火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

万葉を旅する

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<橘>か<藤>か。幸福を呼ぶホトトギス(時鳥)はどっちにくるのか。家持は迷いつつ生きた。左大臣・橘諸兄が74歳で世を去った天平勝宝9年(747年)、藤原仲麻呂政権の打倒を狙った橘奈良麻呂のクーデターが発覚した。大伴一族のほとんどがこれに連座、処刑された。だが家持は<傍観>を決め込んだ。

家持は<咲く花>を選ばない。それを眺める<菅の根>を選んだ。たとえ<卑怯者>という汚名を被っても自分は<長生き>したい。そう歌にも詠んだ。
だが<奈良麻呂の乱>以後、家持は歌をあまり詠まなくなる。乱後、因幡守に左遷された家持は天平宝字3年(759年)1月、因幡国庁での

新しき 年の始の 初春の 今日降る雪の いや重(し)け吉事(よごと)

を最後に筆を置き<歌わぬ歌人>となる。まだ42歳だった。そして願い通り、68歳まで生き永らえる。
「68歳というのは当時としては長生きにはちがいないが、一族はじり貧の運命を免れなかった。我々はもっと彼が勇敢であったらと思う。それでも大伴氏は、滅亡していたかもしれないが、武勇の大伴氏らしい滅亡の仕方があったと思う」(小学館「人物日本の歴史」第2巻「天平の明暗」282頁)で梅原猛は嘆く。

梅原は家持の<臆病>を招いたのは<反藤原>の姿勢を貫徹、<悲劇的な死>に倒れた<柿本朝臣人麿>の姿が眼前にちらついていたからと考えている。家持は「人麿を<詩歌の師>にはしたが、<人生の師>にはしなかった」というのだ。

梅原猛は若い頃、そうあの東京オリンピックの前辺りだろうか、岩波書店から「水底の歌―柿本人麿論」を出版、「人麿は通説とは違って<身分の高い>宮廷詩人。持統女帝から寵愛されたが、女帝の死後、藤原不比等に酔って石見国に流刑にされ、殺された。彼の遺体は<水底>に沈められた。その<怨霊>を鎮めるため死後<神>に祭られた」と主張した。
通説では「人麿は<低い身分>の宮廷詩人だったが、晩年は地方官となり、近江、讃岐、石見などを転々とした」と考えられていたのだ。

北山茂夫「万葉集とその世紀」(新潮社)も「人麿は官位が低く病死と」いう説。北山は<古代史>専門の著名な歴史学者だが「万葉集」の研究をライフワークとする<碩学>だ。
「偉人には<そうした>伝承がすこぶる多い。それらを<断じて>史実と考えてはならない。人麻呂の伝記資料からは全体として取り除くべきである。世間の人は他愛ない伝承に興味を持つ。<好奇の者>は伝承を種にしてロマンティックな読み物をつくりがちである」(「万葉集とその世紀」・343頁)とこきおろす。<梅原猛>批判であることは明白だ。

北山茂夫の著書も面白い。さすがに古代史学者らしく、人麿(彼は人<麻呂>と表記する)の出自は梅原と同じく「ヤマト朝廷時代の大氏族、春日臣から分かれて独立した氏族」と特定、「れっきとした貴族の生まれ、それなりの教育を受けたであろう。春日臣は、王家と関係が親密」(同240頁)と書いている。ただ<身分は低い>というのだ。

北山茂夫は<人麿>一族は「壬申の大乱には、大和の貴族の多くがそうであったように、大伴吹負のもとに集まって、大海人方の別働隊として働いたように考えられる。少なくとも、近親の猿(佐留)は、叛乱がわで奮戦したであろう」(同・241頁)としている。

ところが非常に面白いのは梅原猛が「柿本臣を名乗る人間が正史に登場するのは、天武10年(681)に小錦下を授けられた柿本臣<佐留>―――私は、この佐留が人麿と同一人物であることを『水底の歌』で論証した」と「人物日本の歴史」(小学館)第1巻「天平の悲劇」の「柿本人麿」(256頁)に書いているのだ。

前回の「万葉の世界」(66)で書いたように、家持の「死後、藤原種継の暗殺が起こり、調べで家持の関与が疑われ、葬儀も行われないうちに、骨は子息とともに流罪になり、朝廷から除名された。奈良麻呂と種継事件の中間に藤原宿奈麻呂の事件と氷上川継の事件があった。これらの事件で家持には<反逆>の意思があった」と梅原は見ている。

咲く花は 移ろふ時あり あしひきの 山菅の根し 長くはありけり

橘奈良麻呂が企んだクーデターの直前に家持が詠んだ歌だ。「自分は咲く花になろうとは思わない。咲く花を眺める<菅の根>になって長生きしよう」という歌意だ。
だが家持の<遺骨>は子息とともに<流罪>になる。朝廷から除名される。しかも大伴一族は貞観8年(866年)に起きた<応天門の変>という大事件によって<最終的>に<滅亡>してしまう。家持68歳の死の81年後だ。

大伴家持の歌は素晴らしい。世界的に誇れる文化遺産「万葉集」を残してくれた<功績>も高い。でも<奈良麻呂の乱>後、<歌わぬ歌人>になる覚悟があったのなら、もっと違う生き方もあったのではないかと思いたくなる。だから梅原猛は書く。

「我々はもっと彼が勇敢であったらと思う。それでも大伴氏は、滅亡していたかもしれないが、武勇の大伴氏らしい滅亡の仕方があったと思う」―――。

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