブロコは在外ロシア人の選挙区では善戦し、英では得票率４１％、仏では３１、５％、米では２６、６％で、第１党の地位を占めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
４、	今回の選挙はプーチンが党首を務める統一ロシア主導のロシアを変えることにはならない。公正ロシアは統一ロシアの友党である。自民党、共産党もプーチンに反対している党ではない。ヤブロコのみが思想的、政治的に野党であるが、７％に達せず、議席は得ていない。他の民主勢力は選挙参加自体を阻まれた。&lt;br /&gt;
しかし今回の結果は、ロシアの政治にそれなりのインパクトをもたらすものと思われる。&lt;br /&gt;
　すでに政治評論家の中には、来年３月の大統領選挙ではプーチンは統一ロシアの候補としてではなく、戦うほうがよいと書いている人もいる。&lt;br /&gt;
メドヴェージェフは統一ロシアの大会で９月２４日、プーチンを統一ロシアの大統領候補として推薦した際に、「選挙後、政府が構成されるが、我々が成功した場合、私はその政府を率いる用意がある」と発言している。この選挙が成功であったとプーチンがしている以上、メドヴェージェフが大統領選挙後に首相になる路線はとりあえず変わらないと思われるが、選挙の総括を行う中で、そうでなくなる可能性も少しではあるが、ある。&lt;br /&gt;
統一ロシアの下院議長グリズロフは辞任するとされている。&lt;br /&gt;
（文責：茂田　宏）&lt;br /&gt;
（他のことに時間を使う必要が生じたために、このブログは本年末で終わりにする予定です。約４年続けてきましたが、ご愛読に感謝します。年末までには、主として私の日本外交に関しての考え方の一端を書こうかと考えています。）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/38464377.html</link>
			<pubDate>Tue, 06 Dec 2011 11:36:02 +0900</pubDate>
			<category>ヨーロッパ情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>イランの国際的孤立と制裁</title>
			<description>イランの国際的孤立と制裁&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１、	１１月２９日、在イラン英国大使館にデモ隊が乱入し、器物損壊などを行った。外国大使館の安全を保証するのは外交関係に関するウイーン条約上、接受国の責務である。イランはこれに違反した。&lt;br /&gt;
　１１月３０日、英国はこれへの報復として在英イラン大使館の即時閉鎖と外交官全員の４８時間以内の国外退去を命じ、イラン外交官は全員英国を離れた。英のとった行動は当然のことである。特に大使館襲撃は民兵組織「バシジ」が中心になっており、この民兵組織はイラン政府の手先のような役割をしてきた。イラン政府は襲撃への関与を否定しているが、説得力に欠ける。&lt;br /&gt;
１２月１日、ＥＵは外相理事会を開催し、制裁を強化することで合意した。とりあえずこれまでの制裁対象を拡大し、今後さらなる追加制裁を検討するとしている。&lt;br /&gt;
仏、独、蘭、伊も在イラン大使を召還した。&lt;br /&gt;
米国もイランへの追加制裁を検討し、１２月１日には、米上院はイラン中央銀行と取引のある金融機関が米国内で金融活動を行うことを禁じる法案を可決した。&lt;br /&gt;
　ただし欧州諸国は核問題その他での交渉の必要があるということで、外交関係の断絶にまでは踏み切っていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２、	イランはこれらの制裁措置を不当として報復を示唆しているが、政権に関係がある組織が国際法上保護されるべき大使館を襲撃したと言う事件であり、イランは報復ではなく、謝罪を検討すべきである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
３、	１２月１日、コーエン米財務次官は議会で日、伊、中、韓、印の国名を挙げ、イランからの原油輸入を減らすように求める意向を表明した。&lt;br /&gt;
　経済制裁は、経済関係は基本的には互恵の関係であるので、被制裁国にとっても、制裁実施国にとっても経済的には損失を与える。&lt;br /&gt;
　原油購入をやめるとの制裁は、制裁のコストを主として上記の国に与えることになる。&lt;br /&gt;
ホメイニ革命後、米大使館がデモ隊に占拠され、大使館員が人質になった際にも、対イラン制裁が行われた。この時も、イランへの輸出を止めるのではなく、イランからの原油輸入を止めるべしということを安保理決議の内容とするようにＥＵが決議したことがあった。当時、日本の石油の１０％以上がイランからの輸入であり、こういう制裁になると、日本が他国に比べ制裁に伴う損失のかなりの部分を被ることになる。私は経済局でこの問題を担当していたが、石油輸入停止ではなく、対イラン輸出に重点を置いた制裁にすべしということで、大来外務大臣が急きょ欧州に行き、各国を説得したことがあった。結果として日本の主張を入れてもらったことがある。今回の件についても、制裁に伴う制裁国の損失の平準化は日本として求めるべきであろう。&lt;br /&gt;
現在の日本の対イラン石油依存度はまだ１０％もある。&lt;br /&gt;
なお対イラン輸出をやめる制裁に持ち込み、各国の負担の平準化を図ったが、日本では中部地方でホメイニの顔を焼き付けたお皿が大量にイラン向け輸出商品として生産されており、業者はこれを廃棄せざるを得ない羽目になった。ホメイニの顔入りの皿はイラン以外には売れなかったからである。&lt;br /&gt;
経済制裁実施に際してはこういう問題もあり、各国はどういう制裁にするかを国益を踏まえて争うことがあるということである。日本の国際社会での地位は最近つるべ落としに落ちているが、これは単なるイメージの問題ではなく、そういう状況は国益を守る日本の能力を阻害し、実害のある問題である。&lt;br /&gt;
（文責：茂田　宏）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/38451923.html</link>
			<pubDate>Sat, 03 Dec 2011 17:03:23 +0900</pubDate>
			<category>中東情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>イスラエルへのカチューシャ・ロケット攻撃</title>
			<description>イスラエルへのカチューシャ・ロケット攻撃&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１、	１１月２８日、レバノン南部より、イスラエルに向け、カチューシャ・ロケットが２発、発射された。アブドラ・アザム部隊と称する組織がこの攻撃を行ったと発表した。ヒズボラは沈黙している。&lt;br /&gt;
　イスラエル軍は報復としてレバノン領を砲撃した。しかしヒズボラの陣地があるところではなく、何もない野原に砲撃を行ったとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２、	この事件は大きな衝突に発展する可能性は低いと思われるが、南レバノンには、色々な武装組織が存在し、かつシリヤの諜報機関も入り込んでいる。シリヤ側の同意なしにかかる攻撃がなされることは考え難い。&lt;br /&gt;
アラブ連盟は１１月１２日、シリヤの加盟資格を停止、１１月１６日には暴力の停止、都市部よりの軍の撤退、それを監視する監視団の受け入れを求め、１１月１９日までにシリヤ側が受け入れない限り、制裁を検討するとした。その後、１１月２４日には、３日以内にアラブ連盟の要求への回答がない場合、制裁すると通告したが、シリヤがそれを無視したため、１１月２７日、緊急外相級会合を開催、シリヤ政府幹部によるアラブ連盟加盟国への入国禁止、シリヤ中央銀行、政府との金融取引禁止、シリヤ政府対外資産の凍結、シリヤ民間航空機の乗り入れ停止などの措置を発表した。これはかなりきつい制裁措置である。シリヤの隣国、レバノンとイラクはこの決定の投票で棄権した。&lt;br /&gt;
アサッド政権として、この状況を打開する道はいくつかあるが、一つはアラブ連盟の要求を受け入れることである。今一つはイスラエルと事を構えて、イスラエルによるレバノン攻撃、さらにシリヤ攻撃を挑発し、イスラエルの攻撃にさらされているシリヤ、レバノンへの支援をアラブ諸国に強要する、あるいはアラブ諸国の世論にイスラエルと戦っているシリヤ、レバノンへの支援の声を上げさせることである。&lt;br /&gt;
国内的にもイスラエルとの紛争は国内での弾圧から国民の注意をそらせる効果がある。後者の選択をとる場合、イスラエルとレバノン・シリヤ間での武力衝突になる。&lt;br /&gt;
今回の事件は多分、シリヤが後者の選択の可能性があることを地域諸国に知らしめる狙いで惹き起こしたか、同意を与えたかであるとも思われる。&lt;br /&gt;
イラン、ヒズボラがどう判断するかの問題もある。&lt;br /&gt;
イランは国際原子力機関が核開発をしている疑いがあるとの報告書を発表した後、欧米諸国は新しい制裁を課している。イランにもイスラエル問題をその核の問題を含め、プレイ・アップする動機がありうる。&lt;br /&gt;
今回の事件はイスラエルと南レバノンの武装勢力間の１回だけの応酬で終わりそうであるが、上記のことを念頭に、イスラエル・レバノン国境の情勢は今後注意深く見て行く必要がある。&lt;br /&gt;
（文責：茂田　宏）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/38441941.html</link>
			<pubDate>Wed, 30 Nov 2011 23:08:30 +0900</pubDate>
			<category>中東情勢</category>
		</item>
		</channel>
	</rss>