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<解散権>と<人事権>は<宰相>のみが持つ<究極の権力>。冷徹な合理主義者・小泉純一郎は確信した。小泉登場までの自民党は派閥連合の政権運営が<慣行>。領袖ら実力者たちによる<談合>と<合意形成>がない限り、この<権力>は行使できなかった。
幹事長は総裁派閥からは出さない。大派閥の持ち回りが不文律。<挙党体制>という勢力均衡が基本だった。だから選挙の実権を握る幹事長が<NO>なら解散できない。
<三木降ろし>に学んだ小泉は自分への<忠誠度>で幹事長を選んだ。<数の論理>や<派閥の論理>を無視。小派閥ながら盟友である山崎拓を政権最初の幹事長に決めた。
<独断専行>の人事も小泉が一歩も譲らず断行してしまえば「独裁者」とか「ヒトラー」とか批判はできても誰も阻止できない。憲法上は当然だからだ。だが慣行が生み出す意識や理解は急には変わらない。政権が長期化すると摩擦は激しさを増し、党内はきしんだ。
最初の危機は2002年の前半起きた。小泉政権誕生に大きな役割を果たした外相・田中真紀子の更迭。外務省と対立、閣僚としての資質を問われかねない事件が頻発した。
任命者としての責任は免れない。内閣支持率は急降下。政局は泥沼化した。小泉は行革本部長の太田誠一、行革担当大臣の石原伸晃らを前にワイングラスを手に語ったという。
「皆、よってたかって俺を引きずり降ろそうとしているんだろう。内閣総辞職なんかしないからな。もしそこまで追い込まれたら、絶対に衆院解散、総選挙を打つ」―――。
2002年の通常国会の終盤、小泉の予言どおり「伝家の宝刀」に手をかける事態が発生した。かつて橋本総理の時、辞表と引換えにもぎ取った郵政事業への<民間参入法案>の扱いをめぐって元幹事長の野中広務ら自民党の<郵政族>と火花が散ったのだ。
法案の攻防で郵政族や官僚が厳しい条件を押し込んだ。参入に意欲を見せたヤマト運輸は「郵便ポスト10万本」の規制に失望、断念を表明。郵政族は法案提出も阻止しようとした。
小泉は怒った。法案成立は民営化への<一里塚>だ。阻止に動いたのは<総務会>。与党の承認を求める<事前審査システム>の<壁>だ。小泉は幹事長の山崎拓に言った。「<小泉は本気>だと言ってもらって構わない」―――。「不成立なら衆院解散」という意味。
小泉の強い姿勢に押された総務会は「法案の内容は承認しないが、国会への提出は認める」という曖昧な形で関門を開けた。小泉はここでも<官邸>と<党>という<双頭の鷲>型システムを<官邸主導>に引き寄せる強烈な揺さぶりをかけた。
郵政族の総帥・野中広務は結局、小泉の強行突破路線にメンツを潰され、渋々ながら法案成立を受け入れた。<解散リスク>の高さを察知したからだった。
翌2003年9月、総裁選を控え、小泉と党内のあつれきは極限にまで高まった。
小泉支持の一つは<後見人>を自認する前首相の森喜朗と橋本派ながら対立調整の窓口となってきた参院のドン(議員会長)の青木幹雄。早大雄弁会の先輩後輩ライン。
もう一つは幹事長の山崎拓と連立の公明党。両者はしっくり言っておらず、何かとギクシャクした。しかし、両者は小泉を<無投票再選>させる戦略目標では一致していた。
森―青木ラインが重視したのは<党内融和>。二人は通常国会が7月に閉幕したら内閣改造・党役員人事を断行、最大派閥の橋本派と人事で手打ち「<挙党体制>を確立、無投票再選を目指せ」と代わるがわる小泉を口説いた。「再選されれば挙党体制を組むために内閣改造はありうる」と小泉は記者団に語った。党内は<挙党体制>にあらぬ期待を寄せた。
一方、山崎はまったく違う進言をしていた。山崎が連携を深めていた公明党は<衆参同日選挙>を嫌っていた。山崎はまず通常国会会期末に解散に打って出る策を練った。小泉が勝てば余勢をかって9月の総裁選は無投票再選が確実。小泉は「解散の時期は言えないが、連立の信義は守る」と語った。山崎と神埼は「11月9日投票」説を流布し始めた。
だが小泉は別の<再選戦略>を描いていた。切り札は<解散権>と<人事権>。だがもう一枚カードをつけ勝負に出た。衆院選向けの「マニフェスト」。―――新たな政治手法だ。
「総裁選で私が勝った場合は私の方針に従ってもらう。私の方針が国政選挙に臨む自民党の公約になる」。「私の方針に協力してくれる限り、従来の敵も抵抗勢力も関係ない。私の政策を支持し、改革に必要な人材には内閣で働いてもらいたい」―――。凄いエサ。
「抵抗勢力は選挙の時だけ<小泉印>を利用して終れば批判します。前回の参院選もそうでした。今度は総選挙の前に<踏み絵>を踏ませないと」。7月8日、首相官邸に政権公約の打合せに出向いた山本一太(参院・森派)が提案。小泉は我が意を得たりと膝を打った。「そう。踏み絵だ。これは見ものだ」―――。
小泉が検討していた政権公約の柱は「道路公団の民営化法案を来年の通常国会に提出する」「郵政3事業の民営化を次期総裁任期の3年間で実現する」―――。伝え聞いた<郵政族>の野中広務は激怒した。「思い上がりもはなはだしい! そういうことを言わない総裁を選ぶ」と発言、反小泉の統一候補擁立への動きを加速させた。
全国特定郵便局長会は田中角栄が擁立、竹下派以降も自民党を支配してきた最強の集金・集票マシン。民営化論は小泉支持勢力にとっても足元を揺るがす最大のタブーだった。この<確執>は党内の緊張を極度に高めた。
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