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裁判員制度をおおざっぱに理解しましょう。
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弁護士には自明のことですが
そうでない読者もおられる(かもしれない)ので、

まず、基礎知識の整理から。

刑法には、刑を減軽すべき法律上の事由(項目)が定められている。

未遂、心神耗弱、自首などだ。

減軽事由があると、法定刑の半分で処罰することになる(大雑把な理解ですよ)。


一つの事件で、法律上の減軽事由が2つ重なったらどうなるか。

半分の半分で、4分の1になるのか。

ならない。

2つあっても、3つあっても、半分になるだけ。 と決まっている。


これが、前提となる基礎知識。


では、具体的な問題。



ある殺人事件が起こった。

事件などというものは、理不尽なものが多い。

特に、殺人事件などは、通常の感覚では理解できないものもある。

この事件も、そういう事件だった。


犯人は(被告人は)正常な判断能力がなかったのではないか。

そう思わないと、事件を説明できない。そんな事件だ。


つまり、被告人に心神耗弱の疑いがある。

もっと掘り下げると、うつ病の疑いがあり

その病気の影響で、殺人をしてしまった可能性がある。


これは、心神耗弱で、法律上の減軽事由だ。



他方、被告人は、犯行後、自分で110番通報して、逮捕された。

これは自首にあたる。これも、減軽事由だ。


仮に、裁判の結果、

自首も認められた。心神耗弱も認められた。という場合でも

減軽は1回限り、刑は半分になるだけだ。


弁護士は、そんなことは重々承知の助だ。


弁護人は、裁判の準備段階で

この事件は、自首だ。
この事件は、心神耗弱でもある。

と2つの主張をした。


これに対して、検察官は

検察官も、自首だと思う。
しかし、検察官は、心神耗弱とは思わない。争う。

と言ってきた。

まあ、想定の範囲内だ。。。



これに対して、裁判長が、変なことを言ってきた。


弁護人は、2つの減軽事由を主張しているが

2つ認められても、1回限りしか減軽はない。

無駄な主張ではないか。

検察官が、自首を認めると言っているのだから

自首だけで良いではないか。

心神耗弱の主張は無意味だから、取り下げなさい。


は〜???

何、言ってるの?


弁護人は、取り下げません。

心神耗弱の主張を維持します。


裁判長は、続ける。

しかし、弁護人。弁護人は心神耗弱を主張しているが

心神耗弱の人が自首をすると言うのは、両立しない。

心神耗弱の人は、判断能力が著しく減退しているのだから

自首はできないでしょう。


は〜?

心神耗弱の原因となっている病気に対する理解が足りないのではないでしょうか。

事件の時には、判断能力が減退していても、

犯行後に、回復して、自首できることは十分に考えられます。


それに、心神耗弱は、法律上の減軽事由であるだけでなく

重要な情状事実です。この主張は、撤回できません。


裁判長は、食い下がる。

重要な情状事実として主張を維持するのは、構いません。

しかし、法律上の減軽事由を主張するのは、不要ではないかと。


(自首と両立しないなら、事実主張としても撤回させるのが、正しいはずだが・・・)


いや、それは違う。

単に情状事実として主張するのと

法律上の減軽事由として主張するのでは

重みが違う。撤回しません。



裁判長の強引な訴訟指揮には、呆れてしまいますね。



なぜ、このような訴訟指揮になるのでしょうか。


弁護人は、心神耗弱を主張して、

被告人の精神鑑定を請求しています。

仮に鑑定を採用すれば、鑑定のため、、3ヶ月から半年くらいの期間がかかります。

そうすると、裁判を開く日程が遅れます。

今が9月とすると、来年の4月5月になるかもしれませんし

もっと遅くなるかも知れません。


さらに、掘り下げると、、裁判所は案外と忙しく

すでに、3月4月ころまで、裁判のスケジュールが入っています。

ここで鑑定をすると、本当に5月以降になりそうなのです。


ところが、奇跡的に、裁判所の1月下旬から2月上旬のスケジュールが空いている。

その期間に裁判を開く予定がない。

だから、その期間に、この事件の裁判を開きたい。

そのためには、精神鑑定をしていては、スケジュールが合わない。

だから、鑑定は認めたくない。


そのためには、弁護人を説得して、心神耗弱の主張を撤回させよう。


こういう裏事情が見えてくるのです。


でも、弁護人もアホじゃありません。


何が、本当に被告人の利益になるか考えて行動します。


本件での被告人の利益は・・・


 
  
 
今日,裁判員裁判の判決を受けてきました。
 
無罪を争ったのですが,有罪認定されてしまいました。
 
控訴の予定です。
 
 
さて,今日は,そういう形式的なお話ではありません。
 
 
共犯事件は,いろんな場面で,難しいです。
 
それが,さらに裁判員裁判になると,難しさが倍増する。
 
 
というお話です。
 
 
事件では,4人が犯人グループとされました。
 
たしかに,4人が1台の車に乗って現場に行きました。
 
その内,3人が事件を起こしました。
残りの一人は,たまたま現場に居ただけで
事件とは無関係と主張しました。
 
つまり,無罪を争いました。
 
 
実は,4人の内,一人だけ,先に裁判が終了しています。
今回は,3人の裁判です。
 
3人の内,2人が事件を自白し,
一人だけ,否認しているのです。
 
 
先に行われた,もう一人の裁判では
 
検察官は,被害者の証言を基軸として
有罪判決を勝ち取りました。
 
今回の裁判も同様のシナリオだったと思います。
 
ところが,今回の裁判では
被害者の証言が,あいまいでした。
 
客観的な事実と矛盾する証言もありました。
 
つまり,被害者の証言を基軸にしたら
有罪認定が難しくなってしまったのです。
 
 
しかし,裁判には,自白している共犯者2人がいます。
すでに裁判が終わった一人も,証人に呼ばれました。
 
この人たち3人の「証言」によって
 
自白している2人も
否認している一人も
全員が有罪とされました。
 
 
被害者の証言が採用されないのに
有罪となってしまったとは!!!
 
 
共犯事件,
 
それも,一部の人が自白をしていて
他の人が否認をしている事件を
 
併合
 
して,同時に審理することは,否認している人に
 
圧倒的に不利
 
となるなあ。実感です。
 
 
 
審理の最終段階で
 
論告・弁論
 
があります。
 
 
論告とは,検察官が,証拠に照らして有罪だ。と裁判官,裁判員を説得する場面です。
 
弁論とは,弁護人が,証拠に照らして,無罪だと主張する場面です。
 
(自白している場合には,有罪だけど,刑期は短くしてね。と主張します)
 
 
今回も,まず,検察官が論告しました。
 
その後,裁判長から,まず否認している被告人から弁論をして下さい。
と言われました。
 
検察官との対立が明確ですから,そこから始めるのは一理あります。
 
弁護人は,証拠を分析して,被告人が事件に関わったという確定的な証拠はない。
だから,無罪だ。と弁論しました。
 
つづいて,自白している被告人の弁護人が,弁論しました。
内容は,反省しています。刑期を軽くして下さい。
というもの。
 
これが,2つ(2人分)続きました。
 
 
折角,有罪か,無罪か!という緊迫した弁論をしたのに
 
その直後に,反省しています,許して下さい。
という気の抜けた弁論をされたら
 
折角の無罪弁論が台無しです。
それひとつを取り上げてみても
併合審理は,否認する被告人に不利です。
 
 
 

【評議室にて】

法廷で、

検察官の論告・求刑
弁護人の最終弁論
被告人の最終陳述

が終わりました。

次は、評議室で、評議が開かれます。


ボクは、裁判員裁判に向けての弁護士用の研修講座で
よく、次のように言います。


皆さん。目を閉じて下さい。
評議室の中をイメージして下さい。
そこには、何がありますか。
評議用の大きなテーブルがありますか。
ホワイトボードがありますか。
椅子は何脚ありますか。
そこには、誰がいますか。
裁判官3人と、裁判員6人ですね。
そこに、弁護人はいますか。
そう、いませんね。

では、目を開けて下さい。


そして、こう続けます。


弁護人は、評議室に入れません。
弁護人ができることは、弁論で終わりです。
では、その最終弁論で何をするのか。


弁論で、3人の裁判官。、6人の裁判員
合計9人を全員説得して、全員が弁護人の意見に同調してくれるのが理想です。
しかし、現実には、なかなか、そうはなりません。


ですから、評議室では
弁護人の意見に同調した人と
検察官の意見に同調した人が
それぞれ意見を交換して議論することになります。

評議室は、弁護人と検察官の代理戦争なのです。

弁護人は、最終弁論で
味方となる代理人を獲得するよう努力します。
そして、その代理人が、評議室で十分に戦えるよう
武器を与えます。


このように講義するのです。



しかし、疑問がないわけではありません。


なぜ、わざわざ代理戦争をするのでしょうか。


弁護人が、裁判員を、どれほど丁寧に説得したところで
弁護人よりも、事件のことを深く理解することはないでしょう。

だったら、弁護人自身が評議室に入って説得すればよい。
なぜ、ここでは直接主義が採られていないのでしょうか。


実際の事件でよくあるのですが
弁護人、検察官が争点と思っていたこととは違うところで結論が決まってしまった。
弁護人の意見も、検察官の意見も、どちらも反映されなかった。
などということは、代理戦争だから、起こるのです。

仮に、そこに弁護人がいたら、
その争点については、このようにj考えます。
と言って、かならず、争点に沿った説得を行えます。


また、量刑2分論という話もあります。

たとえば、被告人は、人違いを主張し、無罪を争っていた。
しかし、有罪認定されてしまった。

弁護人は、無罪を争っていたので
量刑については、何も意見を述べていなかった。
代理戦争だと、そのまま、弁護人意見抜きで判決されてしまう。
しかし、そこに弁護人がいたら、意見を言うチャンスができる。


なぜ、代理戦争なのだろう。



この疑問は、裁判員裁判だけではない。
通常の合議事件にも当てはまる。
裁判官3人が合議で判決を下す。そういう裁判にも妥当する話だ。


しかし、問題もある。
いわゆる単独事件。
裁判官ひとりが担当し、判決を下す事件。
(実はこれが、大多数なのだ)

裁判官が、ひとりで、頭の中で評議をする。
その評議室に、弁護人、検察官が入っていくことは,難しいかも知れない。
不可能ではないと思うのだが・・・


 

【裁判員】 1号事件

 
1号事件についての新聞報道を見ていて
気になる記事があった。

09年8月7日朝日新聞
裁判員記者会見での一問一答

5番 裁判では両方の言い分を平等に聞くことが
   大切だと言うことがよくわかった。


すーーーと読み流してしまうと
なんでもない言葉。

よく分かってくれましたね。

と褒められそうな言葉。


あえて朝日新聞が載せたのは
褒めたい気持ちがあったからだろう。


はたして,この言葉を褒めて良いのだろうか。
そのまま,読み飛ばして(聞き流して)よいのだろうか。


この言葉は,

無罪推定
疑わしきは被告人の利益に

ということを
十分に理解しているのかどうか。


つまり,

検察官と弁護人の言うことを
平等に聞いて,どっちに説得力があるか

というのは,刑事裁判ではない。のである。


あくまでも,

検察官の主張,立証が成功したか。

が問われるのである。


検察官の証明は不十分であった。
でも,弁護人の方がもっと不十分であった。
だから,検察官の勝ち。とはならない。


平等という,美しい言葉

特に裁判という場に相応しいように見える,聞こえる言葉


その危険性に気がつかなければならない。


 

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