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「きょう<文字・活字文化の日>。首相に絵本プレゼント」―――。あでやかに微笑む<美女>が<政治面>を飾った。「超党派の国会議員でつくる活字文化議員連盟(会長・中川秀直自民党幹事長)の鈴木恒夫衆院議員らは26日、塩崎恭久官房長官を尋ねた」と10月27日(金)の日経・朝刊。火山、嬉しくなった。
この日は昨年「文字・活字文化振興法」で制定された<文字・活字文化の日>。火山は県立図書館で記念講演を聞く。「漱石入門・赤シャツと坊ちゃん」―――。
昨年は「戦国武将の手紙を読み解く」だった。<信長>研究の第一人者が素晴らしい講演をした。火山は感激のあまり『<信長>が遺した唯一の自筆は<秀吉>の浮気を妬む<ねね>悋気の戒め』をまとめ、ブログに投稿した。結構、人気が出た。
県立図書館は音楽堂とともに弘前の偉材・前川國男(1905〜1986)設計になる名建築。定刻前に到着、カブリツキに席を占めた。コンサートでも講演、寄席でもカブリツキが一番。ステージと一体感を楽しめる。<夏目漱石>の<人気>は今も抜群。今日も予定を<倍>する応募があり、急遽、椅子を増やしたという。
講師は<開口一番>「本日はみなさんの<夏目漱石>像を覆す話になるかも知れません」。「わざわざ<赤シャツ>を着てきました」という。なにか<魂胆>があるらしい。
夏目漱石は<慶応3年>(1867年)の生まれ。「江戸<牛込馬場下横町>の名主・夏目小兵衛直克の5男として生まれた」と「生い立ちから坊ちゃんまで」という話が始まった。
<明治維新>前年の生まれ。凄い。近代日本の<夜明け>だ。
府立<一中>から<一高><帝大>へ。典型的なエリート・コース。しかも成績優秀でいつもトップ。<帝大>は当時、全国にただ一つ。英文科の2期生だが、教授は外国人。学生は定員1名。漱石一人を教育した。しかも<特待生>(学費免除)になった。物凄い。
明治28年(1895年)に<松山中学>赴任。28歳だったが、月給85円。前任の外国人講師と同額を漱石が<要求>した。同時に赴任した東大出身の同僚は月給20円。校長は60円だったというから物凄い。漱石も<やり手>だ。
だが漱石は85円でも<足りない>と周囲にこぼした。不満だったのだ。講師が笑った。「何に使っていたのか」―――。独身28歳。妻子がいたわけではない。
「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている。小学校に居る自分学校の二階から飛び降りて一週間程度腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない」―――。有名な「坊ちゃん」の冒頭だ。
「坊ちゃん」はチャキチャキの江戸っ子。<べらんめえ>でタンカを切る。正義感が強いが、おっちょこちょい。出身は物理学校(現・東京理科大)。勉強嫌い、無教養、暴力的。
漱石とはおよそ縁遠い。共通点は江戸っ子で松山に赴任したというだけ。しかも<べらんめえ>というのは江戸っ子の共通語ではなく、漱石のような<山手>出身の上流階級は<本江戸言葉>という現在の<標準語>を話す。<べらんめえ>は下町、庶民の言葉だ。
講師も強調した。漱石と坊ちゃんにはほとんど<共通点>はない。それなのに火山に限らず読者は皆<坊ちゃん>を漱石の分身と考えてきた。だが<意外>―――。講師は<赤シャツ>こそ<漱石>だと指摘した。えっ、ウッソー。
火山も笑ったが、漱石は<落語>や<講談>が大好き。よく<寄席>に通ったという。火山と見ている。江戸期の<講談>本も愛読していた。だから「坊ちゃん」が書けた。明治39年、40歳の作品。坊ちゃんの月給は40円。漱石は85円だから<格>が違う。
一方<赤シャツ>と漱石の共通点は山ほどある。<帝大出のエリート><英語教師><ハイカラ趣味><やたら知識をひけらかす><「帝国文学」編纂>―――。
漱石の朝食は<紅茶にトースト>と大変なハイカラ趣味。服装も超ハイカラ…。講師は笑って誤魔化すフリをしたが、赤シャツは<芸者遊び>をする。漱石も<高給>をもらいながら<足りない>とコボす。何に使っていたのか。なんか匂う―――。
漱石の談話が残っている。―――「手近な話が『坊ちゃん』の中の坊ちゃんと云ふ人物は或点までは愛すべく、同情を表すべき価値のある人物であるが、単純過ぎて経験が乏し過ぎて現今の様の複雑な社会には円満に生存しにくい人だなと読者が感じて合点しさえすれば、それで作者の人生観が読者に徹したと云うてよいのです」(『文学談』より)―――。
「『坊ちゃん』の中に赤シャツとイフ渾名を有つてゐる人があるが、あれは一体誰の事だと私は其時分よく訊かれたものです。誰の事だつて、当時其中学に文学士と云つたら私一人なのですから、もし『坊ちゃん』中の人物を一々実在のものと認めるならば、赤シャツは即ち私の事にならなければならんので―――甚だ有難い仕合せと申上げたいやうな訳になります」(講演『私の個人主義』)―――。げっ、凄い。
「本日はみなさんの<夏目漱石>像が覆るかも―――」と講師。漱石は意外と<策士>だった。だから<赤シャツ>も策士。さらに講師は強調した。<裏切り者>としての<赤シャツ>―――。漱石の後半生の文学テーマは<裏切り>! 「それから」の代助、「門」の宗助、「こころ」の先生。「坊ちゃん」は単なる<滑稽>譚ではない―――と。
(平成18年11月4日)
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