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「ボクはロック少年だったので楽器はギターを弾く。弦楽器に親しみを感じて育った。今はどんな楽器も好きです。どんな楽器にも個性がある。でもクラシックだったら、やはり弦楽四重奏曲が好きです。個々の楽器の絡み合いは、楽器が少ないほどよく分かる。モーツアルトはメロディの天才。弦楽四重奏曲はその気になって聴くと、モーツアルトらしいところが満喫できる」―――。本日のゲストはブロードキャスターのピーター・バラカン。
本日の一曲は「弦楽四重奏曲」第18番イ長調(K464・ハイドン四重奏曲第5番)。1785年2月12日、モーツアルトはハイドンを自宅に招き、この弦楽四重奏曲を披露した。この自宅とは現在「モーツアルト記念館」となっている豪華な住まい。家賃460フローリン(460万円)。4年ぶりにウィーンを訪れた父レオポルトがびっくりした豪邸。玄関から2階に通じる階段がテレビに映った。上り終わると食堂兼客間がある。演奏会はここで開かれた。
「ハイドン四重奏曲」第5番は繊細で美しい情趣に富み、優雅な旋律―――。
父レオポルトはこの夜、大作曲家のハイドンから「ご子息は私が名実ともども知る中で最も偉大な作曲家です」と惜しみない賛辞を与えられて喜んだ。
だが65歳になっていたレオポルトは翌日からリューマチが悪化、寝込んでしまった。この時、レオポルトに寄り添い、献身的に看護してくれたのはモーツアルトの妻コンスタンツェの妹ゾフィーだった。
「今朝もベッドでゴボーの根で作ったお茶を飲まないといけないのです。食事は昼過ぎになってしまうのですが、嫁の一番下の妹ゾフィーがお相伴してくれました。今も夜の8時なのですが、私に付き添ってくれています」―――。レオポルトがナンネル(モーツアルトの姉)に書いた手紙。
レオポルトはコンスタンツェの実家にも訪れる。今も残る実家跡。<神の目館>―――。実家のウェーバー家は下宿屋。モーツアルトも結婚前、ここで暮らしていた。
ウェーバー家はあの「魔弾の射手」で知られた音楽家フリードリッヒ・フォン・ウェーバーの親類。コンスタンツェの姉アロイジアはかつてモーツアルトの恋人だった。ミュンヘンのオペラ劇場のプリマドンナになったアロイジアは不遇時代のモーツアルトのプロポーズを冷たくあしらった。この一件もあり、レオポルトはウェーバー家を嫌っていた。
コンスタンツェとの結婚もレオポルトは許していなかった。これがモーツアルトの気がかりだった。それが今回のウィーン訪問で変化の兆しが見えたのだ。夕食に訪れたレオポルトをウェーバー夫人は温かく迎えた。
「食事は過不足なく素敵でした。焼肉は立派で大きなキジ。食事は見事に調理されていました」。レオポルトのナンネルへの手紙は満足な気分を表している。
ウィーンの滞在中、暖かいもてなしを受けたレオポルト。その不信感は次第に消え、親しみを増していったという。
(平成18年7月7日)
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