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2003年9月の自民党<総裁選>―――。小泉は青木幹雄に究極の「踏み絵」を迫った。
竹下登蔵相時代に大蔵政務次官となった小泉。以来、竹下と密かに親交を維持、竹下の秘書上がりの青木にも礼を尽くしてきた。一方、郵政族のドン、野中広務は徹底的に冷遇。最大派閥に対する露骨な<分断>作戦だった。政権発足から2年半、徹底して<分断>を続けた結果、野中と青木は激しく<反目>しあうようになった。
「小泉マニフェスト」の柱は<郵政民営化>―――。「青木から見れば、自分が小泉に走り、総裁選で小泉を倒せば小泉は『自民党ぶっ壊し解散』に突入しかねない。反面、小泉支持に回れば、野中との対立は決定的になり、橋本派は分裂しかねない。橋本派を捨てても自民党の存続を取るのか、自民党が割れても橋本派の小康を取るのか。進むも地獄、退くも地獄」(清水真人「官邸主導」336頁)。
結局、青木は小泉支持を決断するしかなかった。自民党を壊す道だけは避けたかったのだ。野中にはこの<苦渋>が見えなかった。一方的に<経世会のユダ>と決め付け、裏切りを許せないと思い込んだ。
見えなかったのは野中だけではない。元運輸相の藤井孝男も青木が裏切ったと考えた。同じ橋本派から反小泉で立候補。橋本派は事実上<分裂>。小泉、亀井、藤井、元外相・高村正彦の4人で争った総裁選で、小泉は圧勝した。
総裁選前、小泉は周辺に漏らしていたという。「青木さんは恐らく分かっている。反小泉勢力が暴走して行き着くところまで行けば自民党が壊れてしまうと。だから何とか<融和>させたいと考えている。対決を恐れているのは、向こうなんだ」―――。
コペルニクス的転回だ。抵抗勢力を<対決>に追い込み、正面から<撃破>した方が再選後の権力基盤が強くなると考えた。恐るべし…。
青木は「小泉でなければ<選挙>に勝てない」を大義名分に掲げた。元首相・中曽根康弘は小泉が「党内の実力者に頭を下げて再選を果たした」と評した。青木の軍門に下って政権を維持したと考えたのだ。それが永田町の通説となった。
小泉はそれを敢えて否定しなかった。ただ再選後の人事で亀井ら3人を徹底的に冷遇した。もちろん森にも青木にも、人事は一切相談しなかった。脳死状態の橋本派からは反発の声すら弱々しかった。これではどちらが軍門に下ったか、分からない。
だが、もし青木が反小泉に回っていたら、小泉は2年後の<郵政解散>を待たず、自民党を割り、全小選挙区に<小泉新党>の候補者を立てる大分裂選挙に強引に打って出ていた。
「小泉と青木だけがそれを知っていた」(「官邸主導」337頁)―――。
2004年7月、年金問題などで逆風が吹いたが、参院選を小泉は乗り切った。いよいよ宿願の<郵政民営化>だ。小泉は基本方針作りを最も信頼する竹中と経済財政諮問会議に委ねた。「郵政民営化は絶対に総理の直属でやってください」と竹中が強く進言したからだ。
竹中がこだわった背景には過去の苦い経験があった。政権発足当初、小泉が民間ブレーンの田中直毅(21世紀政策研究所長)の任せた「郵政3事業のあり方を考える懇談会」は結局、民営化の方向を断定できず<3案併記>にとどまった。
経団連全会長をトップにした「道路公団民営化推進委員会」も委員同士が対立、今井が辞任して混迷を極めた。
諮問会議では郵政公社を所管する総務相の麻生太郎と竹中が激しい駆引きを展開した。反対派が多い自民党では橋本派の有望株・額賀福志郎が同派の村井仁を起用した郵政改革特命委員会が党内論議を始めた。だが党内議論は一向に進まない。
竹中が中心となった諮問会議が基本方針をまとめると小泉は躊躇しなかった。9月10日、一気に<閣議決定>した。森や青木が制止しても聞き入れなかったのだ。党内部会→政調審議会→総務会という与党の事前審査を無視した閣議決定は極めて異例。小泉は「官邸主導」のトップダウンを貫徹した。
余勢を駆って月末の内閣改造、党役員人事でもまた森や青木の進言を無視して突っ走った。しかも党内調整をサボったとして額賀政調会長を<更迭>した。小泉よりドン青木の顔色をうかがった額賀を許さなかったのだ。ここで起用したのが幹事長<武部勤>と<亀井派>を離脱して<無派閥>で復活当選した与謝野馨。
森は<挙党体制>が必要と反小泉色の強い亀井静香、野呂田芳成、古賀誠の起用を進言したが、<郵政解散>の閣議を想定する小泉が受け入れるはずがない。
年が明け、2005年の通常国会が始まった。1月21日、衆院本会議。施政方針演説で小泉は「<改革の本丸>が<郵政民営化>」と努めて淡々と語った。しかし、反対派が譲歩を迫った<争点>には不敵にも次々と<ゼロ回答>―――。
自民党席ですら拍手したのは幹事長の武部、森派の伊藤公介、河野太郎の3人だけ。民主党からは激しいヤジ。与党席は沈黙。異様な重苦しさが漂った。
旧橋本派長老で、反対派の総帥・前衆院議長の綿貫民輔は「アホらしくて聞いていられるか」と吐き捨て、途中退席した。小泉は決して党内情勢を甘く見ていなかった。激突を前提に<秘策>を練っていた。
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