横手研ぎ会 〜狛犬のブログ〜

鉄の美しさを引き出し、鑑賞していきます。

日記

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生存報告

忙しすぎて最近全然更新できてません。
(というか記事にするものが少なすぎて)

また10月後半には、仕事上必要となる国家資格に向けて時間の合間はお勉強で研ぐ暇も何もないです。

11月になったらなったで雪国ですので重房さんの小刀で冬囲いの紐切って
12月になったらなったで雪と格闘。

暇見てまた投稿しますんでそのときはよろしくお願いいたします。






こう書いてて思い出したのが、先日暇な1日がありまして一関博物館で行われていた国宝重要文化財の刀剣展がありまして、その中で一際私が好きなタイプの太刀がありましたので〆に使わせていただきます。

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詳細は後日に。
草花萌ゆ、晩春。イネ科花粉のアレルギーには辛い季節がやってきました。

散歩中かわいそうな鉛筆を見つけましたので、保護しました。

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〜削り後〜

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一体いつから日本人は簡単に物を棄てる様になってしまったのか、単に落として誰かに踏まれたなら仕方無いですが。
それでも打ち棄てられたままと言うのは可愛そうですよね。

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新潟出張 IN 海-kai-

先日まで新潟の刃物の町燕三条市に伺ってました。
趣味ではなく、仕事でしたけどねΣ(´∀`;)

さてそんな中、ある日にお隣長岡市に偶然にも砥石&研ぎの趣味繋がりでYahooブログを書かれている人が居りまして

お食事に行ってきました!

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丁度座ったカウンターの反対側の格子の中に砥石の山々、少しばかり研がせてもらいました。良い物ばっかりで羨ましい限りでした。

イメージ 2
座った位置の真横にコレまたご立派な・・・


砥石海産系のお料理、堪能させていただきました。ありがとうございます。
またその内お邪魔しますね〜

宜しくお願い致します。m(_ _)m

お久しぶりです。

前の携帯が急に電波が通じない状態に陥り、またパソコンが使えない出張先の中でお返事が遅れてます。

先週壊れ今日になってようやっと交換できました。SO-04Hです。
いやぁ最新機種は良いですね。古いデジカメを遥かに凌駕したフォーカス処理に度肝ぬかれました。

という訳で次記事はその性能を遺憾なく発揮される日本刀撮影です。
お楽しみに。

それと、今日中にお返事を返していきますので悪しからず。


前回の投稿の際に出てきた"日本刀の大量生産”について少し触れていきたいと思います。
本当の所、前の約束で鎌型薄刃を書きたかったのですが、写真撮る前に研いでしまってネタが無くなってしまっている実情があるわけで・・・多趣味さんごめんなさいね!

さて本題
みなさんタイトルの室町末と言われてピンとくる人とそうでない人のためにあえて崩した言い方をしようと思います。いわゆる戦国時代というもの。
この戦国時代は大量に刀剣も弓も槍も鉄砲も様々な武具が欲しくなった時代でした。
そんな中一際隆盛を極めた二大流派 美濃と備前が有ります。
その頃の末ものを末某と言います。末物でも大量生産と注文品はハッキリ違いますが、過去記事に書いていたので見た目でハッキリわかるほどですので省略します。
その当時の、特に上記の2つの地域は今のように刀匠一人が鉄の選別〜銘切りをしていたということはほぼなかったと推測されております。分業制で生産しないととても間に合わなかったからでしょう。

時は流れて昭和時代。第二次世界大戦中には軍刀という粗製濫造の代名詞として現代でも蔑まれた刀たちが有ります。
その理由は北はロシア国境付近の極寒地帯。南はインドネシアやガダルカナル島のような赤道付近の灼熱地域。つまるところ北は鉄が脆く折れやすく、南は熱で曲がりやすい地域に兵を派遣しなければいけないということでした。

軍刀はその環境変化に適応させるべく、また戦地ではろくに手入れもできない上、移動は船だったので潮風にヤラれないよう合金鋼や対錆用の金属で作られたりもしました。また水焼入れのように失敗が多い方法から一部油焼入れをされた刀まで有ります。これらのことだけでも、現代の美術刀剣的に鑑みて一段劣ると評されても仕方ないかもしれませんが、更に戦国期には存在しない大量生産方法があったことが昭和刀を卑下する要因の一つでもあったのです。
それは、素延べの鉄板を適度に切り分け刀鍛冶に渡し、素延べ・火造りという刀の形にする鎚を振るう工程までの作刀工程をすっ飛ばした刀があります。
この条件+軍刀研ぎという地肌や鋼のうねりすら見せない粗悪砥が現代にまで生き残った軍刀をより粗悪に見せていることが評価低下のそもそもの原因といってほかなりません。
軍刀砥された刀はいくら昔の状態の刀でもアルミ合金の模造刀みたいな風合いに仕上がります。写真を掲載したかったのですがお目汚しになるので割愛します。

もちろん古来の方法で作刀された作品も少数派ですがありますが、大部分は粗製された物です。


ここまで書いていると私は軍刀も室町末物も嫌っているように感じられる方もいらっしゃると思いますが、断じてそんなことはありません。
しっかりと研がれた状態の軍刀や末物は美術刀剣と差支えないのです。
素延べの鉄板でも模様が出ますから、素延べの鉄板の軍刀でもしっかりと模様は出ます。
更に言うなれば素延べの鉄板が武器として理に適っている部分があるからです。

そのことを話す前に皆さんに考察していただきたいのです。
中身が柔らかく外見が硬い材質の組み合わせ、鉄筋コンクリが一番想像しやすいのでそれを参考に考察しましょう。
通常のコンクリでは鉄筋入りにくらべ硬く脆いために衝撃でヒビが入り崩れるのが道理です。まして気泡がまばらに見える空気抜きされていないモノ(巣がある刀)は更に脆いといえます。
次に鉄筋コンクリですが通常鉄筋とコンクリ部分は密着してますよね?そして違う材質の組み合わせでも強靭な耐久性が生まれるのは鉄の靭性とコンクリの硬さにあります。これは心金入りの日本刀でも同様のことがいえます。
では心金と皮金が密ではなく、粗になっていれば?コンクリと鉄筋が密着していない状態では・・・?
答えは簡単、空洞ができたコンクリに高い耐久性はありません。

イメージ 1


そして上記の昭和刀の素延べ鉄板とは極端な話、右の状態の刀と同じように強靭な粘りが生まれ易いです。そもそも混ぜ合わさっているので、適切な熱処理でない超高温で炭素分を抜かなければ、の話ですが。

では心金入りの作刀方はだめなのか?という事にもなりますが、心金入りのとても上手な熱処理や鍛造方法をされた作品は、なんとこの図の中間のようになっていることが分かりました。

日本刀の刀身構造 という大変わかり易くまとめてくださっているページに派生しますが
イメージ 2

この図からも解るように心金ありの方法でもかなりの差があります。
ということはつまり
熱処理と作刀方法次第では素延べ以上の心金入りも作れますしそれ以下の粗悪品になるということが論証できました。

さて、大量生産するに当たり何が重要か
それは品質に差が少ないことでしょう。
つまり心金入りでスゴイ名品が切れ味指数100として作る難易度が100だとしたら
素延べで大量生産品でも切れ味指数7〜80だとして作る難易度が3〜50だとすれば、国の方針としてどちらを取るのかは論を俟たないでしょう。まして失敗作が発生して再利用が難しいモノなら余計に・・・

以上のことから
室町末の刀や軍刀は武器として日本刀の究極形態であり、本気で研がれたモノは今回残念ながら写真で紹介出来ませんでしたが美術刀剣になりうること
が立証されました。

いずれまた加筆修正すると思いますので今日はここまで。


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