|
<踏み絵>発言に<激怒>した野中広務。「思い上がりもはなはだしい!」と絶叫した。小泉支持勢力にも<激震>が走った。
「郵政3事業の民営化を次期総裁任期の3年間で実現する」―――。2003年9月の自民党総裁選。次の衆院選を意識した「小泉マニフェスト」には皆、仰天したのだ。
当時「各都道府県で約2万票。全国で約百万票」(野中広務)の<底力>といわれた全国特定郵便局長会。民営化は小泉支持勢力にとっても足元を揺るがす最大のタブーだった。
2003年7月17日の山崎派総会。会長代行の元郵政相・関谷勝嗣は派内の微妙な空気に配慮、こんな発言をせざるを得なかった。「郵政民営化で納得できない方は決して派閥で拘束するものではない。総裁選で自由に投票していただいて結構だ」―――。
「親の心、子知らず。兄の心、弟知らず…」。自称後見人の森は小泉の挑発的言辞にうめいた。「全然言うことを聞かん。こうなると総裁選後の内閣改造も小幅、中幅かも分からん」。参院を率い、内閣改造で橋本派に配慮、挙党一致を期待した青木幹雄も苦りきった。
<無投票再選>の戦略が狂うと危惧した幹事長の山崎拓が動いた。「首相は<踏み絵>とは言っていない。選挙公約をただちに総選挙の公約にするかどうかは党が決めることだ」。
翌18日、衆院予算委員会。質問に立った民主党の菅直人が揶揄して質問した。「あなたは結局、腰砕けじゃないか」―――。小泉は顔色を変えて切り返した。「それは節穴の諸君の判断だ! 総裁選で当選した候補の公約が党の公約になるのが当然だ。私に従ってもらうのが当然だ」。こうまくしたてた。山崎の苦心は水泡に帰した。
派閥単位の数合わせでは総裁選で小泉は優位に立てるとは限らない。最大派閥の橋本派に亀井派、元幹事長・古賀誠が実権を握る堀内派などが大同団結して反小泉統一候補を擁立すれば再選は一気に危うくなる。だから森―青木ラインも、山崎も<無投票再選>に必死だった。だが肝心の小泉の動きがおかしかった。
驚くべきことに小泉は最初から<無投票再選>など望んでいなかったのだ。「対決型の総裁選を恐れているのは俺じゃない。抵抗勢力の方なんだ」―――。コペルニクス的転回だ。小泉は抵抗勢力を対抗馬擁立に追い込み、選挙で<正面突破>した方が再選後の権力基盤はより固まると計算していた。もちろん、必ず勝てると確信があったわけではない。
ここにも小泉の独創的な<戦略>があった。必ずしも優位でない党内情勢をひっくり返す<秘策>―――。それは<内閣総理大臣の権力>を最大限に発揮することだった。決め手はもちろん<伝家の宝刀>たる<解散権>と<人事権>―――。
まず9月の総裁選は予定通り実施する。再選すればただちに内閣改造・党役員人事に踏み切る。さらに間髪をいれず10月に衆院を解散、11月に総選挙を断行する。
小泉は総裁選、内閣・党役員人事、衆院解散・総選挙を、この順番で連結した。切り札中の切り札である<解散・総選挙>は先に切らず、カードを温存、最後に持ってくる。
しかも<政策本位>という<大義名分>を装い<小泉マニフェスト>という<攻め道具>まで用意した。
しかも「第一関門」の<総裁選>。自民党議員にとっては<劇薬>の<郵政民営化>が<踏み絵>―――。ここで小泉を支持しなければ「第二関門」の<内閣改造人事>ではポストを与えない。加えて「第三関門」の<衆院選>でも反小泉勢力には積極応援しない。
―――二重三重の締め付け作戦。<人事権>と<解散権>という<宰相の権力>を<総裁選>乗り切りに<総動員>する体制だったのだ。
野中、亀井ら反小泉勢力は第一関門の総裁選で総力結集するしかない。何が何でも小泉を倒すべく<対立候補>擁立の動きを強めた。小泉は周囲に漏らした。
「反小泉勢力は総裁選のことしか考えていないだろ。総裁選で小泉を引きずり降ろしさえすれば、権力は俺たちのものになる、と」―――。「面白いよな。(もし勝って)やったやった、と権力の絶頂に立った気分になる。次の瞬間、奈落の底に落ちるんだから」。
8月、甲子園、夏の全国高校野球の開会式に出席した小泉は「勝ってよし、負けてよし、だ」と球児を激励した。孤高の宰相は総裁選も「勝ってよし、負けてよし」と腹をくくっていたのだ。
総裁選で郵政民営化を柱とするマニフェストを自民党員に問う。勝てば続投。もし敗北すれば総裁職は退く。しかし、内閣総理大臣の職を辞めるつもりはなかった。そのまま「小泉マニフェスト」を掲げ、首相の座に踏みとどまって<小泉新党>を結成。衆院解散・総選挙に打って出る。<驚天動地>の<秘策>を腹に秘めていた。
小泉が<総裁選>前の解散を拒否したのは深い読みだった。仮に解散・総選挙で勝利しても、反小泉勢力は当分、<小泉人気>が必要な国政選挙がなくなると安心する。むしろかえって<総裁選>で<小泉降ろし>をためらわなくなるリスクが高いと踏んでいたのだ。
これが究極の<内閣総理大臣の権力>である解散権を最後まで温存した理由だ。凄い。
|