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■ あかずの可視化

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被疑者が故意に証拠を改ざんしたのか。
 
これを、だれが、どのように判断するのかについて、考える。
 
事実は、証拠から推論される。
 
他の事実から推論されることもある。
 
他の事実と証拠から複合的に推論されることもある。
 
 
 
被疑者に故意があると推論する基礎となる事実と証拠は、つぎの4つと仮定しよう。
 
A:担当検事が,わざわざ自分のノートパソコンを持ち込んでいた。
 
B:そのPCには,検察庁のPCにはインストールされていないソフトが入っていた。
 
C:そのソフトは,作成日付を書き換えることが可能なソフトだった。
 
D:そのソフトには,作成日の改ざんの有無を解析する機能は,なかった。
 
 
これらを分析すると
 
AからCは、故意があったことを推測させる事実
 
Dは、遊びでやったという弁解をつぶす事実
 
ということになる。
 
 
その他に重要な証拠として
 
E:被疑者は、故意にやってない。遊びだった。と供述していること
 
があげられる。
 
 
整理すると、
 
A〜Dは、故意を認めるのにプラスに働く事実
 
Eは、マイナスに働く証拠
 
ということだ。
 
 
この事実関係、証拠関係で、検事は
 
被疑者は、故意に改ざんしたに違いない。
 
と推論し、それが正しいと信じている。
 
    
そうならば、
 
AからEの事実と証拠を、そのまま裁判官に見せて
 
裁判官に、故意を認定して貰えばよい。
 
 
検察官が、その証拠と事実で故意が認定できると考えているなら
 
裁判官だって、同じ結論になるはずだ。
 
 
 
ところが、そうはなっていない。
 
 
検事は、被疑者に対して、自白を迫るのである。
 
 
そして、Eの代わりに
 
F:私は故意に改ざんしました。
 
という供述をさせて、供述調書という証拠を作るのである。
 
 
そして、AからD+Fという証拠を裁判所に提出して
 
裁判官に、故意を認定して下さい、というのである。
 
 
検察官は、裁判官が同じ判断をすると信じていない。
 
A〜D+Eでは、裁判官は、故意を認定してくれないのではないか。
 
(なぜなら、Eというマイナス証拠があるから)
 
より安全に、証拠を揃えましょう。
 
と考える。その結果
 
 
F:被疑者は故意に改ざんしました。という供述調書
 
を作成する(その前提として、自白を迫る)
 
A〜D+Fという証拠を提出すれば、裁判官も故意を認めてくれるでしょう。
 
(なぜなら、マイナス証拠が消え去って、プラス証拠だけになるから)
 
 
 
 
この考え方に、違和感を覚えませんか?
 
 
 
 
全知全能の神様の目から見て、
被疑者に故意があるという前提なら
 
E:私には故意はありませんでした。
 
という供述は、虚偽なので、訂正させる必要がある。
被疑者を取り調べて、供述を撤回させて
自白をさせる。

そして
 
F:私には故意がありました。
 
にという供述調書を作詞し
それを、証拠として提出する。

これは、虚偽を真実に戻すので、一般的には、よいことだろう。
 
 
でも、
全知全能の神様の目から見て
被疑者に故意がないという前提では

E:私には故意はありませんでした。
 
という被疑者の供述は、真実を語っていることになる。

真実を語っているのだから、そのまま調書にして
裁判所に証拠提出すればよい。
それが正しいはずだ。

それを、警察官が、あるいは、検事が勘違いをして
被疑者は嘘をついている。
故意があったはずだ。
と考えて、厳しく取調べて

F:私には故意がありました。
 
と変説させて、自白調書を作成させたとする。

その自白調書の内容は間違えている。
虚偽の内容が記載されている。

その自白調書し、裁判所に証拠として提出する。
 
となったら、それは、大変なことである。
 
 
ある意味、犯罪であり、えん罪の温床となる。
 
あってはならないことだ。
 
 
 
でも、検事は、自分の推論が正しいと信じている。
 
(自分が全知全能の神様と同列だと思っている。)
 
ウソを、真実に正している。と疑わない。自白を迫る。
 
 
もしかしたら、真実をウソに変えさせている可能性を、顧みない。
 
 
ここが、まか不思議なところなのだ。
 
そこまで自信があるなら、自白を取らなくて、否認のまま裁判にすればよい。
 
でも、裁判官は、故意を認定してくれないかも知れない、と疑っている。
 
そういう不安を抱えていながら、自分の推論が間違っているとは思わないのだ。
 
この精神構造は、とうてい、理解できるものではない。
 
 
 
このようにして、作成されるのが、
被疑者の自白が記載された供述調書である。
 
これが、裁判に証拠提出される。
 
 
よく考えると、
 
検察官の目の前にある事実と証拠
 
A〜D+E
 
これと
 
裁判官に提出される事実と証拠
 
A〜D+F
 
の実質は変わらない。
 
 
 
検事は、A〜Dの事実を見て、被疑者に故意があると判断した。
 
マイナス証拠のEは、虚偽だと決めつけた。、その根拠は、A〜Dだ。
 
 
A〜Dを根拠に、検事は被疑者に自白を迫る。
 
そして、ついに被疑者は、Fという自白をしてしまう。
 
このFは、A〜Dの事実から、検事が導き出した推論に過ぎない。
 
それを被疑者に押しつけただけのものである。
 
 
つまり、裁判官の前に提出されたのは
 
A〜Dという事実と、
 
A〜Dという事実から検事が推論した結果としてのFでしかない。
 
A〜D以外に、目新しいものは、存在しないのだ。
 
 
つまり、裁判官は、
 
A〜Dという事実と、検事の推論に基づいて事実認定を強いられる。
 
 
しかし、本来、検事の推論を裁判官に押しつけることはできない。
 
推論は、裁判官が、事実と証拠に基づいて行うものだ。
 
それこそが、裁判官の役割、事実認定というものだ。
 
 
何が言いたいのか。
 
検事は、一定の推論に基づいて事件を組み立て
 
事件を裁判に持ち込む。
 
 
裁判で問われているのは、検事の推論が正しいかどうか。
 
事実と証拠に基づいて、その推論が証明されたかが問われている。
 
 
その判断経過の中に、
検事の推論でしかない被疑者の自白が混じっていたら
 
その判断は、裁判官の判断ではなくなる。
検事の判断の押しつけに過ぎない。
 
 
 
検事は、事実と証拠を裁判官に提示して
 
自分の推論が正しいと証明しなければならない。
 
 
被疑者の供述を変えさせる。自白を強要する。
ということは、この裁判の大原則に反している。
 
 
検事の推論が正しいことを、検事の推論で証明する。
 
というパラドックスに陥っていることが分かるはずだ。
 
 
だから、自白なんか取る必要はない。
 
検事が、A〜Dの事実で故意を証明できる。
 
Eの弁解が虚偽であることも論破できる。
 
と考えているなら、
 
そのまま裁判官に見て貰えばよい。
 
 
被疑者の供述を変えさせて、裁判官を説得しようというのは
 
裁判官を詐欺にかけているようなものである。



 
被疑者(=担当検事)が,
 
故意に証拠を改ざんした

ことを認める供述を始めたらしい。
 
 
さすが,最高検察庁。
 
百戦錬磨の主任検事も,最高検の取調べの前では
 
ついに,自白に追い込まれたのか。
 
 
と考えますかね。普通は。
 
 
 
この考え方は
 
そもそも,被疑者は,故意に証拠を改ざんしたに違いない。
 
遊びで操作していたら,間違えて書き換えてしまった。
なんて弁解は,ウソに決まっている。
 
という憶測が前提になっています。
 
推理,推測,推論と言っても良いです。
 
 
しかし,
 
憶測に基づいて,被疑者の取調べをすることの危険性を
 
私たちは,何度も経験し,反省してきたはずです。
 
 
いいじゃないですか。遊びだったと言わせておけば。
 
 
最高検は,
 
担当検事が,わざわざ自分のノートパソコンを持ち込んでいた。
 
そのPCには,検察庁のPCにはインストールされていない特別なソフトが入っていた。
 
そのソフトは,作成日付を書き換えることが可能なソフトだった。
 
そのソフトには,作成日の改ざんの有無を解析する機能は,なかった。
 
という詳細な事実を証拠固めしておけば,故意は立証可能なはずだ。
 
 
なぜ,自白を取ろうとするのか,理解できない。
 
状況証拠による立証に,自信がないのだろう。
 
 
 
状況証拠による立証に,自信がないのに
 
自分の立てた推論が正しいことには,自信があるのだ。
 
 
なんとも,不思議極まりない。
 
(その推論は,状況証拠から導かれたはずなのに)
 
 
 
担当検事が悪者で,それを捜査している最高検が正義の味方。
 
と決めつけることはできない。

 
某政府高官の無罪事件で

某主任検事が

ファイル作成日改ざんした。


との報道である。


当該検事も、書き換えた事実は認めている模様だ。



識者は、言う。


検事が証拠を改ざんするなんて、前代未聞だ。



つまり、悪いことだ。ということだ。



このように、客観的な証拠は、改ざんが理解し易い。



他方、供述証拠、解りやすく言うと証言は、改ざんを理解しにくい。



ある証人が、捜査中の検事に対して

事件は、◯◯でした。

と説明した。


そのまま調書に残せば改ざんは、ありえない。


ところが、◯◯という事実は、

@他の証人の証言と異なる
@検事の描く犯行ストーリーと矛盾する

などがあると
そのまま、調書に残すことに躊躇する。

そこで、検事は、証言を変えるように、証人を説得する。
証言を変えさせてから、調書に残そうとする。

これは、改ざんでは、ないのか?


一歩下がって、考えてみる。


その証人は、なぜ◯◯と証言したのか?

真実が、◯◯だったから。

まず、この可能生を考えるべきである。
そうでなければ、証人の意味がない。

他の証人と違う内容の証言であるならば、
なぜ、違ったのかを究明する努力が求められる。




 

【証拠と推論】その4


証拠が、人の記憶=証言となると、俄然、ややこしくなる。
 
 
1)人は、事件を目撃する。
・・・正しく目撃したか。錯覚はないか。よく見えたのか。漠然と見えたのか。
 
2)人は、見たことを記憶する。
・・・正しく記憶したか。思い込みなどによって、変化していないか。
 
3)人は、記憶を保持する。
・・・記憶は正しく残されているか。忘却していないか。別の記憶と混同しないか。
 
4)人は、記憶を外部に表現する(証言など)。
・・・正しく記憶通りに証言したか。
 
 
単純に考えても、こんなにも、チェックポイントが増えてくる。
 
分析すれば、もっと多いだろう。
 
 
さらに、この証言が、裁判の公判廷で、裁判官、裁判員の耳に直接語られるとは限らない。
 
 
捜査段階で、警察官、検察官に対して語られ、供述調書という形の証拠になっていることもある。
 
 
 
捜査段階では、捜査官との質問、回答という形で証言が作られていく。
 
この方法の場合、上記の4)の段階に、さらなる疑問点が付け加わってくる。
 
 
捜査官は、正しく記憶を引き出したか。
・・・捜査官は、一定の推論をもって証人に対峙している。
・・・捜査官は、自分の推論と合致する回答を望む。そこに誘導していないか。
・・・証人は、質問者の期待に応えようとする習性がある。誘導に迎合していないか。
 
捜査官は、正しく、証言を受け入れたか。
・・・証言が正しかったとしても、捜査官の推論と矛盾した場合、その撤回を求めることがある。
・・・他の証人は、こう言っている。君の勘違いではないのか。
・・・君の証言では、他の物的証拠を説明できない。ウソを言っているのではないか。
・・・捜査官は、自分の推論に合致する証拠を疑わず、相反する証拠(証言)を疑う傾向がある。
 
捜査官は、正しく、証言の価値を認識していたか。
・・・証言は、証拠である。証拠は、検察官の推論の正確性を確認する手段である。
・・・その証拠を、検察官の推論に合わせて変容させることは、論理が逆転している。
・・・捜査官の多くは、全ての証拠が矛盾無く、自分の推論を合致することを望む。
・・・矛盾する証拠の存在を受け入れて、矛盾を説明する論理を考えればよいのに、矛盾しない方向を目指す。
・・・そのため、推論を証拠に優先させてしまう危険性がある。
 
捜査官は、正しく、証言を調書に記録したか。
・・・証言者の証言を一言一句そのまま記録することはない。捜査官が要約して書類化される。
・・・そこに、捜査官の主観が入る。これを作文と呼ぶ。(作文と呼ぶと捜査官は激高するが)
・・・主観が入る以上は、捜査官の推論に都合良く、内容が変容されている可能性がある。
 
 
おおざっぱに結論だけ言うと
 
 
密室の中の取り調べでは、
 
  正しい証言が、ねじ曲げられてしまう危険がある。
 
  仮に、正しく証言したとしても、正しく記録されるとは限らない。
 
この2点において、供述調書という証拠は、非常に危険なのである。

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