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似の島は第一次世界大戦のときにはドイツ人の捕虜収容施設がありました おかげでバウムクーヘンが日本で焼かれるようになったきっかけの島でもあります また広島に原爆が落とされたときも罹災者がこの島に逃れてきました。似の島はそんな歴史をしょっています 昨日似の島に渡ってみました いまでは臨海臨海少年自然の家があって極めて平和 一組の利用者がいて、穏やかな日差しのなか職員のかたでしょうか庭の芝を焼いていました この施設には二百名が滞在できる宿泊棟 百二十名が泊まれるバンガローもあります テレビに写る映像とのギャップに驚くばかり テレビに写っている避難所に物を送ればそれでよいのか 被災した人全てが情報も物資も伝わりにくい現地の被災地避難所にとどまる必要があるのでしょうか 気候の穏やかな瀬戸内海沿岸にはこのような施設がたくさんあります これら公的施設を遠隔地避難場所として利用出来ないものでしょうか 集落単位で罹災した方々(ご家族の安否が判明し家も流されて再建が不可能な方々)に来ていただき、その後は地方で斡旋する県営市営住宅これから作られる復興住宅あるいは交流定住制度などに移られたらよいのではないかと思います 春の時期 施設は予約で埋まっているとは思いますが予約者には多少我慢してもらい是非とも遠隔地避難場所として活用して欲しいものです 避難地の負荷の軽減にもなります 気候も穏やかで安全な瀬戸内海の施設を活用することは無理なのでしょうか |




