私の小引き出し

関心のある事象や趣味を小引き出しに入れたり出したりして楽しんでいます

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白内障手術

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病院に通院の癌治療中に以前から白内障をどうするか迷っていた主人は眼科医の勧めで積極的に手術をすることを決め4泊5日の入院で両目を手術してもらいました。
その結果は視野が明るくなって新聞がメガネなしで見えると喜んでいます。
まだ毎日3種類を4回点眼をしています。ところで入院してわかったことですが、ちょうど最初の手術日に主治医の診察日でもあり血液検査で赤血球の値が異常に低いということで、すぐに輸血することになり、それも400cc。眼科医とすい臓の担当医との間でも話し合いがされ、目の手術を一週間延ばしてはどうかとの提言でしたが、主人の意志で白内障の手術をすることになり輸血をしながらの手術となりました。
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この日は手術の件数が20数件とかで手術が終わったのが午後7時半を過ぎていました。
この手術の無事を確認して家に戻ったのが9時を過ぎていました。それにしても入院をしての白内障手術にしてよかったと思うのが、この入院で思いもしなかった輸血することができたことと安心して手術のケアをして貰えることでした。
顔の血色も少しよくなりもう一方の目の手術も無事結果も良くて戻ってもう一週間が経ちました。
昨日から痰の絡んだような咳が朝から出ていて抗がん剤の副作用で間質肺炎や貧血について気になっていたので午後救急で診てもらいました。レントゲン結果では肺炎の兆しはまだないとのことで安心したのですが、やはり貧血がひどいということで再度輸血をすることになりました。白内障についてはほぼ安心となりましたが、またまた次の心配事が出てきます。足のふらつき、体がだるい、食欲不振、いろんな訴えに癌という病魔の仕業かと体調の変動にも以前にも増して気になるこの頃です。



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気持ちは最後の旅


新しい抗がん剤治療が始まる前に主人の希望で出かけた旅は毎回ながらいつも急に言い出すのでその対応に気持ちがなかなかついていけずにストレスを感じながらもそのための段取りを考えて手配をして旅に出かけたのです。こういうことは昨年のがん宣告から何度あったでしょうか。
先のブログに書いた今年の旅は1月は抗がん剤投与をせずにいたのでレスキュー用の痛み止め(モルヒネ)、吐き気止め、その他の鎮痛剤や便秘薬、下剤などをもって出かけました。食欲もなく不安な気持ちでの旅でした。けれど主人にとってもこれが自分の最後の旅だと覚悟したようです。旅の最初は善光寺、なぜ善光寺さんなの?と聞くと宗派を問わないからとだけ答えました。宿泊は駅に近い最上階に大浴場があるホテルです。
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前日雪が降ったという雪景色を暫し窓から眺めてから夕方善光寺にお参り。その後主人は夕食も取らずにゆっくりと温泉に浸かって眠り、翌日は出身地の高崎へ。長野駅に行く途中で足がふらつくというのです。やはり食事が摂れないのでふらつくのでしょうか?
支えながら駅に向かい新幹線で高崎へ。高崎では東京から来た主人の妹と主人の幼馴染の奥さんと宿泊するホテルで待ち合わせ。奥さんの車で幼馴染のお墓と主人の父の墓参り。父のお墓は10年振りでしょうか。幼馴染のご主人とは中学、高校が一緒だったようで3年前に急逝されたそうでした。妹も奥さんとは小学生時代に顔見知り。墓参りの後主人はホテルで一休み。

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女性たちは高崎観音に出かけました。白衣観音様です。お詣りをしながらゆっくりと思い出話に花が咲きました。
夕食はホテルに戻った後、妹と前もって探しておいた駅近くの金沢加賀回転すし店でテーブルで新鮮なお寿司や大きな麩のお椀、白エビのてんぷらを食べ主人も楽しい会話と雰囲気で思わぬほど食べることができました。
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次の日は高崎から新幹線で大宮へ。北浦和駅で待っていてくださった知り合いの方の息子さんの奥様の車で一路老人介護施設金木生グリーンヒル北浦和へ。知り合いとは名古屋でお世話になった主人の上司I氏の奥様でその方との面会に出かけました。奥様は80歳を過ぎて名古屋から埼玉の三男宅に身を寄せて、その三男も2年前にすい臓がんで亡くなられたかたで、倒れられた一昨年までは毎年のように電話で近況のやり取りをしていました。
環境の良い施設のロビーで再会。主人の病気を知っておられた奥様は主人の趣味で作った本を大事にしてくださっているようでここでも話が弾みました。急にご主人をなくされた三男の奥様は時々その闘病時を思い出すように涙ぐんでおられたことが印象的でした。
会いたかった方と再会ができたことそして今の住んでおられる環境を拝見して主人も私も安堵の気持ちでお別れができました。
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この後は一路東京へ。私は名古屋に直行したかったのですが、主人が東京で一泊したいというので巣鴨のアパホテルに急遽私も泊ることにしました。主人はホテルに入ると疲れて寝てしまいましたが、私は妹と巣鴨の商店街、とげぬき地蔵まで出かけました。多くの出店、人の通りで巣鴨の雰囲気を味わい夜はアパホテルの最上階の大浴場でゆっくりと温泉に浸かって眠りにつきました。
次の日は妹も朝からホテルに来てくれて東京駅へ。
主人が以前よりお気に入りの東京大丸の「つばめグリル」でこれまたお気に入りのグリル特製のハンバーグ、ロールキャベツ、ソーセージ・ハムの盛り合わせ、冷たいトマトのまるごとサラダなどを味わい女性2人がそのおいしさに大満足した姿を見た主人がその様子に主人も満足していました。
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東京駅からひかり号で名古屋にもどってきました。地下鉄、タクシーと乗り継いで家に着いたのが4時を過ぎていました。家の玄関に入って一時靴も脱がずに座り込んでしまった主人でした。頑張って無事戻ってこれたとつぶやいて……ホントよく頑張りました。
 
 

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今年も立春を過ぎ暦の上では春到来です。
我が家も今年のお正月を主人は無事迎えることができまた春の息吹を感じることができることに感謝するこの頃です。
大きな病を抱えたまま1月末に長野の善光寺、群馬県の高崎の主人の父の墓参り、古き知人への面会も果たし何とか無事に家に戻ってきた主人は旅の途中で足の運びが悪くなっていました。
食欲も今一つでしたが気持ちが少しホッとしたのでしょうか、どことなく元気が戻ってきたように思います。
ここ1ヶ月以上抗がん剤投与をやめていましたが、先日久しぶりの主治医との面会で新しい抗がん剤治療について説明を受け、即座に勧められた抗がん剤治療をすることを決めた主人です。治療を続けるかどうかは本人次第。ただ私は聞くのみです。
主治医は主人の癌のことも考えての新薬への勧めであることを話されました。
血液検査、尿検査結果も抗がん剤治療には可ということで昨日再度病院で新薬の抗がん剤治療が始まりました。この薬の点滴時間は約40分ほど。

この新薬については薬剤師さんから説明があり治療ハンドブックももらってこの薬の効能と副作用についての説明がありました。
この薬の名前は「キイトルーダ」で免疫チェックポイント阻害剤でかの有名なオプジーボと同じような作用機序の抗がん剤で、主人のような癌にも適用が認められたようです。主人のすい臓の癌細胞に腎盂がんと同じ癌も混じっているとのこと。腎盂とすい臓の癌を抱える主人に少しでも朗報なのでしょう。
点滴をしている隣のベッドでやはり抗がん剤の点滴をしている男性が薬剤師さんの説明を聞いていて私に話しかけてきました。彼はこの薬に興味があったようで
自分も主治医にオプジーボ治療を頼んでいるそうで、昨年11月に肺がんが見つかったが既にステージ4で脊髄にも転移していて余命3、4ヶ月といわれて晴天の霹靂だったとか。
主人の点滴中とても元気そうに思えるその方の話を聞き、同じ癌を持つ患者ならひとときでも気持ちが軽くなってもらいたかったし、早く同じような薬の投与がされることを願ってただ「頑張ってくださいね!」としか言えない私でした。
末期がんの患者に適用されるこれらの薬が効果はともかく一抹の光になるのは間違いように思います。
でもこの薬の名前が面白いと思いませんか「キイトルーダ 」

ご参考に

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カラオケ


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外出から帰ると宅急便で送られてきたカラオケのセットが玄関先に置いてあった。
よくテレビや新聞の広告で宣伝しているカラオケセットを主人がネットで購入したのである。病気発症後はよく寝ころびながらパソコンでクラッシック音楽を聴いているしYouTubeでお気に入りの演歌歌手の歌を聴いて時々歌っているのでそう吃驚するほどでもなかった。
一人カラオケでもしたくなったのであろうか。このセットを主人の部屋にもっていくと早速テレビにつなげた。ところがマイクから音が出ない!何としても。そこで販売の会社に連絡、返品となり再度新しいものと交換してもらった。

やっとつなげてこのマイクは音がでたものの今度はこのカラオケセットに入っている唄数が主人の歌える、お気に入りの歌手の唄が少ない。この値段では仕方ないか、コマーシャルに乘って買ったからには仕方ないだろうと半ばあきらめてしばらくは使ってみたものの居間のテレビにつないだまま放置されていた。ところがある日主人の友人夫妻が久しぶりに我が家に見舞いがてら尋ねて来てくださった。
友人Hさん夫妻とは日ごろからお付き合いのある仲、このHさんも心臓手術をしたり他にも病気もちで、奥さんの心配事は絶えず時々私が電話で聞き役となった。

家から出ない、水は飲まない、動かない、頑固で奥さんの言うことを聞かない、声に力がない、魚、野菜を食べない、外出は一人だけで奥さんとは外出しない、etc・・・・我が家の主とよく似ている。
ひとしきりお互いの病気についての話をした後テレビに接続されたままのカラオケを主人の発案ですることになった。最初は主人が一曲、次には歌うのを嫌がっていたHさん、その次には奥さん、私と順に歌っていくうちにHさんは声が出るようになっていきカラオケのリズムにも慣れてまんざらでもない気分になっていたように思う。
奥さんの上手なリードで何曲か歌うようになって顔も明るくなっていった。また、カラオケで歌う主人は声もしっかりして元気そうに思えた。このカラオケツールが、ある意味で2人の男性の良薬になったのだろう。
奥さんも私も気をよくして夕食は外食、しっかりと全員が美味しく食事を平らげ、充実した時間が過ごせた。後日Hさんの奥さんがお礼の電話をくださって再度我が家でおしゃべりとカラオケをする約束となった。
後日我が家にきた長男一家がこれまた孫も一緒にこのカラオケにはまって楽しんでいたことに主人も満足げ。歌える種類は少なかったが、日ごろ忙しくしていて唄を歌うことの少ない生活をしている息子たち家族にも一時のよいリフレッシュ時間が持てたのではと、この簡単なカラオケセットの効用を認めざるを得なくなった私である。
11月に初めに我が家に来る次男一家と夕食をしながらカラオケ大会でもするかな?
長男一家の孫たちも宿泊するのでまたまた賑やかな我が家になる。これも主人への良薬か?
 

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誕生日


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10月は私の誕生月。ちょうどボラ活動の愛知池バタフライガーデンの開園とイベントに重なる月でもある。
昨年の誕生日に初めてバタフライガーデンでアサギマダラを確認した日でもある。
今年の誕生日もバタフライガーデンに出かけたけれどアサギマダラは一頭も観ることができなかった。
家に戻るとダイニングルームの机の上に百合の花が備前焼の花瓶に入れてあった。
主人が買ってきてくれたのだ。主人はこの頃よく花を買ってきては自分の部屋には鉢植え、床の間には花を花瓶にいれて飾っている。ユリは彼の好きな花。

夕飯は外食をしようということになって結局は主人のお気に入りのお店に出かけることになった。彼のお気に入りの牡蠣天重、カキフライ、串カツとビールでお祝い。
そしてビールとお茶との乾杯で言った。「これが最後の誕生日祝いになるね、もう来年は祝えないね」と。
私は言った。「そんなこと考えないで。来年も祝えるように毎日を過ごそうよ」
何と悲しい誕生日の会話。でも淡々として目の前の料理を食べるのだが、健康時の半分しか食べれない分私が食べる羽目になる。薬のせいか食事で口にするものは限られている。この日の食事はさすがの私でも気持ちが一杯で出てきた料理を平らげることができず持ちかえることになった。

次の日ボラ仲間たちと活動の後にお疲れタイムで喫茶店に寄ってひとしきりおしゃべり、仲間のご主人も途中で
参加、帰りにその喫茶店のウインドウにあったケーキを二人分誕生日のささやかなケーキですが、といって買ってくださったのはハプニング。これまた嬉しいプレゼント!

今年の誕生日は今までにはない記念の日となった。記念日好きの主人の誕生日は12月、それまでは元気に過ごしてもらい好きな温泉にいくような計画をたててもらおうと思う。旅好きの主人に。
ちなみに主人はステージ4bのがん患者である。






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