|
客船の一枚の写真のつづきです
日本郵船の客船秩父丸の乗船客名簿(英字版)を掲載しておきます
まずは、表紙から
すこし汚れています
第2次往航(東航)
船長は Y.荒木田
これをみると、香港から日本に向かい
桑港・羅府に向け航行しています
日程的には横浜からホノルルまで7日
ホノルルからサンフランシスコまで5日
さらにロサンゼルスまでは1日の行程です
乗船客は1等162名、2等103名、その他527名
クルー291名 合計1083名
乗船客は外国人がおおいです
2万トンもしない客船で
千名余りとはいささか窮屈ですよね
レストラン、アフタヌーンテイー
バーの時間が書かれています
このあたりは現代と一緒ですね
屋内プールは1等専用でしょうか
プール・ジムとも
子供の時間、女性の時間など分かれています
デッキチェアー1ドル位ですが、
この当時の1ドルって
今ではいくらくらいなんでしょうか
乗船客名簿の下に小さく船内の様子があるので
拡大して載せておきます
1等船客用の設備は充実していますね
|
ひろしま海事博物館
-
詳細
コメント(0)
|
客船の一枚の写真つながりです
写真を写していたデッキは、日本郵船の客船 秩父丸の船上
ちょっと紹介します
桑港航路新造客船 モーター船 秩父丸
秩父丸は、優秀船浅間丸・龍田丸・秩父丸の3姉妹船の一隻で、1930年から米軍に攻撃を受け沈没する1943年までの短い生涯でした。
以下、パンフレットから引用します(本文は一部抜粋)
秩父丸の主要項目 総屯数 17,500屯
排水量 22,200屯 載貨重量 8,000屯 貨物容積 6,600屯 全長 584尺 垂線間の長さ 560尺 船幅 74尺 深さ 42尺6寸 満載喫水 28尺6寸 主機関 バーマイスター・エンド・ウェーン社製複動四衝式ヂイゼル機関 二基 推進器 二個 甲板数 七層 旅客定員 一等 243人 二等 95人 三等 500人 起工 昭和三年二月六日 進水 昭和四年五月八日 竣工 昭和五年三月十日 造船者 横浜船渠株式会社 当社はこの国家的重要性と、時代的趨移とに鑑みまして、我国民の興望を担い、一大使命の遂行の為め予て太平洋航路に使用すべき優秀船建造計画を建て、著々その進捗を図り、他社に一歩を先んじて実現の一日も速やかならん事を期しましたる結果、桑港線一万七千屯型優秀客船三隻の内、第一船浅間丸は、就航以来好成績を収め、内外国寄港地に於いて、多大の歓迎と好評を博して居ります。而して、今やその姉妹船秩父丸、龍田丸の両船も艤装完成し、相ついで、各独自の新装を凝らし、華々しく太平洋横断の処女航海に上ることになりました。
今回初めて就航致しまする第二船秩父丸は、その船体、機関、船内及航海諸設備等の完備せる点に於いて、前船浅間丸に優るとも劣ることなき優秀なものであります。浅間丸に比し、船幅において二尺を増せる秩父丸は、総屯数一万七千五百屯で、本邦建造にかかる最大の商船でありますことは勿論、現在運用せられて居る船舶の中でも亦我国唯一の巨船で、その快速力なることと、斬新華麗なる諸設備と、更に万端至れり尽せる食事及待遇向とは、当社の誇りとする許りでなく、かかる優秀船の出現は、我国海運史上に特筆すべき画期的の一大進歩でありまして、今や各国注目の焦点となっています。 |


