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「モーツアルトと声楽曲」第3回の本日はカノン。「プラター公園へ行こう」(K558)、「わたしゃマルスとイオニア人になるのはむずかしい」(K559)、「おお、お前はバカのマルティンよ」(K560)の3曲。
「なんといってもこれだけの素晴らしい曲。モーツアルトのカノンには<遊び心>が散りばめられている。メロディだけでも綺麗なのに歌詞がまた実に見事。『ウンコまみれのパン。香しい匂いをオナラで吹き飛ばせ』―――。カノンというのは『カエルの歌』のように輪唱でメロディを重ねていく。素晴らしいメロディに下世話な歌詞を入れている。『世の中は善ばかりではない。悪だけでもない。善と悪が織り成す世界だ』というメッセージが込められているようです」―――。本日のゲストは慶大でのインテリ落語家、桂小米朝。
<オペラとカンツォーネの国>イタリアへの旅行で、<人の声>に魅せられたモーツアルト。教会音楽、オペラ、劇音楽以外にも素晴らしい声楽曲を残している。オーケストラ付のアリア、木管伴奏付の三重唱曲、デュエット・ノットゥルノなど…。
「もう一つの声楽ジャンルはカノンである。ウィーン時代に作曲された多くのカノンの中で特に興味深いのは、モーツアルトが友人や家族と楽しむために書かれた作品であろう。そこには言葉遊びを駆使した歌詞やウィーン訛りを使った歌詞が頻繁に見られ、<おれの尻をなめろ>(K231)のような卑俗な歌詞をもった作品もある。また周囲の人々をからかった歌詞も多く…」(西川尚生「モーツアルト」音楽之友社・221頁)―――。
「モーツアルトは<卑猥>の言葉を好んだ」という俗説が流布している。モーツアルトは
<下品>だというのだ。だが最近の研究では<言葉遊び>は当時の流行で、ウィーンの人々、特に貴族の間では<卑猥>のものが好まれたというのが定説になって来ている。
モーツアルトが美人で可愛い従姉妹<ベーズレ>と交わした手紙は特に有名だ。1779年5月10日、23歳のモーツアルトが21歳のベーズレに宛てた手紙が現存している。そこにはモーツアルトが描いたベーズレの似顔絵も添えられている。
「文面はひたすらお道化た上機嫌なおしゃべり、語呂合わせで悪ノリすると『ぼくのお尻のアナをお知りのアナた、どうかそこに息を吹き込んで下さい』といったあんばい」(田辺秀樹「モーツアルト」・69頁)。淑女のベーズレも似たような言葉遊びを楽しんでいたのだ。
モーツアルトは30曲以上のカノンを残しているが、旅先でもジョークを盛り込んでカノンを書いていたという。「世界を渡り歩いていても淋しいフトコロ具合はオナラのモト。ああ、香しや、蜂蜜の匂い…」というかノンもあるとBS。
「プラター公園へ行こう」(K558)は友人たちへの親愛の情を表したカノン。プラター公園はウィーン郊外にある。当時も今も市民の憩いの場、モーツアルトも愛妻のコンスタンツェや友人たちとよく散歩に出かけた。カノンを歌って思い切り<解放感>を楽しんだ。
ウィーンの流行言葉もふんだんに入れた歌詞というが、<カスパールのところへ行こう。蚊はブンブン、ウンチもウントコさ…>といったあんばい―――。
「わたしゃマルスとイオニア人になるのはむずかしい」(K559)は芸術性の高い宗教音楽。
1788年、22歳のモーツアルトがラテン語で歌詞を書いたもの。ユーモラスな表現をいれ、笑い飛ばしているという。
「おお、お前はバカのマルティンよ」(K560)――――。<どうしようもないヤセ馬よ。
ホントのロクデナシ。もっと目を覚ませ。急いでぼくのお尻にキスしておくれ。でないとお前のお尻を封印するぞ>―――。
マルティンとはモーツアルトの友人。モーツアルトの演奏会をウィーンで主催してくれていた。これも1788年、モーツアルト22歳の作品。友人をからかい、親愛の情を表現しているのだ。
(平成18年8月23日)
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