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「皆さんとご一緒に一年間続けてきた『毎日モーツアルト』。今日はいよいよ最終回。皆さんから寄せられたお便りの一節を、いくつかご紹介したいと思います」―――。案内役を務めてきた俳優・山本耕史の言葉。
「毎朝10分間でノートを取り、1時間かけて文章にまとめる。全部集めると<私のモーツアルト本>になります」―――。横浜市に住む60歳の女性。
「今年の秋、ずっと憧れてきた<夢のウィーン>へ行ってきました。そこには<毎日モーツアルト>の世界がありました。モーツアルトの手紙、自筆の楽譜…。それらを通して知った生き生きしたモーツアルトがいました。月光に映える教会の尖塔。ザルツブルグではモーツアルトのミサが聞こえました。この旅を<マイモ>と名づけました」(20代女性)。
「モーツアルトが<神童>と騒がれた幼少期から始まって全盛期へ。一緒に演奏会やオペラを楽しみました。結婚して子供の誕生を迎えた。でも次々と死別。その都度モーツアルトと一緒に笑ったり、泣いたり…。やがて貧困のどん底に落ちる。なんで裕福な間に貯金しておかなかったの…」(30代男性)―――。
「初めてモーツアルトを聴いたのは先輩に誘われて入った喫茶店でした。『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』―――。心にしみました。クラシック音楽、そしてモーツアルトの存在を知りました。そしてその先輩、今は私の夫です。来年の秋、その夫とウィーンとプラハへ行く計画です。そして私の運命を変えた「アイネ・クライネ…』を、今も聴き続けています」(60代女性)―――。
素晴らしい手紙ばかり。そこにはまさに<人生>がある。人生の<出会い>がある。火山もまた今年最大の<衝撃>はモーツアルトの発見。いや正確には<再>発見だろう。
学生時代、横浜・野毛の名曲喫茶<ショパン>でモーツアルトの<ト短調>シンフォニーをよく聴いていた。だがベートーヴェンやブラームス、ショパンなどに夢中だった火山。モーツアルトは評価していなかった。
「テーマ曲だったこの曲とともに、この一年の放送を振り返ってみたいと思います」―――。山本耕史が言った。げっ!火山、思わず仰け反(のけぞ)った。ナヌ!これは<アイネ・クライネ>だったのか。
若い頃から聴き続けてきた名曲。おなじみのメロディ。知らないはずはない。だが毎朝、聴きながら<アイネ・クライネ>を連想したことがない。「この曲は何だっけ…」―――。
「1756年1月27日、ハプスブルグ王家が統治するオーストリア帝国のザルツブルグに一人の<神童>が生まれた」―――。
<ドイツのローマ>と呼ばれる宗教都市。この街を支配する大司教は歴代イタリアを愛した。大聖堂をはじめ堂々と立ち並ぶ教会や城館はバロック建築、ロココ風の庭園―――。音楽や演劇もイタリア全盛。だがモーツアルトはまったく新しい世界を開いていく。父レオポルトと旅から旅へ。それが神童を<天才>音楽家に育てていく。
<旅から旅への日々><王侯貴族の賞賛>―――。<初めての交響曲>(ロンドン)!<本格的なオペラの上演>(ミラノ)!<母の死>(パリ)!<実らない恋>(ミュンヘン)!<傷心の帰郷>(ザルツブルグ)!<大司教との衝突>(ウィーン)!―――。そして1781年、25歳のモーツアルトは<故郷と決別>!ウィーンで<自立>する。
<順風満帆の日々><運命の出会い>(コンスタンツェとの結婚)!<フィガロの結婚>(プラハ)!<絶賛の嵐>―――。しかし、<陰り始めた人気><妻の病気><庶民のためのオペラ「魔笛」><脚光再び><忍び寄る病魔><早すぎた死>―――。
<不世出の天才>ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトは1791年12月5日午前零時55分、息を引き取った。
「700曲といわれる楽曲を残し、35年10ヶ月の人生を駆け抜けた」―――。案内役の俳優<山本耕史>のナレーションはこうして終わった。<最終回>―――。
今年2月12日、家内と聴いた上野<文化会館>大ホールの「東京音楽コンクール<優勝者>コンサート」―――。ピアノ部門<優勝>は14歳の少年ピアニスト。<弦楽><管楽器><声楽>各部門の優勝者を抑え、審査員<全員一致>の<審査員大賞>に輝いた。その少年が弾いたのがモーツアルトの「ピアノ協奏曲」第20番ニ短調(K466)。奇しくもこの日は221年前の<1785年>、モーツアルト自身がこの名曲をウィーンで初演した日だった。
ベートーヴェンもこの曲を熱愛した。ピアニストとしてウィーンでデビューしたベートーヴェンは自分の<腕前>を<見せつける>ためカデンツァ(独演部分)を書き残している。火山はこのカデンツァを聴いて驚愕した。後でベートーヴェンと分かってまた<驚愕>―――。運命の皮肉だ。
モーツアルトの35年10ヶ月を<駆け足>で<回想>した今日の<最終回>―――。ロンドン、ミラノ、パリ、ミュンヘン、ザルツブルグ、ウィーン、プラハ…。火山、全部旅行している。2度、3度と足を運んだ街もある。だがナンタルチーア。モーツアルトの足跡を知らなかった。もう一年早くモーツアルトを知っていたら。痛恨の極み。これも人生か。
(平成18年12月29日)
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火山さん、色々勉強させていただきました。来年もよろしくお願いします。良いお年をお迎えください^^。
2006/12/29(金) 午後 3:51 [ manami ]
嬉しいコメント。来年も一生懸命、勉強します。「教えることは学ぶこと」…。火山の持論でしたが、このブログでは先に使われてしまいました。悔しい!!こちらこそよろしく。
2006/12/29(金) 午後 7:14 [ 火山 ]