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「モーツアルト教というものが存在するのであれば、私は強い信者です」と作詞家なかにし礼。「若い頃からずいぶん聴いてきたが、モーツアルトには『こういう人間が世の中には存在するのか』と驚き、勇気づけられてきた」と語る。
4月17日(月)のBS「毎日モーツアルト」。「あの哀しい第二楽章。ヴァイオリンとヴィオラがオーケストラを背景に<二重奏>を繰り広げる。いかにもモーツアルトらしい。そして第三楽章は<転調>して、新たに移っていく」―――。
なかにし礼が絶賛しているのは、モーツアルト23歳が1779年夏、ザルツブルグの宮廷楽団のために作曲した「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」変ホ長調(K364)だ。
<協奏交響曲>は当時、パリやマンハイムで流行していた新しいスタイル。複数の楽器がオーケストラを背景に<対話>を繰り返す。
モーツアルトはこの前年、パリで協奏交響曲を作曲していたが、この曲はついに演奏されなかった。それだけにモーツアルトは協奏交響曲の作曲を長い間、熱望していたという。
マンハイム、パリ、ミュンヘン旅行で母を失い、失恋を経験したモーツアルト。その体験が哀しく美しい旋律に結晶した。第二楽章が特に素晴らしい。
仕事を得られず、心ならずも生まれ故郷に戻ったモーツアルト。ザルツブルグ宮廷楽団のオルガン奏者として宮仕えを続ける。だがミラベル宮殿の主コロレド大司教はイタリア音楽家を尊重、モーツアルトには冷たかった。宮廷楽団でもイタリア系音楽家が重きをなしていた。
その中でモーツアルトが<乾坤一擲>作曲したのが、このヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲。その深い感情表現で異彩を放っている。パリ、マンハイム旅行の辛い体験が、この曲の哀しい旋律に生きた。
「毎日モーツアルト」―――第56回「哀しい旋律」。ザルツブルグの古風な商店街がテレビに映った。かつて火山もこの道を歩いた。ヘルベルト・フォン・カラヤンがよく通ったという高級レストランから「サウンド・オブ・ミュージック」に登場する僧院へ通じる道だ。
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