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<おれの人生はどうなるんだ>―――。1799年、しつこい耳鳴りに襲われたベートーヴェン。<聾>(つんぼ)になるかもしれないという恐怖と戦う運命に思い悩み始めた。「耳が聞こえなくなる」―――。<耳が商売>の音楽家としては致命的なことだ。
「中村紘子のベートーヴェンピアノ協奏曲<全曲>演奏会」―――。東京文化会館の音楽監督の大友直人が創案。6月3日(日)に実現した。チケットは完売。この歴史的イベントに狂喜した火山、家内と2人で最前列中央のカブリツキを手に入れた。
オーケストラは東京都交響楽団。S席は9000円。でも惜しくない。普段は<麦飯>!貧乏に泣く火山だが、清水の舞台から飛び降りた。これを逃して何がクラシック・ファンだ。
29歳の時、ツンボになるかも…と戦慄したベートーヴェン。<おれの人生はどうなるんだ>と思ったことだろう。この言葉、ベートーヴェンの人物像をプログラムに書いた林田直樹のもの。調べて驚いた。<N響>の広報誌を手がける音楽評論家。筆が立って当然だ。
午後2時開演、途中3度の休憩を挟んで<第4番>ト長調(作品58)まで終わった。
「<腕立て伏せ>をして<体力>を養う」と宣言してこのコンサートに臨んだ中村紘子。若い頃から美貌で鳴らした日本屈指の名ピアニストだ。
指揮の大友直人は2004年から東京交響楽団の常任指揮者。桐朋学園在学中からNHK交響楽団の指揮研究員となり、22歳の若さで<N響>を指揮してデビューした。20歳の初レコーディング以来、数多くのCDをリリース。これも日本屈指の名指揮者。
名コンビの演奏は絢爛豪華。1曲終わる都度、盛大な拍手と声援。中村紘子も大友直人も何度もステージに呼び出され、会釈を繰り返した。お蔭で予定時間が大幅に遅れ、90分の<大休憩>予定が<70分>に短縮。でも火山夫婦は上野公園を散歩、気分を変えて<第4番>を聴いた。4番も素晴らしい。意外にも火山がよく聴き知った曲だった。
「冒頭の主題は当時のベートーヴェンが意識して多用した<運命の動機>と呼ばれる音型から派生しており、<交響曲第5番>の冒頭の旋律も同じスケッチブックに書かれた同じ音型から作られた。ただ与える印象は正反対。優しさと柔らかさに満ちている」と解説。
<おれの人生はどうなるんだ>―――。ベートーヴェンの時代、人類の歴史は「フランス革命」を経験した。1789年、ベートーヴェンは19歳、ボン大学の学生だった。<自由・平等・博愛>という革命の理念に若いベートーヴェンは興奮していたらしい。
革命後の共和制、フランス国民の熱狂的支持を受けて登場したのがナポレオン。ベートーヴェンがナポレオンを尊敬、交響曲第3番を献呈しようとしたことは有名な話だ。だがベートーヴェンはナポレオンが<帝位>につくと知ると、怒って<献辞>を抹消した。
だが運命の皮肉。ベートーヴェンが住んでいたウィーンは1805年、ナポレオンのフランス軍に占領されてしまう。ナポレオンはシェーンブルン宮殿に軍司令部を置いた。オーストリアの貴族や音楽愛好家は戦火を逃れ、皆、ウィーンを離れる。ウィーンに残ったベートーヴェンは別の意味でも<おれの人生はどうなるんだ>と考えたことだろう。
「ベートーヴェンの音楽を考える上でもう1つ大切なことがある。それは貴族階級の庇護のもとで作曲活動を行ったハイドン、恵まれた環境で成長したモーツアルトに比べてベートーヴェンははるかに庶民的だったという事実である。王侯貴族が専制的権力を持っていた時代、音楽家はそうした支配階級の愉しみのために奉仕するものであり、料理人と同等の下僕扱いであった。プライドの高かったモーツアルトでさえ、その地位に甘んじる屈辱を受けなければならなかった」―――。林田直樹の文章だ。
「ところがモーツアルトのわずか14歳年下のベートーヴェンの生きた時代のウィーン、状況が変わっていた。音楽家は<奉公人>ではなく<芸術家>として尊敬される存在になり始めていた。1809年まで長寿を全うしたハイドンは最初は下僕だったが、人生の最後の時期は全ヨーロッパから尊敬される芸術家としての栄光を手にすることができた」と続く。
ベートーヴェンの肖像画の<もじゃもじゃの髪>―――。「その方がお似合いです」という周囲の助言で保たれたという。ウィーンの街頭を稲妻のようにクルリと曲がる散歩中のベートーヴェンはしばしば市民の話題になった。「あれがベートーヴェンさ」。ベートーヴェンは変わり者と思われたが、ただ者ではない。芸術家として尊敬され始めていたという。
「ベートーヴェンはあの肖像画からイメージされるような、深刻一辺倒だけの男でもなかった。パーティが大好きで、人々の注目を一身に集めなければ気がすまないところさえあった。本人も手紙の中で書いていたが、社交的で愉快な、冗談もよく飛ばす快活で機転が利くエネルギッシュな若者であった。もちろん恋もたくさんした」―――。なんと斬新で面白い話だろう。火山、大いに気に入った。ベートーヴェン研究も<進化>したものだ。
ベートーヴェンはあるヴァイオリニストに言い放った。「お前のようなちっぽけな楽器で、おれの音楽が表現できるはずがない。おれの音楽はもっと凄いものなんだ」―――。ベートーヴェンの頭の中で鳴っていた音楽は楽器の可能性を大きく超えていた。ベートーヴェンのピアノ協奏曲は<急発達>していた<最新鋭>のピアノのために作曲された。そして<第4番>ト長調(作品58)はナポレオン占領下のウィーンで作曲されたもの。
(平成19年6月16日)
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