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教育の場に携わって、二十年。 気が付いてみたら、もうそんなに経っていた。 自分の高校時代を思い起こすと、何やら気難しい、不快な気分に襲われる。 楽しいことが何もなかったはずはないけれど、むしろ、思い出したくもないことのほうが胸を焼き付けてくるからだろう。 同世代のミュージシャン、尾崎豊を知ったのはそのころのことである。 『卒業』『I love you.』『シェリー』等々……尾崎の残した数々の曲は彼がこの世を去った今でも唄い継がれている。 彼の歌には心の奥底の、魂の叫びが込められていた。大人社会への反逆や、生きることへの問いかけ、そして愛すべきものへのメッセージ……。 どれもこれも、そのころの僕の、心の中の音叉と共鳴するものばかりだった。 心すれちがう悲しい生き様に ため息もらしていた だけど この目に映る この街で僕はずっと 生きてゆかなければ 人を傷つける事に目を伏せるけど 優しさを口にすれば人は皆傷ついてゆく この『僕が僕であるために』という歌もまた、僕の心に突き刺さっていたトゲをそっと包んでくれたもののひとつだ。 誰がいけないとゆう訳でもないけど 人は皆わがままだ 慣れあいの様に暮らしても 君を傷つけてばかりさ こんなに君を好きだけど 明日さえ教えてやれないから 僕自身これまでに何度も挫け、総てを棄てようとして棄てきれず、今日まで歩いて来た。いや、歩いて来た、などと偉そうなことは言えない。歩いて来てしまった、と言ったほうが適切な表現だろう。 いい気になって調子に乗り、とんでもない失態をしでかしたこともある。 何度やってもうまくいかず、二度と立ち上がれないと思ったこともある。 そして大切な存在を失って、顔面蒼白のまま漆黒の夜を過ごしたことも。 ……生きるとは「失敗の繰り返し」なのかも知れない。 別れ際にもう一度 君に確かめておきたいよ こんなに愛していた これまで生きて来て、正直、不可解なことや理不尽なことは、どんな世界にもあるものだなと、身に染みた。 抗議、反発。しかし誰にも悪気はなく、何を言っても言い訳にしかならない。 だから大事なのは、苦情を言うことではなく、自分自身の存在をしっかりと主張し続けることではないか。 そう、生きるとは「自分自身との戦いに勝ち続けること」なのかも知れない。 僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない 正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで 僕は街にのまれて 少し心許しながら この冷たい街の風に歌い続けてる 人は独りでは生きてはいけない。そんな分かり切ったことが案外分からないでいた自分に、後になって気付くことも少なくない。 時に、優しさが人を傷つけることもある。それでも人は、心を寄せあって生きていかなければならない。 それは、僕が僕であるために。 そして、君が君であるために。 ……拙いメッセージ、読んでくれてありがとう。
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