「源氏物語を読む会」の恒例の京都への日帰り旅行に11月下旬に参加しました。
この会は毎年源氏物語や紫式部の関わりのある地を訪ねる旅で椙山女学園大学の元教授梅野女史の企画です。
今年のコースは嵐山小倉百人一首殿堂時雨殿→天龍寺→野々宮神社→嵯峨釈迦堂 清凉寺
丁度紅葉シーズン、もみじがどこを見ても美しい紅葉でしたが、嵐山には多くの人が訪れ渡月橋を渡る人たちが溢れていました。
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バスを嵐山で下車 時雨殿へ。
ここでは小倉百人一首の時代のファッション企画展を開催中でその色彩と文様が織りなす王朝びとの装身具 遊具 衣装などが展示されていました。
天龍寺へ
天龍寺は後醍醐天皇の菩提を弔うために足利尊氏が夢想国師を開山として創建しました。臨済宗の天龍寺派大本山です。
西院野々宮神社
神川の東、西院野々宮(ののみや)神社(野々宮神社)は、市内にいくつかある現存する斎宮跡の中で、最もかつての風情をとどめているともいわれています。伊勢神宮に奉仕する斎王が伊勢に向う前に潔斎をした「野宮」に由来する神社であると伝えられています。天皇が代替わりすると、未婚の皇女・女王の中から新たな斎王が選ばれて、嵯峨野の清らかな場所を選んで作られた野宮に入って一年間潔斎した後に伊勢神宮へ向かいました。その時の行列を「斎王群行」といい、現在では毎年10月の例祭において「斎宮行列」としてその様子を再現しています。
野宮の場所は毎回異なっていましたが、嵯峨天皇の代の仁子内親王のときから現在の野宮神社の地に野宮が作られるようになりました。斎王の制度は南北朝時代の後醍醐天皇の代を最後に廃絶し、その後は天照大神を祀る神社として存続していましたが、戦乱の中で衰退。後に後奈良天皇、中御門天皇らの命により再興され、皇室からの厚い崇敬を受けました。
源氏物語「賢木」の巻にも現れ、謡曲「野宮」の題材ともなっています。
清凉寺(嵯峨釈迦堂)
源氏物語の光源氏のモデル「源融(みなもとのとおる)」が作らせた像 国宝阿弥陀三尊座(平安前期896年)が祭られています。丁度特別公開中でした。
中尊の阿弥陀仏は融公がこの地で亡くなる前に自分の顔に似せて作らせたという「光源氏映し顔」の伝説を持っています。
霊峰館で所蔵の仏像が特別公開中で、どの仏像も素晴らしいお姿でした。特別公開中の仏像は見る価値があります。
今回も源氏物語を読む会の受講生ではないのですが、バス旅行に参加させていただきました。小倉百人一首などは子供の頃はお正月には必ずかるた取りをしていたこと、中、高校時代に国語で学び、一応暗記をしていたことなどでこのような私でも楽しませていただきました。梅野先生には感謝申し上げます。