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「中村紘子のベートーヴェンピアノ協奏曲<全曲>演奏会」!6月3日(日)、午後2時の開演からおよそ4時間40分が過ぎ、最後の<第5番>変ホ長調(作品73<皇帝>)がついに始まった。第1楽章の冒頭はいきなり壮大なカデンツァ。中村紘子の全身がカブリツキに席を占める火山の目の前で躍り、圧倒的迫力のピアノが轟音を響かせた。凄い!!
<皇帝>という愛称は出版社がつけた。「このタイトルは筋金入りの共和主義者であるベートーヴェンにとっては全く意に沿わぬものだったに違いない!」とプログラム。だが<皇帝>にぴったりの壮大な演奏。ピアノの音響板に隠れ、足しか見えない大友直人の両手首が時々はみ出す。東京文化会館の歴史的イベント。音楽監督・大友直人の力強い指揮だ。
<皇帝>は1809年、ナポレオン軍が占領するウィーンで作曲された。ナポレオンは有名なシェーンブルン宮殿に軍司令部を置いた。ウィーンは大砲の音が鳴り響き騒然としていた。
「貴族はみんな逃げてしまい、ついにはフランス軍に占領されてしまった。そんな時は誰もが音楽どころではない。そんな状況下でベートーヴェンはどんな音を心の中で聴いていたのか」。プログラムに「おれの人生はどうなるんだ」とベートーヴェンを書いた林田直樹。
ベートーヴェンは39歳。音楽家としての名声は頂点を迎えようとしていた。だがベートーヴェンには深刻な悩みがあった。難聴が進行、耳がほとんど聞こえない。
「初演は1811年にライプツィッヒ・ゲバントハウスで行われたが、この初演を担当したのは作曲者自身ではなく、同地の教会のオルガニストであったヨハン・フリードリヒ・シュナイダーであった。耳疾のために、自作品の独奏を諦めねばならぬところまで病勢は進行していたと見るべきだろう」―――。広瀬大介(一橋大大学院)の解説だ。
広瀬大介によればベートーヴェンが「ピアノ協奏曲」を書き始めたのは1786年、まだ16歳、ボンに住んでいた頃という。貴族の子弟たちにピアノを教え始めたベートーヴェンはブロイニング家の娘エレオノーレを弟子にした。このエレオノーレがベートーヴェンの初恋の相手。ベートーヴェンはこのブロイニング家で文学やラテン語への関心を深める。
ベートーヴェンはブロイニング家で大勢の名士と知り合うが、ウィーンの名門ヴァルトシュタイン伯爵ともここで出会う。伯爵は自らもピアノを弾き、作曲するほどの音楽愛好家。「伯はベートーヴェンの才能を賞賛し、当時、ボンに数台しかなかったアウグスブルクのJ・A・シュタイン製のピアノを贈ったのである。以後ボン時代のベートーヴェンの作品はすべてこのピアノから生まれている」(平野昭「ベートーヴェン」新潮文庫・26頁)。
1789年5月、ベートーヴェンはボン大学に入学する。7月14日、フランス人民がバスチーユを襲撃、革命に蜂起したと知ったベートーヴェンは、有名な啓蒙思想家オイロギウス・シュナイダー教授の革命思想についての熱のこもった講義を聞き、「自由・平等・博愛」という革命精神に大いに共鳴を覚えたらしい。手紙や友人の証言が残っている。
これがナポレオンを尊敬、交響曲<第3番>を献呈しようという動機になる。しかし、ナポレオンが<皇帝>になると知るや激怒、表紙に書いてあった<献辞>を抹消してしまう。
一昨年9月、ハイリゲンシュタットの「ベートーヴェンの家」を訪ねた火山、展示してあったこの表紙に気づかず、見ないまま帰国した。帰国後、案内書を読み、地団太踏んだが、<後の祭り>。最後の「ピアノ協奏曲」が<皇帝>ではベートーヴェンも不本意だろう。
「ベートーヴェンはあの肖像画からイメージされるような、深刻一辺倒だけの男でもなかった。パーティが大好きで、人々の注目を一身に集めなければ気がすまないところさえあった。本人も手紙の中で書いていたが、社交的で愉快な、冗談もよく飛ばす快活で機転が利くエネルギッシュな若者であった。もちろん恋もたくさんした」。なんと斬新で面白い話。だがそんなベートーヴェンが、耳が聞こえないばかりに偏屈な変人になっていく。
1810年、40歳のベートーヴェンが恋をし、真剣に結婚を考える。相手は友人のグライヒェンシュタインが訪れていたマルファッティ家の令嬢だった。ベートーヴェン40歳が求婚したのは、なんと18歳の娘。マルファッティは1808年以来のベートーヴェンの主治医だ。
友人は姉のアンナを見事に手に入れる。だがベートーヴェンは妹に失恋。日付のない多くの手紙がテレーゼ・マルファッティとの結婚の意志を物語っていると平野昭「ベートーヴェン」。テレーゼの姪の証言もある。「ベートーヴェンは叔母を愛していましたし、結婚も望んでいましたが、叔母の両親が許しませんでした」。ああ、哀れなベートーヴェン!!
耳が聞こえず、失恋もする。そんな状況の中で作曲され、初演されたのが<皇帝>だ。
5つのピアノ協奏曲の中で最も雄大な楽想を誇る。第1楽章はいきなりピアノの堂々たるカデンツァに始まる。第2楽章は切なく優しい幻想曲風。第3楽章へ切れ目なく続き、最後はピアノの和音とティンパニーのリズムが消え入りながら終わると思いきや、突如めまぐるしいピアノソロから終結へなだれ込む。迫力満点で終わった。
<ブラーヴァ>!70分の大休憩の間、上野公園でワンカップを飲んだ火山、絶叫した。開演から5時間30分、ピアノとオケと格闘した中村紘子に客席から盛大な拍手と声援が飛ぶ。
最高の敬意を表すスタンディング・オーべーション。あちこちで拍手しつつ立ち上がる。火山も最前列で立った。なんと中村紘子が火山にウインク。ブラーヴァに応えたのだ。
(平成19年6月18日)
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