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三輪山は山そのものがご神体。だからここの大神(おおみわ)神社、拝殿はあっても本殿はないと以前にご紹介した。三輪は神聖な杉も祭っている。今も境内に一本の老杉があってここに棲む蛇をあがめているという。
この蛇が三輪の神に化身して倭トト日百襲姫(やまとととひももそひめ)のもとにかよったとい神話がある。「日本書紀」の巻5<崇神紀>。
百襲姫(ももそひめ)は三輪の神が<神懸かり>した人物。「よく巳然(ゆくさきのこと)を識(し)りたまへり」という。予測能力をもった神性の女性。つまり神秘な<巫女>の<性>をそなえた女だった。やがて大物主(三輪の神)の妻となった。
神はつねに夜ばかりきて昼は見えなかった。そこで姫が「朝までいて欲しい。美しいお姿も拝見したい」というと、神は「もっともなことだから、明日の朝は箱の中に入っていよう。ただ姿を見て驚かないように」と答えた。
あやしみながら翌朝、箱を開けてみた姫、そこに美しい小蛇を発見した。「その長さ太さは紐の如し」という。姫は驚いて大声を上げた。大神はそのこと酷く恥ずかしく思った。
人間の姿に戻った神がいった。「あなたは私を辱めた。今度は私があなたを辱める番だ」と空中を飛び、三輪山に帰った。「日本書紀」は「大虚(おほぞら)を践(ほ)みて御諸山(みもろのやま)に登ります」と書くという。絶望に打ちひしがれた姫はその場にへたりこんだが、箸が陰(ほと)を指し貫き、命を奪ったという。
姫を葬った墓は<箸墓>と名付けられた。墓を造る時、昼は人間が造り、夜は神々が造った。大阪山の石を運び出し、手から手へ伝えて造ったので、次の流行歌(はやりうた)が流布した。
大阪に 継ぎ登れる 石群(いしむら)を 手越(たご)しに越さば 越しかてむかも(紀―19)
「石を切り出すのは大変だが、手から手へ運び出せばなんとかなる」という意味。この墓は272mに及ぶ前方後円墳。面白いことに、これを邪馬台国の卑弥呼の墓とする説がある。という。「そうなればロマンはいっそう広がる」と中西進の「万葉を旅する」(38頁)。
古墳はどこからでも目につく。「この巨墳の上に<大虚を践>む大神の姿を幻視することは、さながら古代へ参入する感」と中西氏。墓の北側には池があって<箸墓>の影を映し、重ねて三輪山の影も映すという。―――ウーン、素敵だ。
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