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モーツアルトが生きた18世紀は<産業革命>や<フランス革命>など激動の時代。音楽の世界でも、モーツアルトは生まれたばかりのフォルテ・ピアノ(ピアノの前身)のために<ソナタ>や<協奏曲>を数多く作曲、「交響曲」でも演奏会の<主役>となる大作を次々と送り出し、後世の音楽家たちに大きな影響を与えた。モーツアルトへの<賛美>はベートーヴェンから20世紀の音楽家たちにまで及んでいる。
「『人生は<ジュピター>交響曲の第二楽章のためにある』とはウディ・アレンの言葉です。ジュピターはシンプルな<4つ>の音<ド・レ・ファ・ミ>から構成され、その後に途方もない主題が続く。音楽的なレトリックではアリストテレスの著作を連想させ、圧倒的な感情を表しながら、知的で挑戦的で満ち足りている。39番、40番、41番を私が3時間かけて演奏するとしましょうか、たぶん私は疲れません。ジュピターの第4楽章を思い描いているからです。私の知る限り、ジュピターは最高の<人間賛歌>です」―――。
本日のゲストは指揮者のダニエル・ハーディ。本日の一曲は「交響曲」第41番ハ長調<ジュピター>(K551)。1788年8月10日、ウィーンで完成。モーツアルト32歳の作品だ。
モーツアルト最後の交響曲群となる三大交響曲の作曲目的には3つの仮説がある。「ひとつはイギリスでの演奏を念頭において作曲されたという説である。モーツアルトはウィーン時代初期からイギリス行きをしばしば口にしていた(モーツアルトは1780年代に、かなり熱心に英語の勉強をしていた)。二つめは、この年(1788年)のウィーンの予約演奏会のために作曲されたという説である」(西川尚生「モーツアルト」音楽之友社・227頁)。
三大交響曲を書いた頃、モーツアルトは借金を重ね、経済的に急迫していた。産業革命の先端を行く英国は金回りがよい裕福なブルジョワジーが多く、音楽家には絶好のチャンス。あのハイドンですら、英語が話せないのに、モーツアルトの死の前後2年、ロンドンに滞在していた。だがモーツアルトの金策は上記いずれも実現しなかった。記録がない。
「三つ目の説は、モーツアルトが三大交響曲を、3曲1セットの曲集として出版するために作曲したというもの。モーツアルトは1787年12月にアルタリア社から出版されたヨーゼフ・ハイドンの3曲セットの交響曲集(第82〜84番)に刺激を受け、同じ出版社から出版するために三大交響曲を作曲したのではないかという。たしかにハ長調、ト短調、変ホ長調というハイドンの曲集の組み合わせは三大交響曲と同じであり、両者の作品には様式的に類似も見られる」(西川・228頁)。
だが残念ながらモーツアルトの願い空しく、この三大交響曲は実際には出版されなかった。一般家庭向きではない交響曲というジャンルの出版にアルタリア社が慎重だったのではないか。だから断られたのではないかという。
「優美で歌謡的な旋律を持った第1曲(K543)、激しく情熱的なト短調の第2曲(K550)、雄大で輝かしい第3曲(K551)という三大交響曲の組み合わせは、まさに3曲セットにふさわしいものであり、出版目的という説にはかなりの説得力があるように思われる。第1曲がゆっくりしたテンポの序奏で始まり、第三曲が壮大なフガート楽章で締めくくられるところも、3曲セットで構想されたことを連想させる」(同)―――。
BSの解説によれば、モーツアルトは4つの音形<ド・レ・ファ・ミ>を生涯愛していた。8歳の時、作曲した最初の「交響曲」第1番変ホ長調(K16)にも登場させている。モーツアルトの音楽は後世の音楽家に計り知れない影響を与えた。
ベートーヴェン(1770〜1827)はモーツアルトを生涯<音楽の師>と仰いでいた。「私は自分をモーツアルトの崇拝者の一人と考えています。これは生涯変わることがないでしょう」。
ブラームス(1833〜1897)はベートーヴェンの後継者と評されているが、モーツアルトを愛し、収拾したモーツアルトの楽譜を大切に保管していた。「私たちは今ではモーツアルトのように美しく書くことはできない。できることは同じくらい純粋に書くよう務めることだ」―――。
チャイコフスキー(1840〜1893)は情熱的な作風で知られたロシアの作曲家。「私たちがモーツアルトを愛するのは、生きる喜びが表現されている音楽に安らぎと慰めを求めていればこそだ」―――。
リヒャルト・シュトラウス(1864〜1949)は世紀末に活躍した音楽家だが、モーツアルトを<奇跡>と評している。「モーツアルトの旋律は地上のすべての姿かたちから解放され、死すべきものと不死のものと間を漂う」―――。
20世紀に生きたストラビンスキー(1882〜1971)はモーツアルトの重要性を評して「モーツアルトは力強い灯台のようなもの。その光と熱から後継者たちの共通性が展開する」―――。
「モーツアルトの音楽は21世紀の今も、多数の音楽家と音楽ファンを魅了し続けている」―――。BSのナレーション、本日はこう結んだ。
(平成18年12月28日)
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