火山の独り言

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ベートーヴェンP協

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「中村紘子のベートーヴェンピアノ協奏曲<全曲>演奏会」――。6月3日(日)午後2時開演。東京文化会館。3曲目は<第3番>ハ短調(作品37)だった。指揮は文化会館の音楽監督を務める大友直人。音楽史上に新たな1頁を添える<大企画>を発案した。筋肉質のスリムな体躯。キビキビした指揮ぶり。中村紘子との名コンビで<第1番><第2番><第3番>――と素晴らしいベートーヴェンを聴かせてくれた。

「ベートーヴェンが得意とした<ハ短調>。交響曲第5番<運命>。ピアノ・ソナタ第8番<悲愴>など、古典派の枠をはみ出す暗い情念が渦巻く曲想と、このハ短調の響きは非常に相性がよい。期待に違わず、第1楽章冒頭のオーケストラおよびピアノ独奏の開始部分でたたきつけられるように演奏されるモティーフの力強さこそ、聴き手に『これぞベートーヴェン!』と思わせるような音楽と言えるだろう。この楽章のカデンツァには新しいピアノでしか演奏できないような高い音も用いられた」――。

ベートーヴェンは1770年の生まれ。当時のピアノの音域は5オクターブ。それが進化して6オクターブに広がる。<第3番>の初演は1803年4月、ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場。初演に先立つ前年に有名な<ハイリゲンシュタットの遺書>が書かれている。難聴が進行、生きることに絶望したベートーヴェンの苦悩が<ハ短調>に結晶したという。ベートーヴェンの<難聴>がどの程度のものだったか。1801年6月29日、幼友だちのゲルハルト・ウェーグラーに宛てた手紙がある。

「私の声誉の登りきったところで、妬み深い悪魔が私の健康を最悪の状態におとしいれた。私の聴覚は、この3年来目だって弱まってきた。劇場に行っても、舞台の声を聞きとるためにオーケストラの1列目に席を取って、やっと聞こえるほどになってしまった。少し離れて座ると、楽器の高い音も歌い声も聞こえないことが多い。人が話しかけてくる時、私に聞こえていないことに気づかない人が多いのが不思議なくらいだ。私がつねに物思いに沈んでいるからだと解釈してくれるからかもしれない。

時には人が話しているとのが低い声でも聞こえてくることがある。けれども話の言葉はほとんど聞き取れない。そのうちに相手がしびれを切らして大声で叫ぶようになると、私の忍耐は限度まできてしまう」――。
「人に気づかれずとも進行中の聾の悪化という絶望的な考えが、しばしば彼を自殺の決意にまで追いつめていたことは、後世の史家にとって、この時代の彼の心境を知る上に重要な材料になるであろう」(近衛秀麿「ベートーヴェンの人間像」音楽之友社・125頁)。

<忍耐の限界>まで追いつめられてもベートーヴェンは新しいピアノの研究を怠らない。「第1楽章のハ短調に対し、第2楽章のホ短調は非常に珍しく、作曲家の苦心の跡が窺える。穏やかな雰囲気の中、さざめくように演奏されるピアノは第1楽章とは対照的だが、こうした音楽にもベートーヴェンの当時の心情を感じるのは筆者の思い過ごしだろうか。第3楽章では終結部がハ短調からハ長調へと推移する。<運命>ほど明確ではないかもしれないが、この曲も<苦悩から歓喜へ>という枠組みを有しているのである」――。

プログラムの解説を担当した広瀬大介。モーツアルト研究で有名な田辺秀樹の愛弟子だ。一橋大大学院は不思議な専門家を育てている。「歌で楽しむドイツ語」というNHKラジオを講座。火山、3年前、田辺秀樹に大変お世話になった。1995年夏、火山、お蔭様でウィーン郊外のハイリゲンシュタットを訪ねた。<ベートーヴェンの散歩道>も<遺書の家>も見てきた。懐かしい思い出だ。

<第3番>が始まった途端、ビックリした。ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲」は第5番<皇帝>以外は知らないと思い込んでいた。だが<第3番>!聴き慣れた曲だった。<いつ、どこ>で聴いていたのか、まるで印象に残っていない。だが親しい曲だった。
終演と同時にまたもや盛大な拍手と声援。<大友直人>大ファンの家内。中村紘子から一歩引いて控え目に会釈する大友に惜しみない拍手。いつもなら<ブラーヴァ!>とか<ブラヴォー>と絶叫する火山だが、今日は目下シラフ。イマイチ熱狂できない。

ところが、これから70分の休憩。<2時>開演で2時間22分が過ぎた。今日1日でベートーヴェン「ピアノ協奏曲」<全5曲>を聴く。本来<90分>の<大休憩>のはずだったが、盛大な拍手、声援。何回も中村紘子と大友直人を呼び出す。1曲終わるごとに繰り返され、次第に盛り上がってきた。終演は7時15分の予定だが、既に20分近く遅れている。

時計を見たら4時25分。上野公園を散歩しよう。思い切ってリフレッシュ。新たな気持ちで残り2曲を聴きたい。特に<第5番>の<第2楽章>のアダージョ――。「弱音器つきのヴァイオリンが静かに主題を奏で、続いてピアノが得もいわれぬ切なさと優しさで、装飾的なフレーズを歌う」――。4月18日、横浜みなとみらいホールで小山実稚恵のピアノと神奈川フィルで聴いたばかり。でも楽しみだ。

今夜はコンサートが跳ねてから、ちょっと豪華な夕食を家内と楽しむつもり。散歩しながら心当たりの和食レストランを探した。不忍池を眺めながらお座敷で…。だがどういうわけか発見できない。足を痛めている家内。ムリはできない。仕方なくベンチに腰掛け、ペットボトルの日本酒を飲んだ。夕闇が忍び寄る上野公園。陶然となってきた。さあ、これから再びベートーヴェン。カブリツキの特等席が待っている。
(平成19年6月10日)

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